38.もうひとりのシガン(1)
シャドウストーカーはなかなかに便利だった。
オークの足元に出てきて足を捕まえ、移動を封じたりするのが得意だったのだ。
これはシガンの接近戦の助けになるし、魔法や矢を頭上に射掛けるベルやアティにも有用だった。
なおターニアは基本的に回復魔術が得意で、〈シャイン・セイバー〉は魔力の無駄遣いだと断言した。
なのでベルは魔力を温存しなくて良くなり、攻撃魔術を飛ばす頻度が増えた。
四人はアドリアンロットでも有数の実力派パーティとして名が売れていた。
そんなある日のこと、シガンが高難易度依頼を眺めていると、黒髪で白い肌の男が声をかけてきた。
「お前がスカジャンのシガンか。俺はルフレミラントからやって来た紫電のカイトだ。決闘を申し込む。俺が勝ったら、お前の女どもを皆殺しにする。俺が負けたら ――」
ドスン、と重い袋を置いた。
「金貨で100枚ある。どうする?」
「話にならない。俺の女? それが仲間たちのことなら金貨100枚じゃ足りないどころじゃない」
「そうだろうな。けど、お前は昔、俺の妹をボロボロに犯して捨てたクソ野郎だ。妹は首を吊ったぞ。それでも金貨100枚じゃ足りないっていうのか?!」
冒険者ギルドの中がざわつきだした。
これ以上、この紫電のカイトに喋らせておくと良からぬ嫌疑をかけられかねられない。
「なにを言っているんだ? おれはお前のなんとかいう街を知らない。俺が知っているのは、日本という故郷とアドリアンロットというこの街だけだ」
「その故郷との間にメオントゥルムがあったんじゃねえのか!? ないっていうならニホンとやらの位置を言ってみろ」
「知らん知らん。大体、俺は基本的に女には困っていないんだ。ボロクソに犯して捨てる? そんなことするわけねえだろう」
「なんだとこの野郎!!」
だが冒険者ギルドの面々は「確かになあ……」とシガンの肩を持つことになった。
「なあ、ソイツは本当に俺なのか? スカジャンのシガンを名乗ったのは、このアドリアンロットが初めてだぞ」
「なんだと!? テキトーなことを……」
「その妹の話、最近のことなのか?」
「いや、古い話だ。だが確かにシガンと名乗る剣士が俺の妹を……」
「スカジャンのシガンはどこへ行ったんだ? それじゃシガンって名前の剣士の話じゃねえか」
「た、確かに……。しかし最近、目立つシガンという剣士の話を信じてやって来たのに別人とは……」
「まあ気落ちするのも分からんでもない。それにシガンという名前でそんな悪どいことをするのは許せんな」
シガンは唇を湿らせて呟いた。
「《今すぐここにカイトの妹を犯して捨てたクズ野郎が現れる》」
シガンは冒険者ギルドの入り口を睨んだ。
そこに丁度、入ってくるひとりの剣士がいた。
剣士はなぜかシガンに睨まれていると感じ、すぐさま眼尻を上げてドスドスと近づいていく。
「おい、テメエなにガンくれてんだよ!」
「どこのどいつだ? あんまりにも芋くさくてどこの田舎もんかと思ったんだが」
「はあ!? メオントゥルムの剛剣のシガンとは俺のことだ!! 物知らずめ、アドリアンロットの田舎者が魚くせえんだよ!! 今すぐにぶち殺してやらあ」
「ほう、シガンというのか。偶然だな。俺もシガンだ」
「ああん? じゃあテメエがスカジャンのシガンか。ちょうど良かった。俺と同じ名前の剣士がいるってんではるばるやってきたんだ。テメエに決闘を申し込む。勝った方がシガンを名乗る権利を得る。負けた方は改名してシガン様の下僕と改名しな!!」
「待て!!」紫電のカイトが割って入った。
「なんだテメエ?」剛剣のシガンが首をかしげる。
「俺はルフレミラントの紫電のカイト。貴様、シガンを名乗ったな? ルフレミラントで女をボロクソに犯したクソ野郎と同じ名前だ!!」
「ああ! そいつは俺だ! あのときは夜中に出歩く小娘に世間の常識を教えてやったのさ。夜は女の出歩く時間じゃねえってなあ」
「妹は……俺の誕生日のために月光草の花を取りに行ったんだ……貴様はそれを!! 俺こそ決闘を申し込む!! メオントゥルムのシガン、勝ったら俺が血反吐を吐いて集めた金貨100枚、くれてやる。ただし負けたら貴様の命を頂くぜぇええ!!」
「クソどもめ! いいだろう、まずはカイトとやら、貴様から片付けてやる。……それからいいかスカジャンのシガン、逃げたら承知しねえぞ」
「安心しろ。ちゃんと見学してやるから」
「……さっきは悪かったなスカジャンのシガン。お前じゃなかったよ。クソ野郎はあっちの野郎だった」紫電のカイトがシガンに謝る。
「気にするな。でもちゃんと勝てよ」
「任せておけ」
こうして紫電のカイトと剛剣のシガンの決闘が始まった。




