58.ザールムントの三男坊(2)
結局、バルバトスはシガンから一本もとれなかった。
スカジャンのシガンの強さは本物だったと認めざるを得ないバルバトスだが、なんとかベルを連れ帰りたいという思いは変わらない。
結局、1時間もかけた模擬戦の結果に関わりなく、平行線の交渉が始まるのだった。
「ベルベットは連れて帰る! 誰がなんと言おうとだ!」
「ないな。本人にその意志がない」
「貴様には関係のないことだろう!」
「恋人だから大アリだ」
「勝手に恋人なぞ作りおって……ベルベット……貴族の娘としてそれはどうなんだ!?」
「おい、ベルベットも言ってやれ。好きに言ってもいいぞ。フォローはする」
「じゃあ言わせてもらうわ」
ベルベットが大きく息を吸った。
「お父様もお兄様も過保護すぎるの! 私には窮屈なの、貴族の暮らしは! あとシガン様はお父様やお兄様の何倍もいい男だから、ここで捕まえておくのは貴族の娘として当然のことだと言っておくからね!?」
「ぐはぁ」
バルバトスは膝から崩れ落ちた。
貴族の娘としてスカジャンのシガンを捕まえておかなければならない。
それはバルバトスにとっては予想外の回答だった。
ベルは更にまくしたてる。
「この屋敷を見て。ザールムントの屋敷とどっちが大きい? ちなみにダンジョンは屋敷の敷地内にあって、入場料の一部を毎日、受け取っているわ。他にもアドリアンロットの名物になりつつある巨大野菜もこの屋敷の家庭菜園から始まっていて、アドリアンロット伯爵との関係も良好なのよ!」
「なんだと、それは本当かスカジャンのシガン!?」
「ああ、全て本当のことだ」
「ダンジョンだって、シガン様の手にかかればミノタウロスもやっつけちゃうんだから。何なら私もミノタウロスと戦って怪我のひとつもしなかったわ!」
「ぐはぁ」
再び膝を折るバルバトス。
これにはさしものバルバトスも黙ってはいられない。
「ミノタウロスとベルベットが戦うだと!? おいシガン、貴様なにがベルベットを守る、だ。全然守っておらんではないか!?」
「守ったから傷ひとつないぞ。お前の守るってのは大事に屋敷に仕舞っておくことなのか?」
「そうだ!」
「即答すんな。ベルはそんなに弱い女じゃねえ。テメエが目を見開いて見ろ。ここにいるのは、俺の恋人にしてダンジョンの最先端を探索するアドリアンロットで一番の冒険者パーティの魔術師だ」
「うぐぐぐ……」
「ザールムントに戻って伝えろ。俺とベルはここを離れないってな」
「よ、よかろう。俺の言葉ではベルベットは動かせないらしい。戻って親父どものチカラを借りることにしよう」
「おいおい……マジで言っているのか? お前らはベルのことを何も分かっていない」
「わからいでか! 何が不満だというのだベルベット! 美しいドレスは山程あり、美容に気を使った食事、頼れる兄が三人もいて、何の危険もないというのに!!」
「どこに頼れる兄のひとりがいるんだ。俺にやられっぱなしだったろう」
「く。旗色が悪い。ベルベットの居場所は分かった。出直させてもらおう!」
言うが早いか、バルバトスは木剣を放り投げて屋敷を後にした。
「ベルは絶対、誰にも渡さないからな」
「!! はい、シガン様!!」
ベルはシガンに抱きつくと、目尻の涙を拭った。




