1、戸惑う少年。
兄が残したホンダのオートバイ。
少年は、仲間たちに囲まれて孤独ではなかった。
少女は、孤独の世界を生き抜き、仲間たちに出会った。
誰もが通る青春の物語。
オートバイで通学するのは、もちろん校則違反だ。
イグニッションをオフにして、単車のフックにヘルメットを引っ掛け、三郎は着ていたブルゾンをバックへ仕舞う。
校舎の裏手から麓まで伸びる山道は、冬場に凍結しない限り、バイク通学する生徒の通学路となっていた。峠のワインディングロードは、四六時中地元ライダーが腕を競い合っており、そのエキゾーストノートが、学校の教室内まで聴こえてくる。
3つの県との境界線に位置する、大間井市児玉地域。
少子高齢化と言われる中、世界で通用する優秀なA I人材を育てようと、私立大間井高校は鳴り物入りで設立された。
高台の上に位置する校舎は、最寄りの駅からバスに乗り20分。更にバス停から心臓破りの坂を15分歩き、ようやく正門にたどり着く。
通学だけで、午前中の体力を使い果たすと、生徒には不評である。
それでも、他県からも入学希望者が絶えないのは、外資系企業の出資により学費が安い事。成績優秀な生徒が希望すれば、海外の大学に飛び級で進学する事も可能。留学費は、将来自分が勤務する企業が全額負担してくれる事など、生徒の将来にも、保護者にも良い事尽くめだからだ。
但し、留年スレスレで2年生に進級した三郎の様な生徒には、テンポの早い学校の授業が、毎日拷問のようなものだった。
フォーサイクルの、軽快なエンジン音が近いて来る。単車から降りた石田が声をかけて来た。
「よう!サブロー」
「おはようカゲミツ。マフラー変えたのか?」
石田景光の乗るヤマハの320ccは、フルカウルのレーシング仕様だ。サーキット用のマフラーを装備し、景光は得意気であった。
「お前のCBも年季入ってきたな」
三郎の乗るホンダの400cc。兄が残した年代物だ。グローブをはめた手を、そっとタンクにのせる景光。
今は亡き、三郎の兄を悼んでくれているのかもしれない。
景光の親が経営するバイクショップに、三郎の兄がよく出入りしていた。
タンデムシートに乗せてもらい、中学の頃からよく遊びに行っていたものだ。
景光と三郎の付き合いは、その頃から始まっている。
元ドライブインの駐車場にバイクを止め、裏山を登って塀を越えれば、生活指導の教師に会う事なく教室まで辿りつける。もっとも、制服は無く髪型自由、派手でなければ化粧やピアスもOK。
全館Wi-Fi完備の校内は、スマホはもちろん、ゲーム機やタブレット、ノートパソコンも持ち込み自由だった。
教師が取り締まるのは、ドラッグや覚醒剤で、ラリって通学して来る生徒がいないか、目を光らせているのだ。数年前に、薬でキメた、刃物を持った生徒が暴れて数人の死傷者が出た。それ以来、全生徒が定期的に尿検査を受ける様になった。
「今日はソーマと一緒じゃないのか?」
「あいつは、ガス入れてから来るって」
三郎、景光と河内相馬は、バイク通学組の同学年だ。
2人が細い山道を駆け登り、校舎に隣接するブロック塀まで着くと、バイク通学組の岡本奈緒が、スカートを巻くし上げて塀を越えて行くのが見えた。
「岡本、パンツ見えんぞ!」
「石田のバ〜カ。見せパンだよ!」
塀の上から三郎達の方を向く女生徒。
1年の頃からクラスは違うが、バイク乗りとしての交流が始まり、今では友達付き合いをしている。
奈緒はオートマ限定の免許保持者で、イタリアの250ccスクーターで通学していた。
「しかし、ナオん家もカゲミツの親も、よくバイク通学許したな?」
「ウチは放任主義でさ。成績が中より上なら、何をしても文句は言われない」
三郎の家だってと、景光は言いかけて口をつぐんだ。
期待の兄が亡くなってから、三郎の両親は次男坊に無関心になり、予定していた海外移住を早めて、マレーシアへ行ってしまった。ちょっとした資産家の源家は、複数の不動産収入があり、生活には苦労しない暮らしであった。
そんな事を知ってか知らずか、景光は三郎に家族の話をする事は無い。
塀を乗り越えて校舎に入ると、靴箱でバイク用ブーツを上履きに履き替え、グローブをバックに入れて体育館へ急ぐ。始業式開始まで、あと5分だ。
「底辺のサブローが、よく進級出来たな?」
「底辺言うな!まぁ、みんなのおかげだよ。感謝してます」
中学時代は、クラスでも成績上位だった三郎。両親の期待に応えようと、必死に勉強していた。兄が死に、一人暮らしを始めた頃から授業について行けなくなった。ほとんど落ちこぼれの三郎に、景光やバイク仲間が勉強会などを開いてくれていた。
正直、仲間の支援がなければ、三郎はとうの昔に、学校を辞めていたかもしれない。
