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2、語る少女

仲良し校則違反チームに、新たなメンバーが加わる。

シュシュは戦場帰りの帰国子女?だったのだ。両親の生死すらわからない少女に、三郎達は同情よりも、別世界の話を聞き唖然とする。

「サブローと出会った日から、数日のうちに、家族で上海に引っ越ししたの」


少女は、帰国後出来た友人達に、涙のワケを語り始めた。


「空気は悪かったけど、上海は暮らしやすい所だった。メイドさんまでいたのよ。スゴイでしょ!」


笑顔で話すシュシュだが、三郎には言葉を絞り出す少女が、無理をしている様に見えた。

守珠の父親はパキスタン国籍の医者、母親は看護師で、日本人だったそうだ。


「1年くらい中国で暮らして、父がアフガニスタンに赴任する事になったの」

「ああ、だから中国語知ってるのか。さっきの乾杯は、むこうの言葉だとグァンペイだよな。ちょっと発音が難しいけど」


語学に強い、景光が解説する。


「なんでまた、そんな物騒な所へ?」


相馬の意見は最もだ。戦争、内戦、また内戦と争いの絶えない国へ、家族揃ってわざわざ移住する事はない。


「私の母も、ソーマと同じ事を言ったわ。でも、父は医者としての使命を果たすって聞かなくて。安全な地域だからって、2年間の約束で赴任したの」


紀元前336年。アレキサンダー大王はアフガニスタンを支配した。

ところが、統治が始まった途端に市民テロが方々で起こり、治政は立ち行かなくなった。

アレキサンダー大王の母親は、我が子に手紙を送る。

「あなたは、世界のほとんどを征服したのに、アフガニスタンで何をぐずぐずしているのか?」

大王は母親に、その地の土を送り。

「この土を、宮殿の庭に撒いてみればわかる」と、手紙を添えた。

婦人は庭に、アフガニスタンから届けられた土を撒いた。

その夜。母親の2人の付き人が、御用はないかと部屋を訪れる。

どちらが先に部屋に入るかで、譲り合う2人は、やがて言い争いを始め、剣を抜いてお互いを刺した。即死であった。

一部始終を見ていた母親は我が子に「もういい。よくわかった」と手紙を送る。

アレキサンダー大王は「ここには土にさえ敵意がある。犬は犬と、鳥は鳥と、人は人と殺し合う」そう語った。


伝説になるほど物騒で、完全な支配など出来そうにない国。それがアフガニスタンであると、映画で見た事がある。


「父が病院に赴任して、数週間後の事だった。現地に着いて、初めて知ったけど、あるはずの学校は閉鎖されていて、家族が住む予定の家は、テロで焼かれた後だったわ。仕方なく、同じNGOの人の家に居候してた」


それだけでも、中国へ戻る理由に十分なる。


「ところが、父はどうしても残ると聞かない。私の事を一番に考えてくれた母は、上海に一度戻って、寄宿舎のある学校に私を入学させて、自分はアフガンに戻ると父を説得した。父親を愛していたのね」


そして、出発の前夜、事件は起こった。

武装勢力が外国人居住区を襲い、建物に火を放つ。その地域を警備していた傭兵部隊は、敵側の武装勢力と内通していた。


「夜中に母親が私を起こして、着の身着のまま屋敷から逃げ出した。どこをどう走っているのかもわからない。銃声と悲鳴と、炎に焼き出された人々の怒声が飛び交い、生きた心地がしなかったわ」


とにかく安全な所へと、シュシュの母親は、まだ幼い、我が子の手を引いて走る。土地勘のない街で、親子は迷子になった。

建物の路地から路地へと走り回り、開けた場所に出ると、見るからに物騒な連中がたむろしていた。


「銃を持った髭面の男達に、母と私は拉致された。父は病院にいたはずなんだけど、それきり逢えなくなった」


武装勢力に連れて行かれたシュシュと母親は、街外れで狭いトラックの荷台に押し込まれた。トラックの荷台には、拉致された女性や子供達が、十数人はいたという。


「トラックの荷台は、最悪の乗り心地だったわ。道なき道を進んでいたようで、何回も荷台の中を転げ回った。ドスンドスンって。天井まで頭がつくんじゃないかと思った」


一晩中、悪路を車は進み、砂と岩場のキャンプ地へ着いた。

草木も生えない不毛の地で、異邦人の子供らは何を思ったのだろう。


「母ともそれきり。子供達は子供だけにグループ分けされて、他のキャンプへ移動する事になったの。相手が何を言っているかわからなかったけど、銃を向けられてまくしたてられた。私は年長の方だったと思う」


