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10章 そして叶う私たちの夢(4)

第106話 私が来た!

★★★(サトル)



 ……助かった!


 俺が思ったのはまずそれだった。


 もう、完全に死ぬコースだと思ってて、絶望してたのに。

 ありがとう……本当にありがとう……。


 俺は心の底から、奥さんの友達に感謝した。


「あ……ありがとうございます」


 親父も同じ気持ちだったようだ。

 100キロカマキリを、多分魔法を駆使して倒してくれたセンナさんに、恐る恐ると言った感じで、礼を言っていた。


 俺とセンナさんに面識があるっぽいのを、見て感じたのか、どう対応するべきか迷ってるように思った。


 だから、言ったよ。


「こちら、センナさん。クミさんの友達」


「どうも。センナ・カムラと言います。クミちゃんとは仲良くさせていただいてます」


 ペコリ。

 頭を下げる。


 ……さすがはメシア様の神官をやれるだけのことはあって、この辺の礼儀正しさはしっかりしてるよなぁ。


「これはこれは。どうもウチの者がお世話に」


 と、親父も応える。

 ……一瞬、この今の状況を忘れそうになってしまった。


 何をまったりしてるんだ!

 それどころじゃないだろ!


「は、早く逃げよう!」


 俺は慌ててそう言い放つ。

 こんな危険な場所、1秒だって居たくない!


 早く安全なところに! 皆で!


「無論、そのつもりですぞ」


 ……そこに、もう1人。


 モヒカンの、屈強な革鎧の男性戦士。


 ……アイアさんの叔父さんのガンダさんだ。

 その後ろに、センナさんの、多分お父さん……が付き従っていた。

 前にセンナさんの蕎麦屋に行ったとき、厨房にいた店主さんがこの顔だった気がする。


「アテはあります。行きましょう。クミ殿のご家族はこれで全部ですか?」


 ガンダさん、油断のない顔でそう続けて来た。


 あと、爺ちゃんが居る……と俺は言おうとした。


 そのときだ。


 ふと、こんな考えが湧いたんだ。


 この状況で、危険地帯にまで救いに行くのはリスクが高すぎる。

 諦めてくだされ。


 ……そう、言われたらどうしよう?


 その時の俺は「冗談じゃない! だったら爺ちゃんは俺が助けに行く!」


 ……そう言える自信が、無かった。


 もしそう言われたら「……爺ちゃんは諦めます」


 そう言ってしまうかもしれない。

 そう、薄々思っていた。


 いや、多分俺の中ではそういう気持ちが整っていたんだろう。

 どうしても、死にたくなかったんだ。


 俺はまだ、クミさんに自分の子供を産んでもらってない。

 どうしても、自分の子供を自分の腕で抱きたかったんだ。


 その想いと、爺ちゃんの命を天秤に掛け……想いの方が勝ってしまってた。


 だから、一瞬躊躇した。

 そんな鬼みたいな想いを吐露することを導きかねない、その一言を。


 すると


「まだ僕の親父が自宅にいるはずです。……助けてもらえるのでしょうか?」


 親父が、言ってくれた。

 ……親父!


 もし拒否されたら、親父は何て言うんだろう?


 ……多分「だったら僕が行きます」って言う気がした。


 人任せだ。

 卑しい。


 でも、俺は黙って見守る以外出来なくなってたんだ。


 ……最低だ。


 そう、思ったけど。

 俺にはどうしようもなかった。


 クミさんに知られたくない。

 俺がそんな決断を考えていたことを。


 罪悪感が、自己嫌悪が、俺を圧し潰していく……


 だけど。


「センナ殿、周囲に邪悪の気配は?」


 親父の言葉を受け、ガンダさんがこう聞いた。

 すると、センナさんは


「今倒した奴以外、現在近辺に邪悪の気配は無いですよ。……自宅ってこの近くですよね?」


 そう、言ってくれたんだ。


 だから俺は、最低の発言をしなくて済んだんだ。

 済んだんだ……。



★★★(モブ冒険者)



「あぎゃああああ!」


 俺の目の前で、警備兵のおっさんが吹っ飛ばされる。

 1本角のオウガの爪の一撃をまともに受けたんだ。


 顔面を完全に潰されてた。あの鋭い爪でざっくりと。


 なんてパワーだ……


 こいつら、人の体型はしてるけど。パワーが全く人じゃない。

 一撃をまともに貰えば、一発で潰される。


 なのに。


 こっちの攻撃は、まともに通らない。


 俺も槍で何度か突くことに成功してるけど、大ダメージを与えるに至ってない。


 ちょっと食い込んで、そこで止まるだけなんだ。


 それに、あまり全力で突いたら、その隙を突かれてこちらがやられる予感がする。


 ハッキリ言って、勝つ道筋が見えてない。


 ……応戦を諦めて、籠城するしか無いんだろうか?

 でも……


 援軍が来ない上での籠城をする体力が、今のスタートの街にあるか?


 ここ、国境近くでも無いから、多分そんな想定して無いだろうし……


 それにだ。

 確か魔神って、食事しないんだよな。


 いや食おうと思えば食えるけど、生存に飲食が要らんらしい。


 ……兵隊としては最高の連中だわ。

 兵糧が不要なんだから。


 おまけに自分の命を惜しんだりしないだろうし。


 ……最悪だ。


 籠城を決め込んでも、事態が良くなるとは全く思えない。


 死期が少し伸びるだけだ。


 すると。


「街中で、猛獣が暴れてる!!」


 誰かの叫びが耳に飛び込んで来る。


 ……なんだって!?


