102.アデルとベルベット(2)
アデルが妊娠した。
その報はシガンが第十一階層から戻って、翌々日に伝えられた。
「――妊娠? 本当か? いやそもそもなんでダンジョンから戻ってすぐに教えてくれなかったんだ」
「嘘を言ってどうなるっていうの。ダンジョン探索で疲れていそうだったから伝えそびれたの」
「そ、そうか。いやめでたいな。俺の子供かぁ……元気に育つといいな。いやその前に出産か……あああ、こういうとき、男は何も出来ないからもどかしい!」
「めでたい? それは祝福してくれるということかしら?」
「は? 当たり前だろ。妻の妊娠がめでたくないわけないだろ」
「まあ、旦那様の場合は私と夜を過ごせなくても、相手が他にふたりもいるから困らないのでしょうけど……」
「なんだ藪から棒に。まるで俺が色情魔かなにかのごとき言い草だな」
「そうじゃないとでも? ……まったく、一晩にあれだけすれば嫌でも妊娠するわ」
「……まあなんだ。身体を大事にしろよ。あ、こんなところで立ち話して身体を冷やしたら大変だ。もう部屋に戻って暖かくしていろよ?」
「はあ……優しい旦那様で涙が出るわ。それにしても悪阻って酷いのね。本を読む邪魔だわ」
「少しは運動もした方がいいんだったかな。これまで運動なんてしてこなかったのにいきなりするのもなあ……ううん、やっぱり俺は無力か」
「も。もう! 私のことはいいから。それじゃあね」
踵を返して立ち去るアデルに、シガンは「《母子ともに健康でありますように》」と言霊をかけた。
「妊娠したんですってね」
「ああ、シガンから聞いたのね。そうよ、あなたが望んでいた通り。まあ生まれるまでは分からないけど……ちゃんと貴族としての義務を果たしてみせるわ」
「おめでとう、アデル」
「あなたにまでそう言われると気色が悪いわ、ベルベット」
「そんな言い方はないじゃない」
「そう、ね。悪阻とかで本に集中できなくてイライラしているのかしら。当分はこんなだから、大目に見てね」
「分かっているわよ。私も女だもの、妊婦がどれだけ大変かは想像できる」
「本当? 経験もないのに? なったら想像以上だから覚悟しておくのよ?」
「……私は当分、その予定はないから。その言葉だけ覚えておきます」
「ええ。よおく覚えておいて。あなたが妊娠して悪阻で苦しんでいる間、私はちゃんと八つ当たりを受けてあげるから」
「…………」
「…………なによ」
「いいえ。やっぱり私も子供が欲しくなったなあって」
「なら早く冒険者なんて辞めちゃいなさい」
「代わりの魔術師がいたら、ね」
「あなたひとりいなくても旦那様は困らないんじゃないの?」
「……そうかもしれないわ。ガールちゃんが物凄く強いのよ」
「へえ? あのぼんやりした子がねえ……」
「第十一階層で私たちが生きて戻ってこれたのはガールちゃんのお陰だもの。本当に凄いのよ、彼女」
「そんな逸材ならシガン様の恋人に相応しいじゃない。シガン様はガールに興味を持っていないの?」
「ガールちゃんの方が恋愛を理解できていないみたい。当分は無理だわ。でも機会があれば、くっつけたいわね」
「そのときは微力ながらお手伝いするわよ?」
「ええ。手伝ってもらえるなら喜んで」
第一夫人の妊娠は第二夫人にどんな影響を与えたのか。
今は当人以外にその内心をうかがう術はない。