一気にそこまで話すと、シュシュは冷えたドリンクを一口飲んだ。

少女の喉がゴクンと動くのを、皆は黙って見ていた。平和な国で、いつもの日常をおくる若者たちには、その後の展開は予想すら出来ない。

ただ、長袖シャツを腕まくりしたときに見えた複数の傷跡。女性にしては引き締まった腕や足の筋肉。瞳の奥底に野生の眼光を持つ少女。

常軌を逸した世界から舞い戻ってきた、人間の芯の強さを伺わせた。


「私も含めて子供達は皆、訓練用キャンプに送られた。まずは体術で、ナイフの扱いとマーシャルアーツを習ったわ」


明るくシュシュは言うが、10歳にも満たない女の子が、見知らぬ土地で戦闘訓練を受け、やがては殺し合いをするために兵士に仕立て上げられる。

話を聞いている5人は、無策な国際社会に憤りを覚えるが、同時に自分達の無力さも感じていた。


「マーシャルアーツって?」


重い空気を感じて、奈緒が口を開いた。景光がフォローする。


「道具を使用しない、格闘技全般を指すんだが、この場合は軍人が使う近接格闘術。相手の戦闘能力を効率良く奪うことが目的で、つまり、、、」

「そう、人殺しのための武術ね」


シュシュの話は続く。

一緒に連れてこられた子供達より、年上だったと言っていたので、子供らの面倒も見ていたのだろう。その中には、訓練や戦闘で命を落とした子もいたはずだ。

日本で言えば当時、小学生3、4年生だったシュシュ。平和ボケの日本人のために、だいぶオブラートに包まれた話し方だと、三郎は思った。


「何ヶ月経ったのかもわからなかったけど、銃の使い方と現地の言葉も少し覚えて、戦士と呼ばれる男達の前に連れてこられた。なんとまあ、まだ子供の私を、誰かのお嫁さんにしようって言う話になってたの!」


