56.ベルベット(5)
第四階層には特に見るべきものはなかった。
敢えて言うなら、袋型のマジックバッグが宝箱から入手できたことくらいか。
これは約束通り伯爵に高値で売りつけよう、とシガンは考えた。
他に宝箱からは魔法の弓が入手できた。
これで矢を放つと、火矢となる魔法がかかった面白い弓だ。
アティのもつ弓の弦と強さはさほど変わらないので、アティが使うことになった。
ダンジョン内でなら火矢になる魔法の弓はありがたいが、森などでは逆に不便になる。
元々使っていた弓も取り置いておくように、シガンは言っておいた。
まあその程度のことならばアティたちもわきまえているので、弓を売却するような心配はないのだが。
他にも魔法のかかった武器は出てきたが、そもそも武器を換装できるのはアティだけだ。
シガンには愛刀があるし、ベルとターニアは武器ではなく魔術の焦点具である杖だ。
ガールには武器は不要であるから、弓以外の魔法の武器は売却するしかない。
……少しもったいないなあ。
マジックバッグと一緒に領主に売却の話を持ちかけてみようか、と考えるシガンだった。
第四階層のマッピングは、だから何事もなく終わり、シガンたちは結局中で一泊するだけで済んだ。
魔法の武器とマジックバッグは無事に伯爵が高値で購入することとなり、シガンとしてはホクホク顔になった。
ダンジョン産の魔法の武器は希少かつ強力なものが多い。
付与魔術で魔法の武器は作れるが、あくまで魔法のかかった武器でしかない。
伯爵は騎士に下賜するか、別の貴族に売り込むことでさらなる利益に繋げたいと考えているようだった。
さて何もかもが上手くいったと思っていたシガンだが、思わぬ事件に巻き込まれることになった。
自宅である屋敷に戻る途中、ベルに絡む男を発見したのだ。
「おい、俺の女に何をしてやがるッ!!」
「なにベルベットの男だと!? では貴様がスカジャンのシガンか!?」
「俺のことを知っていてベルに手を出そうとしたのか? 随分と命知らずじゃねえか」
「俺が誰だかまずは聞け。俺はベルに手など出さん。なにせ血のつながった兄だからな!!」
「……ベルの兄? 本当なのかベル?」
「…………はい」ベルは蚊の鳴くような声で言った。
「ベルベットは連れて帰るぞ! さあ、スカジャンのシガン殿に挨拶をするのだベルベット!」
「まあ待て。話が見えない。ひとまずベルの兄ならウチに招いてやるから、そこで話を聞かせろ」
「うぬう、まあよいか。ベルベットの居場所が分かったのだ。恋人も屋敷もあるようだし、逃げることもあるまい」
かくしてベルの兄と名乗る男を屋敷に招くことになった。




