エンカウント。
主人公、やっちまいます。
幼稚舎に通うようになって、二ヶ月が過ぎた頃。
私は未だに王子様達に近づこうとしなかった。
幼稚舎であろうとなかろうと、女子というのは獲物を見つけると自らをアピールしつつ、ライバルとなる他の女子の足を引っ張るもので、また、幼稚舎に入る前にある程度の知識は母親や乳母に詰め込まれているから、とても幼稚園児の足の引っ張り合いに見えないのだ。
そんな恐ろしい猟場へ踏み込む事など、私には出来ない。
バルモント伯爵家の令嬢が手作りクッキー(幼稚園児の手製な訳ない)を差し出せば、アルプラー子爵令嬢がよろけたフリをしてそれをぶち撒ける。
またある時、美味しい紅茶を手に入れたとキンセル男爵令嬢がお茶会に誘えば、声をかけてもないのにサレイ伯爵令嬢が耳聡く聞きつけて無理やり参加した挙句に、そのお茶会に己の自慢話を持ち込んで乗っ取ったり。
またある時、グループ分けをしている時にミラー侯爵令嬢が、王子様と別のグループに分けられ癇癪を起こし、王子様達と同じグループにいたレギス男爵令嬢、つまり私をグループから追い出してそこに収まる。
子供な分、やること為すこと全て直球で、ある意味恐ろしいイジメである。
しかも質の悪いことに、令嬢方はそれがイジメであるという認識はない。
皆無である。
ゼロである。
そしてある日、私はとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「あなた方は、本当に貴族なのですか?」
今日も今日とて醜い争いが始まり、先生方が手に負えない事態になった。
争いの中心にいる女の子達は、それぞれ伯爵家だったり侯爵家だったりで、先生方があまり強く言えない立場の女の子達。
私は無理だが、これを収めることが出来る人物は限られていて、争いの種になっている王子様達か、上級職員である園長先生くらいだ。
時期がもう少し遅ければ恐らくアリスティ様でもイケたのだろうけど、残念ながらアリスティ様は本日はお休みされている。
男爵家の人間である私がしゃしゃり出るのは如何なものかと躊躇していたが、王子様達はその争いに見向きもせず、四人でその場を立ち去ろうとしていたのだ。
いくら第三王子とはいっても、ヴァシーロは王族なのだから争いは収めるべきである。それなのに見ぬふりをし、それを諌める立場の騎士団長嫡男や魔術師長嫡男、あまつさえ公爵家嫡男も王子に続いたのだ。
馬鹿みたいな争いを続ける令嬢方にも、争いを他人事の様にとる王子達にも、私は腹が立った。
そして前述のセリフとなる。
普段の私はわりと大人しめで、どちらかというとアリスティ様の取り巻きと化していたので、令嬢方からあまり警戒はされていなかった。
その私が、教室いっぱいに聞こえるレベルの声で言ったのだから、その驚き様はちょっと楽しかった。
驚かなかったのは、従者であるイコスだけである。
そして逸早く我に返ったミラー侯爵令嬢が私に向かってきた。
「あら、そういうあなたはご自分の事を何者と言われるのかしら」
「私はレギス男爵家令嬢ですわ。あなた方の様に己の欲を言い募り他者を蹴飛ばし、誇りを持とうともしない紛い物ではなく、ね」
5歳の子供が言うセリフではないが、これくらいは言っても良いだろう。少なくともミラー侯爵令嬢(ジョゼフィーヌ様だっけ?)は私の言い分を理解しているようで、顔を赤くしてプルプル震えている。
「あ、あ、あなたは、わたくしが、紛い物だと!言われるのかしら!?」
「いいえ?私はジョゼフィーヌ様だけが紛い物と申し上げたわけではありませんわ」
そう。私は別にジョゼフィーヌ様だけをを紛い物扱いしていない。
争いを続ける他家の令嬢方と、無視を決め込む王子達にも言っているつもりだ。
だが、王子達はそれに気づいていない。あくまで私が令嬢方に文句を言っているだけと思っているだろう。
