57.ザールムントの三男坊(1)
ベルベット・ザールムント。
それがベルの名前だった。
ザールムント子爵家の長女であり、れっきとした貴族の娘である。
兄のバルバトス・ザールムントももちろん貴族の生まれで、三男であるそうだ。
ベルは4人兄妹の末っ子で、上に三人の兄をもち、大層可愛がられていた。
もちろん唯一の女の子にザールムント子爵本人もメロメロだったらしい。
しかしそのようなダダ甘の環境に、ベルは満足しておらず、こっそり領地を抜け出して冒険者になったのだそうである。
聞いてみれば大したことのない話だった。
「話はわかった。ベルは帰さん」
「なんだと!? スカジャンのシガン、貴様がどのような立場の人間であろうとも、可愛い妹を冒険者などという危険な立場にしておけるはずがないだろう!」
「それは見解の相違だな。ベルは強いぞ? それにベルは危険な冒険者の仕事をしているが、その間は俺が守るから問題ない」
「何だと……言うではないか。このバルバトス、剣士としてはザールムントでは名の知れた男よ。ひとつ恋人どのの腕前を試させてもらおうか」
「いいぞ。よし木剣をもて」
庭に出ると、木剣を振るうバルバトスの様子をシガンは観察した。
なるほど言うだけあって、強い。
恐らく冒険者でもやっていけるくらいの強さはあるはずだ。
ふとシガンは疑問が湧いて尋ねてみた。
「そういえばザールムントの三男がなぜアドリアンロットにいるんだ?」
「ダンジョンに挑みに来たに決まっている! 俺は冒険者だからな」
「お前は冒険者をやって良くて、ベルがだめな理由はなんだ?」
「可愛い妹だぞ!? 女が冒険者をやるのは大変なのだ!!」
「あー分かった分かった。とりあえず剣で俺の技量を測ってくれ。それで納得がいかないなら、腰を据えて交渉だ」
「ふん。音に聞こえたスカジャンのシガン、楽しみにしておるぞ。では参る!!」
鋭い上段を回避したシガンは、木剣でバルバトスの腹を打った。
「素直過ぎる剣筋だな。魔物相手ならともかく、人間相手に上段から入るなよ」
「ぐぬ、剣の先生にも同じことを言われたことがある……貴様、本当にやるのだな」
「続けるか?」
「無論だ!」
その戦いは、1時間に及んだという。




