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10章 そして叶う私たちの夢(21)

最終話 ありがとうございます。

「おい、今日から元号を採用し、葉秘元年だってさ」


「王国歴703年じゃなくなるってこと?」


「いや、そっちはそのまま使うらしい。新たに、今上陛下の治世を名前付けて区切るんだって」


「つまり、今の陛下が国王の間は葉秘ってこと?」


「そうらしい」


 ……お触書が街に立てられて、人だかりが出来ていた。


 特に混乱は起きてないみたい。


 どうも、以前は時代を区切る際、やっぱり国王陛下の治世を基準にしてたみたいなんだけど、その場合陛下のお名前を出さないといけないので、ちょっと言い辛い面があったそうな。

 今の陛下はデンウィーク16世陛下らしいけど、その前はデンカレー8世陛下で。

 その時代に生まれた人は「デンカレー8世陛下の時代生まれ」って言い方してたみたい。

 モノが国王陛下だから、適当に略すことも出来なくて。


 口には出さないけど、面倒だなぁ、みたいなのはあったみたいだ。


 それが、これからは元号を定めたから「葉秘生まれ」って言い方が出来る。

 非常にコンパクト!


 あれから。


 私は5大公家……いや、五大公家の学者さんたちに、漢字の有用性を認めて貰って、寺子屋・学院教育に漢字教育を取り入れることを決定してもらった。

 そのための教本として、私が独身時代に書き上げた、漢字かな交じり文で作り直した聖典の写本を採用してもらったんだけど……



 今、自宅の居間で、私は腕を組んで考えていた。



 隣には、サトルさんも居る。

 お爺様も、お義父様も居る。


 ただヒカリちゃんだけが、不思議そうに大人の様子を見ていた。



 いやね、漢字かな交じり文の教本を、買い取ってもらったんだよね。


 1冊あたり、2500万えん……いや、2500万円で。

 それが2冊売れてしまったのだ。


 その2冊で、大量の写本を作り、それを教本としてゴール王国各地の寺子屋、学院に配るんだって。


 

 ……で。


 我が家には、5000万円箱がひとつ。

 千両箱みたいな感じだ。

 金属で補強された、木の箱。


 5万円大金貨が1000枚入るから5000万円箱。


「どうしよう? このお金?」


 贅沢するのは身を持ち崩しそうで怖いし。

 かといって、貯金しておくと泥棒が怖いというか……


「……どうするって」


 サトルさんも困ってる。

 こんな大金、なかなかお目にかからないもんね。

 そうなるよね。


「困ったのう……」


 お爺様も困り気味。


「工房の道具は使い慣れているし、今のところ買い替える必要無いしな。どうしたもんか……」


 お義父様もかー。


 ウチの家、大金が降ってくると困る家だったんだね。


 う~ん。


 すると。


「あ~」


 ヒカリちゃんが、私に向かって這い寄って来た。


 私はそれを抱き上げながら。


 ……そういえば。


 今は、家でタライにちょうどいい暖かさのお湯を入れて、それでヒカリちゃんをお風呂に入れてるけど。

 いずれは、お風呂屋に連れて行かなきゃならないんだよね?


 ……それ、大変じゃない?


 いや、普通の家の子は皆潜り抜ける事なんだと思うんだけど。


 私はそういう経験、無いわけだし。


 できれば、お風呂屋デビューは無い方が楽なような……?


 ……よし。


「あの」


 私は切り出した。


 家族の注目が集まる。


 私は言った。


「……これで家を買いませんか? お風呂とトイレつきの」



 そして。


 貴族が売りに出してた、お風呂とトイレ、敷地内に井戸まで付いた中古の大きめの家を1軒、購入した。

 小難しい契約の類が全部住んで、いざ引っ越しの日。


 家を前にして……


「ふえええええ……大きな家」


 そりゃま、オータムさんのお屋敷と比べるとまだまだだけど。

 これまで住んでた家と比較したら、倍近い広さがあって。


 かつ、お風呂とトイレがあって、敷地内に井戸まである。


 ……文明レベルが5つくらい上がった気分だった。


 見ると、家族の他の面々も圧倒されてるみたいだった。


 ……ちなみに。

 この家を買っても、少しお金が残ったんだけど、そっちはもしも貯金に回した。



 自分の家にお風呂とトイレがある生活って、久しく味わってなかったけど、やっぱりいいもんだよね。

 掃除の手間はあるけどね。


 サトルさんもヒカリちゃんをお風呂に入れやすくなったし、今後のヒカリちゃんのトイレトレーニングにも都合がいい。

 良い買い物をしたと思う。



 そして……14年の月日が流れた……。



 葉秘14年、春。


 ヒカリちゃんは、もう14才。

 私と違って、出るところがしっかり出た(推定Dカップ)、艶やかな長い髪と涼し気な目を持つカワイイ女の子に成長した。

 サトルさんには「ヒカリに悪い虫がつかないか心配だ。母さん、その辺の教育はしっかりしてやってくれよ。どうせ俺には女の子の事は完全には分からない」ってよく念を押されている。


「爪先ッ! 顎ッ! 脇ーッ!」


 庭で、ブルマー姿のヒカリちゃんが杖の型をやっている。

 万一の護身用として、私が教えたんだけど、なかなか筋がいい気がする。


 やっぱり親子の血、なのかな?