だから私は続ける。
「ミラー侯爵令嬢も、バルモント伯爵令嬢も、アルプラー子爵令嬢も、キンセル男爵令嬢も、サレイ伯爵令嬢も、第三王子も、公爵家次男も、騎士団長嫡男も、魔術次長嫡男も、ですわ」
つらつらと並べ立てた人物名に、争いを遠巻きに見ていた他の令息令嬢方がぎょっとした顔をしている。
気持ちは分かるわよ?でも何を言ってくれているんだ!って顔をしているのがまるわかりだわ。
私だって我慢してたのよ。この2か月よく持った方だと我ながら感心しているくらいなんだから。これもきっとアリスティ様のそばで過ごしていたからに違いないわ。
さて、私に紛い物扱いされた令嬢方は、意味が分からなかったのか最初のうちはジョゼフィーヌ様だけが怒りに燃えていたけど、各々の従者から意味を聞かされて瞬間的に沸騰したようだ。
顔を真っ赤にして食って掛かって来る。
さすがに前世の同級生の様に胸倉をつかまれて凄まれることはなかったが、それでも囀る声には辟易する。
一方で王子達は、呆気に取られていた。
何を言われたのか、全く分かっていない顔をしている。
「お分かりになられていないようですわね、ヴァシーロ様も皆様も?私は、あなた方も、紛い物であると申し上げたのですが」
王家の怒りが何だ、公爵家の怒りが何だ。
私は、務めを果たそうとしない人間に対して注意しているだけだ。
これは正当な言い分だ。
「そう言い切るだけの根拠を教えてもらってもいいかい?」
「ご理解できていない様ならそれが根拠になりますわ、ルーネ様」
実際、私に答える気はなかった。
それくらい自分で答えを見つけろ。
貴族、しかも公爵家の人間なんだから。
「それでは、ごきげんよう」
未だ呆気に取られている王子達を尻目に、私はさっさと教室を出る。
これ以上いても、何の進展もなさそうだったからだ。
「御前、失礼いたします」
ぺこりと王子達に頭を下げてイコスが私の後に続く。
「………お嬢様、いいんですか?」
「本当は良くないけど、これ以上あの場所にいたくないし…何より、あれがあと一年も続くとなると通いたくなくなるから。仕方ないと言えば仕方ないのよ。おとうさまもおかあさまも分かってくださるわ」
この世界では何というか分からないが、前世聞いた事のある言葉で、貴族の義務を、今世の両親は共に実践しているので、教室での令嬢方の行為や、何もしない王子達に腹が立って仕方がなかったのである。
冷静になってみると、5歳の子供に強要するのは難しかったか?と思う反面、詰め込み教育的なマナー教育を受けているのだからそれくらいは自然と身について当たり前だろうとも思う。
少なくともイコスは実践している。
「そういえば、何でイコスはおとうさまやおかあさまみたいに出来るの?」
失礼な話とは思っているけど、イコスはいわゆるスラムの出身。生きるのに精一杯で、他者の面倒を見ている余裕などなかったはずだ。
「そう言われましても、僕は前からこうでしたよ?」
なるほど、天然くんなわけだね。イコスは。
馬車に揺られながら私はイコスの甲斐甲斐しさを思い返す。
確かに彼の行動は、裏があるようには思えないものだった。
だからこそ、おとうさまもイコスを引き取ったのだろうと納得していると、がたんと言う音とともに扉が開いた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
出迎えてくれたのは、レギス家執事のセバスチャン。
邸内で初めて会った時、ベタ過ぎる名前に大爆笑しそうになったが、本人を目の前に笑うのは失礼なので何とか堪えた結果、実に変な顔を見せてしまったという。おかげでセバスチャンの中では、私は"ちょっと変わったお嬢様"という認識らしい(イコス談)。
別にいいけどね。
こんな幼稚園児いない…