72.アデルとベルベット
ターニアはスカジャンのシガンについて〈オラクル〉で問い合わせてみた。
シガンの正体について、である。
ガールと難しい話をしたり、古代文明の資料を難なく読み解いたり、見たこともない魔法の服を全身身につけていたりと、分からないことだらけだからだ。
しかし軽い気持ちで使った〈オラクル〉の魔術からは、驚くべき答えが帰ってきた。
《この世界の人間ではないため、解答不可》
ターニアは納得がいったと同時に、寂しくもあった。
ニホンという異世界からやってきて、きっとシガンが現れたのはアドリアンロットで、ベルと出会ったのだと思った。
だとすれば、この世界にシガンの両親や友人は存在しないことになる。
結婚式に自分たちしか呼ばれなかったのも、呼びたい相手が異世界にいるのではどうしようもない。
ターニアはこのことはシガンが明かさない限りは胸にしまい、墓まで持っていく覚悟を決めた。
ベルの元にアデルがやって来た。
「読み終わったなら、それ貸してくれませんこと?」
「読み終わりましたから貸しますけど、その前に付与魔術について打ち合わせをしたいと思います」
「一刻も早く新しい本を読みたい私にお預けを食らわせようというの!?」
「どうせ読みだしたら会話にならないでしょう? 読書の邪魔をされたくなければ先に済ませた方が良いかと存じ上げますが、如何?」
「……全くその通りで言い返す言葉もありませんわ。それで、どれに何を付与すればいいのかしら?」
「私たち後衛の防具と服に防護の付与をお願いします。現状では当たると即死するような攻撃が飛び交っていて、シガン様の足を引っ張りかねないので」
「まあ。旦那様の足を引っ張るのはよくないですわ。そんなに切羽詰まっているんなら在野の付与魔術師に頼めば良いのに……」
「そんな暇もなくシガンさまがどんどん先へ進むから、なかなか暇がとれなかったんです。でもこれからはひとつ屋根の下に専属の付与魔術師がいるので、遠慮なく頼みますね」
「…………仕方ないですわね。もしベルベットになにかあれば、ザールムント子爵との関係がこじれますのよ」
「それはもう、父も諦めているでしょう」
「そんなわけないでしょう。スカジャンのシガンならばベルベットを守りきって好きなだけ冒険者稼業を続けさせてくれると信頼して預けたのでしょう? きっと早く冒険者を引退して孫の顔を見たがっているはずですわよ」
「そ、それは……」
「避妊の加護を受けているのでしょう? 冒険者の間は仕方ないにせよ、若いウチに子供を作っておかないと、いざという時に子供が欲しくなってもデキない身体になっていたら意味がないのですよ。そこら辺、貴族としての最低限の意識はまだあるはずだと思っていたけれど、気の所為だったかしら?」
「いいえ。子供は欲しいわ。でもまず、順序があるでしょう」
「っ! つまり私が出産しない限りは冒険者を続けるおつもりなのね? いいわ。今に見てなさいよ。……それから本と防具と冒険に出る際に着る服を揃えておきなさい。魔石もふんだんに用意するのよ?」
「分かりました。魔石はオーガやトロールのものを用意することにしましょう。ダンジョンには呆れるほど出現するので」
「お、オーガにトロール!? 一体なにと戦っているのよあなたたち。信じられないわ……」
アデルは想像以上にシガンたちが危険な戦いに身を投じていることに気づいて、愕然とした。