 杖を振るって、飛び散るヒカリちゃんの汗が輝いて見える。


「そろそろ休憩したらどう?」


 私が手拭いを持ってヒカリちゃんに近づくと


「もっと頑張らないと、ノラ系モンスターに後れをとってしまうから」


 汗を拭いながら真面目な顔でヒカリちゃんはそんなことをいう。


 ……ノラには気をつけなさいとは、物心ついた頃から教えるようにはしてたんだけど。

 それが効き過ぎたんだろうか?


 正直、ノラ系モンスターを倒すノライヌスレイヤーになりたいなんて言い出さないかちょっと心配。


 この子、異能の才能を持ってるとはいえ、あまりそっち方向には親としては踏み込んで欲しくない。


 そのときだ。


 家の奥から、泣き声がした。


 またか……


 いつものことなので、何も感じなくなった。


 下の男の子3人が喧嘩しているのだ。


 どうせあれだろう。


「俺が父さんの跡を継ぐんだ」


「兄ちゃんより俺の方が研ぐの上手いから俺に決まってるじゃん!」


「何をー!!」


 ……ヒカリちゃんの後に、3人男の子が生まれたんだけど。

 2才下で、1人。そのまた2才下で、双子の男の子2人。


 名前は順に、サトシ、トミイチ、トミジ


 で。


 ヤマモト家としては嬉しい事なんだけど、3人とも父親の跡を継ぎたいって言い出して。


 しょっちゅう、その事で喧嘩してる。


 曰く、俺が継ぐからお前らは将来家を出て行って外で職人やれ、って。


 お兄ちゃんの方が、双子と喧嘩して。

 双子の気の弱いトミジが殴られて速攻で黙らされ、そうでないトミイチと取っ組み合いの喧嘩をする。


 それが日常になっていた。


「俺は長男だぞ!」


「でも兄ちゃん、俺より不器用じゃん! 俺の研いだナイフの切れ味と同じ切れ味、出せないじゃん!」


「そんなもん、俺だってそのうち……!」


「ハイ、そこまで」


 メソメソしているトミジを抱っこして撫でてやりながら、喧嘩してるふたりの頭を叩いた。


「サトシ、確かにお母さんは暴力の強力さについては教えたけど、行使しなさいとは言って無いでしょ」


「だってこいつら、俺に父さんの跡を継ぐのは実力不足だとか言うんだもん」


 サトシは不愉快そうにそう言う。


 まぁ、ムカつくだろうなというのは分かるけど。


「トミイチはお兄ちゃんに無礼な事を言うんじゃありません!」


 年下に技量のことで揶揄されてたらまぁ、耐えられないものあるのは分からなくも無いし。


「だって、俺の研いだナイフ、熟したトマトを薄切りできたんだよ!? すごいでしょ!?」


 ……まぁ、それは確かに凄いんだけど。

 柔らかいものを薄切りにするのは、刃物の切れ味が問われるからね……


 でも。


「いくら凄くても、最低限の上下関係も守れない人間は、いつか後ろから刺されるって前にお母さん教えたよね?」


 人間は感情の動物だから、他人の気持ちを無視して俺TUEEEEEを続けていたら、転んだ時に袋叩きに遭って死ぬ羽目になる。

 それを私はこの子たちに教えていた。


「……全く。お父さんはアンタたちが「跡を継ぎたい」って言ってくれるだけで嬉しいはずなのに、それが原因で喧嘩なんて、最低だと思いなさい」


 すっかり静かになったので、私はそう言って、家の奥に引っ込んだ。



 ……自分の仕事をするためだ。


 今の私の仕事は……


 自分の部屋に行き、書き物をするための机に向かい、紙と筆を取り出して、文字を書く。


 ……やってることは、ひらがなカタカナの本の、漢字かな交じり文への清書。

 国から依頼されて、ひらがなカタカナの本から、漢字かな交じり文の写本を作る作業を行っていた。


 漢字の普及がはじまってもう10年以上経ったけど。

 生きてる限り、私から漢字の知識を引き出したいと。


 定期的に、本が送られてきて、私はそれを読み、漢字かな交じり文の写本を作る作業を行っている。


 当然、有料だ。


 好きな事をやって、それでお金が貰える。

 私にとって、理想の仕事だった。



 ……この世界に最初来た時。

 記憶は無いし、知り合いも居ないし。


 大変だったけど。


 そして、真相を知って、私は前世で地獄を見たことも知ったけど。


 今、私は幸せだ。


 ……顔も思い出せない、私のために死を選んだという、私のお父さん、お母さん。


 前の世界では私、幸せにはなれなかったけど、こっちの世界で私、幸せになりました。

 仕事もあるし、家族も出来て、何も問題無いです。


 ありがとうございます。

 私は今、本当に幸せですから。


 安心してくれると、嬉しいです。



~異世界で女子高生が「漢字を広めようと」頑張る話~ 完

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