90.ヴァンパイア(1)
シガンはバジリスクの魔眼で石化したことをまだ覚えていた。
――あの感覚。あのまま扉を閉めなければどうなっていた?
言霊で石化を解除すれば良いだけだが、シガンの性根からして言霊頼りの戦いというのは性に合わない。
なんとか石化を無力化するか、石化しながらでも戦う術が欲しいと思っていた。
ここ最近の満月の夜は曇りだったり雨だったりしたおかげで、召喚の儀式はなかなか行うことが出来なかった。
しかし今晩は見事な満月が拝める。
シガンは戦力増強の意味でも召喚を行い、もしも有用な能力を持っていたなら合一も果たそうとしていた。
ただし、仲間には内緒だ。
アデルにあの『暗黒魔術の実践』という危険な書物を読ませたくないからだ。
仲間たちを集めて召喚を行えば、アデルの耳にも当然、入ることになる。
……さて、始めるか。
シガンは鶏の首を掻き切り、魔法陣に血を流した。
満月の光に照らされて、魔法陣が赤く輝く。
出現したのは、多数のコウモリだった。
「うわ、なんだ!?」
「私を呼んだのは貴様か?」
コウモリは徐々に集まり、人の形を成していく。
唇の端から覗く牙、白い顔、ヴァンパイアだ。
「ああ。俺はシガン。お前を召喚した者だ」
「そうか。褒めてつかわす」
「…………何?」
「何をしておる。我が復活を喜べ。寿げ。そしてその血を差し出すのだ――」
「まるで自分の方が主のような言い方だな」
「貴様は下等生物である人間であろう。上等種族の吸血鬼に侍るは道理。何が不思議か」
「気に入らねえ。俺はな、下僕を召喚したんだよ!」
「馬鹿め、己の器も知らぬのか、人間風情が!」
シガンは闘気法を回し、居合いを繰り出した。
吸血鬼はそれを爪で受け、逆の手で薙ぎ払う。
シガンはそれを影の手で受け止め、二の太刀を繰り出した。
吸血鬼はフワリと宙に浮かび、背後へ飛び退る。
「チ。霊刀か……厄介な武器を持っている。それになんだその影は……」
「いつまで避け続けられるかな! 〈フィジカルブースト〉!」
「ほざけ。〈ドレイン・ライフ〉」
ジワリ、と吸血鬼の手から闇の波動が放たれた。
しかしシガンは影を纏って波動を突っ切り、三の太刀を叩き込む。
「ぬぅ、闇属性の魔術が効かないだと……つくづく面倒な」
「フワリフワリと……いい加減にしやがれ!」
影の手が吸血鬼の足を掴む。
シガンの一閃と影の槍が同時に吸血鬼を貫いた。
「グハっ!? おのれ――手こずらせるなよ小僧!」
「夜は俺の時間だ。影で塗りつぶされた世界で、この俺に敵うと思うなよ!」
吸血鬼はコウモリに姿を変えると、バラバラと小さなコウモリとなって散っていく。
「《この俺から逃げることは出来ない》!」
「うぬぅ、なんだ、と!?」
コウモリは再び集まり、巨大な一体のコウモリとなった。
それをシガンは刀で真っ二つにした。
「おお、やめろ。我を、従属させるなど……人間風情に許されることではないぞ!」
「ふん。ようやく大人しくなったか……」
シガンはコウモリを自分の影の中に叩き込むと、そのままもうひとつの魔法陣に歩みをすすめる。
自分の親指を刀に押し付け、合一の魔法陣に血を滴らせる。
すると影の中に捕縛されていた吸血鬼が、ズルリと引き出されてシガンにへばりついた。
「ぐう……大人しくしろよ」
「や、やめろ……こんな……我は永遠に――」
「く、――はあっ、はあっ、はあっ」
シガンは吸血鬼を取り込んだ。