 門の防衛戦だけでも厳しいのに、街中で猛獣!?


 一体、どこから入り込んだんだ!?


 この情報で、籠城するという選択肢も怪しくなってきた。

 籠城しても、まともに生存への道筋を歩めるのか?


 そう、思うから。


 ……酒場のあの子は無事なのか?


 今の俺には、それだけが気がかりだった。

 頼む。無事で居てくれ……


 生きて帰っても、キミが死んでいたら、俺は何のために戦ったのか分からなくなってしまう……!


「モロイ。モロイゾニンゲン」


 俺の前に立ち塞がっている1本角のオウガが、発音がちょっと歪だったけど、そう発してきた。

 完全に俺たちを舐め切っている。


 だが、俺は情けないことに、それに対して悔しさを覚える前に、怯えている自分に気づき始めている。

 心が、負けに傾きつつある。


 ああ……


 できることなら、いますぐに戦いを投げ出して、逃げたいよ。

 でも、そんなことをすれば酒場のあの子が……!


 そんなとき。

 ふと、思い出した。


 黒衣の魔女・オータム……


 白兵戦無双の女戦鬼・アイア……


 このスタートの街の冒険者で、抜きんでたビッグネーム。

 彼女らは、どこにいってしまったのか……?


 逃げた……?

 敵に恐れをなして……?


 そんなわけはない。

 彼女らほどの人物が、挑みもせずに逃げるなんて……そんなこと……あるはずが……!


 きっと、運悪くこの街に居ないんだ。

 それか、敵が彼女らの不在を見計らって攻めてきたんだ……!


 彼女らさえ……彼女らさえ居てくれたら……!


「サァ、ソロソロ死ヌがヨイ」


 俺がそんな風に、この場に居ないビッグネームのことを考えていたら。

 目の前の1本角が、鉤爪の生えた手を振り上げ、そう宣言する。


 ……思い上がりじゃない。

 事実だ。


 こいつは、その気になれば俺の命を取れる。


 これまでは、その気になって無かったからそうされなかっただけ。


 それが、これから実行される……!


 くそう……くそう……


 俺は、死ぬのか……


 酒場のあの子に、気持ちを伝えることもできず……!


 震える。

 でも……


 俺はせめて、見苦しい最期だけはすまいと耐えた。

 耐えようとした……


 悲鳴が洩れないように歯を食いしばり。

 振り上げられた腕を見つめる。


 その腕が……


 吹っ飛んだ。


「!!」


 ……突如、滑り込んでくるように突進してきた大きな人影。

 それが、オウガの間合いに踏み込むと同時。


 手にしていた両手持ち巨大戦斧で斬り上げて、その腕を肘から切断したのだ。


 その戦斧……見覚えがあった。


 使い手の上半身の大きさよりもさらに大きい、冗談みたいな刃。

 ヒヒイロカネで作られているため、赤い色で。


 同色の全身鎧で身を包んでいる。


 兜も被ってて、その兜は面貌に竜をイメージする意匠が施されていた……


 この姿の戦士は……顔は面貌で見えないが、俺は知っていた。


「あ、アンタは!」


「ナ……!バカナ!!」


 歓喜の声をあげる俺と、驚愕で硬直するオウガ。


 己の絶対有利の状況が、一瞬でひっくり返ったことが受け入れられないらしい。


 そんな魔神が、残った腕でその戦士を排除しようと動き出そうとしたが……


 戦士は、斬り上げた戦斧を、不要に振り上げず、手首を返して即座に斬り下ろしに切り替え。


 そのまま、魔神の肩口から、脇腹までを両断した。一瞬でふたつになってしまう魔神。

 その戦斧の重量が、どれほどのものであるかが分かる高威力。


 ……すげえ。

 さすがだ。


 オウガなんて、ものの数じゃない……


 この人さえ……この人さえ戻ってきてくれたなら……!!


 俺はこの人……いや、彼女の名前を叫んだ。


「皆! アイアが! 白兵戦無双の女戦鬼が駆けつけてくれたぞ! この戦い、勝てる! 勝てるぞ!」


 自分でも勢いで言ってるところがあるのは自覚していた。

 でも、希望だったのだ。


 ……この、凄まじい武芸の技と、強力な異能で、近接戦闘では誰も勝てないほどの域に到達した女戦士……アイアがやってきてくれた。


 この戦いが、街の死期を先延ばしにするための、捨て石作戦ではない。

 勝って帰って、喜びを守り抜くための戦いなんだ。


 そう思うための、希望。


 だから言ったよ。褒め称えた。


「……」


 だけど。

 言われた本人は何の反応も示さず。


 すぐに次の目標に向かって行く。


 ……さすがだ!


 突っ込んでいき、片っ端から劣勢に追い込まれている街の防衛勢力に加勢し、オウガを瞬殺。

 その姿を見て、俺の胸は高鳴った。


 憧れる。すげえ!


 彼女こそ、真の戦士。

 戦いを志すものが目指す終着点だと思った。


 男として、憧れ……いや、彼女は女だから何だか適当ではない気が。

 人間……それもなんか違う気がする。


 ハッキリいって、戦闘中だから思案してる場合じゃ無いのは理解してたけど。

 思わず、考えてしまった。


 少し考えて……そうだ!



 哺乳類として、憧れる!!

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