96.マーガレット(3)
翌朝から、シガンは毎日マーガレットの家に通うようになった。
早朝の素振りを一緒にして、稀に模擬戦を行う。
そして朝食の時間になると、シガンは屋敷に戻るのだった。
そんなある朝、シガンがマーガレットの家を訪れると何やら言い合いの声が聞こえてきた。
伯爵の部下である男だ、シガンにも見覚えが会った。
「どうか騎士団にお戻りくださいマーガレット様。あなたを超える武人を、後進の育成をお願いしたいのです」
「やなこったい。私は引退した身だよ。今更戻れるものかい」
「しかし、最近はお弟子を取ったという噂を聞いていますが」
「弟子ぃ? はン。そんな可愛いもんじゃないよ。あれはライバルさ」
「はは、まさか。マーガレット様に匹敵するような剣士などこのアドリアンロットにはいますまい」
どうやら領主館の文官がマーガレットを騎士団に戻そうと説得しているようだ。
「マーガレットの婆さん、今日の鍛錬はなしかい?」
「なんだ、貴様は――スカジャンのシガン様!? これは失礼しました!!」
「いや、いいよ。ていうかなぜ様づけなんだ?」
「伯爵様のお嬢様を娶っておられるのですから当然の態度かと」
むしろ逆に困惑されてしまった。
「来たかいシガン。じゃあ素振りから始めようかね」
「えっ、お弟子とはシガン様のことだったのですか?」
「「だから弟子じゃない」」
「し、失礼しました。では本日はこれにて……」
文官は立ち去った。
「婆さん、やっぱり騎士団に戻れよ。あんた後進を育てずに放り出してきたんじゃないか」
「仕方ないだろう。誰も私の訓練についてこれないんだから」
「いきなりついてこれる奴なんていないだろ。だからついてこれるように育てるんだ。まったく自己中だなあ……」
「はン? あんたほどの才能があるのを見つけられたらみっちり鍛えたんだがねえ。生憎、どこぞの貴族の三男四男ばかりの騎士団さ。根性がないんだよ根性が」
「じゃあ騎士と言わず兵士の中には見どころのある奴はいなかったのか?」
「兵士……兵士ねえ。それは……」
心当たりがあるのか、マーガレットは言いよどむ。
「じゃあソイツを弟子にでもして、騎士に仕立て上げろよ。それくらいはしてもいいんじゃないか?」
「ふん……そうだねえ。確かに後進の育成もせずに辞めたのは無責任だったかもしれないね。今日の素振りはなしだ。シガン、最後にあんたと勝負がしたい。木剣でだ」
「ああ。いいぞ」
シガンとマーガレットは最後の打ち合いをして、それ以後、シガンはマーガレットの屋敷を訪れることはなくなった。




