60.結婚
シガンにとっては永遠の平行線を辿るザールムント子爵を止める術が、アドリアンロット伯爵にはあるという。
「そ、それはどんな方法です?」
「結婚すればよかろう。ザールムント子爵はそれで諦めるぞ」
「え? いや恋人を引き裂こうとしている子爵が、結婚したからって諦める道理などないのでは……」
「いや。義父としてそなたに影響力をもてるのならば、ザールムント子爵とて諦めるだろう。なにせこの街のダンジョンの首根っこを押さえておるのだぞ。政略結婚の相手としては申し分ない」
「ああ、結婚するとそういう思考に落ち着くんですか」
「むしろ結婚していないから取り戻そうとしておるのだ。未婚ならばどこか良縁が見つかるやも知れぬ。だが一度結婚してしまえば、取り戻した娘はバツイチだ。次の縁は見込めぬぞ」
「なるほど……確かにその発想はなかった」
「というか、そなたがいかに優良物件なのかを示せば、ザールムント子爵は娘婿として祝福する立場に早変わりするはずだ」
「いいことを聞きました。ありがとうございます」
「まあ待て。そなたと繋がりの深い貴族とは、まず第一に私でなければならぬ。そうでなければアドリアンロットのダンジョンの管理を他所の領地の子爵が握るようなものだからな」
「ええと、そうなるんですか?」
「なるのだ。だからスカジャンのシガン。私の娘も娶れ」
「えっ」
「第一夫人として私の娘を娶り、正式にアドリアンロット伯爵家と縁を結べ。先に、だぞ? それがそなたの価値を示す最短にして最良の方法だ」
「伯爵家が喜んで娘を預けられる男だ、と?」
「そうだ。そのためにも、私の娘との婚姻は絶対だ」
政略結婚である。
まさか自分がその対象になろうとは、シガンは全く考えていなかった。
ここに来て自分が引き返せないところにいることを悟った。
「よいか、スカジャンのシガン。ベルベット嬢の件とは別に、私の娘との縁談は回避できぬ。巨大野菜、ダンジョン、今のアドリアンロットの流行と観光の主軸を担うそのふたつをそなたは握っておる。他家との婚姻の前に、第一夫人として私の娘を娶ってもらうからそのつもりでおれ」
「典型的な政略結婚ですが、娘さんの幸せは考えないんですか」
「何不自由なく暮らせる稼ぎのある男だ。なんの不満があろうか。娘はさぞ幸せに暮らすことだろう。……だいたいそなたとは約束があるではないか」
「約束? …………あ」
――これからもスカジャンのシガンとは良い関係を築いていきたいものだな。
――そうですね、是非。
言質は既に取られていたのだ。
かくしてシガンの結婚が決まった。