女性を物の様に扱う、野蛮な国の野蛮な人間達。三郎は、思わず呟いた。


「本で読んだ事はあるけど、酷いね」


グローバリズムに、三郎は全面的に賛成ではない。だが、人種や性別差で酷い扱いを受けるのは間違っている。

最低限、生まれて来た人間が、尊厳を奪われずに生きていける世界。それが達成可能なら、アメリカだろうが中国だろうが世界制覇を為せば良いと思う。


「私もゾッとしたわ。髭伸び放題のオヤジとか、何日もお風呂に入ってなさそうな油おじさん。ニヤついている歯の抜けた男や、お爺さんまでいた」


自分が品定めされている様で、シュシュは母親と離れた時の様に心細かった。


「でも、相手に弱気な所を見せちゃダメなの。相手を、えっと、こう言う時は日本語だと何て言うの?」

「相手を図に乗らせては、かな?」


景光が、シュシュが伝えたい言葉を繋ぐ。


「そう、弱気な所を見せれば、相手は図に乗る。毅然とした態度で、男たちの言いなりにならないと、心の底から思ったわ」


1人の男がシュシュの方に歩いて来た。少女の顔に手を近づける。その手を払い退けると、男は顔を殴りつけた。


『ガキが、いい気になるな!』


シュシュはよろけたが、男を睨み返す。男の目の前で、隠し持っていた手榴弾のピンを抜いて見せた。


『!』


それを見ていた周りの「戦士」達は、息を呑んで、次の瞬間を見守る。

少女を叩いた男は、その場で腰を抜かした。ピンを元に戻し、シュシュは一同を見回すと、鋭い眼光で男どもを威嚇する。

今度は、男達の中から、東洋人らしい男が少女に近づいた。


「君は中国人か?それとも日本人?」

「日本人です。父はパキスタンの出身で、ここに来るまで中国にいました。おじさんは?」


久しぶりに聞いた日本語だった。話すのも何年ぶりかと思った。驚くシュシュに男は言う。


「そうか、まだ子供なのに立派なモンだ。気に入った!俺はここではファルコンと名乗っている。ああ、英語だとだな。日本語だとえっと」

「日本語だとハヤブサですね」

「そうそう、ハヤブサだ。しかし、日本語を忘れそうなほど、この国が長くてな。俺はもう50過ぎだ」


2人は同胞に会った安堵感か、お互いに笑顔になる。


「状況を説明しとくと、君はここにいる誰かと強制的に結婚しなくてはならない。わかるな」


コクンとうなずく少女。


「そこでだ。俺が君をもらう事にする。もちろん俺は幼女趣味じゃないから、今の君に興味は無い」

「シュシュです」

「えっ!?」

「名前。私の名前はゴヤシキシュシュです」

「シュシュか、女の子らしい名前だな。俺の本名は知らなくていい」

「ハヤブサさんですね」

「ファルコンの方がカッコよくないか?」


また、2人で笑い合う。

男は気さくそうで、信用できそうな気がした。いつか日本へ帰らせてくれる。そんな期待を胸に、シュシュは偽装求婚を受ける事にする。

一緒に拉致された子供達や、自分の母親のことはもちろん気にはなったが、男は、調べてくれると約束してくれた。拉致グループと、兵士養成所のグループは、交流はあっても別組織だと言っていた。


いくらかの金で、少女の将来を買ったファルコンと名乗る男。兵士としての腕は確かだった様だ。

狙撃、格闘技、爆弾の作り方まで教えてくれた。


「いいかシュシュ。お前は人を殺してはいかん。なるべくな。戦闘に参加はしてもらうが、後方支援と遠方狙撃が仕事になる。相手を動けなくすればいい」


戦闘で命を奪うなとは、相手を殺すよりも難しいオーダーである。


「ただし、俺や自分の身に危険を感じたら、躊躇無く殺せ。さもなくば」

「自分が死ぬ」

「そうだシュシュ。これはサバイバルゲームだ。そう思え」

「わかりましたファルコン。私は生き残ります。そして、あなたも」


傭兵の男は歯を見せて笑った。その笑顔を、シュシュは守ろうと思った。


ファルコンは、若い頃に世界を転々とする革命戦士となったと言っていた。


「ファルコン。カクメイってなんですか?」


一度、シュシュが聞いて見たことがある。


「理想かな。でもそんなモノは、世界中を渡り歩いても、発見出来なかった。昔、夢物語を読んで、ユートピア構想を夢見たマルクスってやつが、共産主義ってのをぶち上げた」

「ユートピアなら理想郷って意味でしょ?」

「ところが、そうはならなかった。わずか数十年で、共産主義、全体主義は2億人の、一般市民を殺したと言われている。有名どこでは、レーニン、毛沢東、ヒトラーか。もっとも平和なはずの資本主義国、日本でも、毎年3万人自殺する人間がいる」

「私には難しいな」

「そうだな。今のシュシュにはわからなくていい。大人になればわかる」


思想と言うのは、今でもシュシュには理解出来ないと言う。


「宗教っていうのもそうだけど、大衆をまとめるのに必要なんだってファルコンは言っていた」

「思想や宗教、政治理念を、幼い頃から植え付け、テレビとかでめちゃめちゃ教育するのよ。だいぶ偏った大人になるでしょうね。偉い人達が統制しやすい様に」


咲良の意見はもっとだ。宗派、国、民族。島国育ちの自分達には、まだ理解できないと皆は思った。


シュシュの初陣は、ファルコンやその仲間が作った時限爆弾を、敵の車両にセットする事だった。


「シュシュは立派な戦士だが、子供の姿に相手は油断する。駐車場所に忍び込んで、片っ端からセットするんだ」


ファルコンの指示通りに、何箇所も敵側の拠点地へ潜り込み、駐車中の車両を爆破した。


「起爆スイッチは、シュシュが押さなくていい。これは俺の仕事だ」


万が一、敵側の兵士や市民を、爆発に巻き込んでしまった時のために、少女にファルコンは言い聞かせる。


「その手を一度でも赤く染めたら、もう後戻りは出来ない。お前に人殺しはさせたくない」

「なるべくでしょ?」

「そうだ。なるべくだ」


シュシュの体験談は、唐突に終わった。


「ここに来る半年くらい前ね。敵側に捕まって尋問を受けたけど、私は何も喋らなかった。日本人だと告げただけ。今は、児童施設に住んでるの」


少女は、どんな地獄を見て来たのか?

涙のワケは、もっと深い所にありそうな気もする。

三郎達は、そう思った。

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