「オハヨ。よく遅刻しなかったね。国道、事故で渋滞だったでしょ?」
同学年の、春日井咲良が2人に声をかけてきた。バイク通学組の1人だ。
小柄ながらカワサキの400ccを操り、バイクの腕と学校の成績はトップクラスであった。
「おお、春日井。おはよう!」
咲良と長身の奈緒が、並んで立っている。身長差を景光がからかう。
「あれ?春日井の声はするけど、姿が見えない!さらに縮んだか?」
「石田〜ぁ!カウルに鍵パンチするよ!」
身長147センチの咲良は、笑顔で返した。いつもの、たわいもない日常がある。
「いや、参った。ギリギリセーフだな」
息を切らせて、相馬がやってきた。
ヤマハのオフロードに乗る、長身の相馬は、自慢のリーゼントを手櫛で整えている。
「カゲミツ、マフラーいいじゃん。サウンドどうよ?」
バイク通学組の5人が集まる。それぞれバイクの趣味も、価値観も全く違うメンツだが、1年の頃から仲が良かった。
校則違反の共犯意識が、連帯感を強めているのかもしれない。
「今日、どうする?」
部活動もない大間井高校は、放課後は即帰宅となる。バイトの必要もない家庭に育った5人は、暇を持て余していた。
「じゃあ、いつものルートで」
「了解でぇ」
誰かともなく、放課後の集合場所は決まる。三郎の自宅であるガレージハウスに集合して、おしゃべりや単車の整備がいつもの流れだ。
「あのさ、サブロー」
「ん、どうした岡本?」
背の高いナオは、整列の号令で三郎の横に並んだ。3センチほどナオの方が背が高い。
「2年は、皆んな一緒のクラスがイイね」
「そうだな。景光や春日井の隣に座れば、テストの時にカンニングし放題だな」
「コラコラ、サブロー努力しろ!」
3年生ともなれば、それぞれが進路を選ばなければならない。成績上位のサクラやカゲミツは、飛び級して海外へ行くのだろう。5人が揃って一緒に過ごせるのも、この2学年だけになる。
ほとんど奇跡的に、5人は同じクラスになった。想いが通じたのか、仲良し5人組を知る教師の計らいなのかは、解らない。
「今日は転校生を紹介する」
教壇に立った女教師は、1人の女子生徒を連れていた。茶色いショートソバージュの髪に、160センチ位の痩せ型モデル体型。ファッション雑誌から飛び出て来た様な、今風な服装をしていた。
「御屋敷シュシュです。皆さん宜しくお願いします」
ピョコンと頭を下げる少女は、頭を上げると、三郎と目を合わせて微笑んだ。
その笑顔に、ドキリとすると共に、純真男子学生は、どこかで会った顔だと思った。
「じゃあ、席はミナモトの隣な。岡本、席を代わってやってくれ」
席替えも自由なクラスで、5人はまとまって座っていた。
「先生、河内君の隣が空いています」
ナオは教師に抗議する。
「ソーマはコワモテだから、新入生には気の毒だ。害のないサブローの隣が、先生は良いと思うぞ!」
確かに河内相馬は、一昔前のツッパリの様な格好をしていた。5人の仲間以外には、寡黙で愛想がない。
ナオが渋々と席を立ち、転校生のシュシュが三郎の隣に座った。
「久しぶり。元気そうだね!」
そう少女に言われても、三郎には相手が誰かわからない。
終業のホームルームが終わり、5人はシュシュを取り囲む。
「サブロー、マジで覚えてないのか?こんな可愛い子の事」
ソーマが珍しく女性を褒める。シュシュの顔は、少し吊り目でアジア系ハーフの様に見える。
「ゴヤシキさんは、源君といつ頃知り合ったの?」
頭を抱えて考え込む三郎に、咲良が助け船を出した。
「春日井さん、シュシュて呼んで。私もみんなをファーストネームで呼ばせてもらうから、いいでしょう?」
「わかったよシュシュ。あらためまして、サクラって呼んでね」
「OKだよシュシュ。私の事もナオでいいからね」
「えっと、シュシュって、どんな字書くの?」
少女と何処かで会っている。ただ、いつだったかは、あまりにも遠い記憶で思い出せない。三郎はヒントを得ようとシュシュに聞いた。
少女は三郎の手を取ると、その手の平に「守珠」と指でなぞる。少しくすぐったい。
「アッ〜〜!あの時の!!」
子供の頃に、これと同じシュチエーションがあった。
まだ、小学校低学年の頃、一緒に遊んでいた兄とはぐれ、三郎は夏の市民公園を1人で彷徨っていた。広い敷地で迷子になり、半ベソだったのを覚えている。
残酷なまでに焼き付ける日差しは、子供だった自分を参らせた。ひどく気分が悪かった。
しゃがみ込んで、周りに助けを求めようとした。大人の姿はない。
白いワンピースの少女が、三郎の前に立っている。白い肌の肩が見え、膝小僧から下は細い足が伸びていた。サンダルを履いた足の指に、バンソコウが1つ巻いてある。
長い黒髪は、夏の微風になびいていた。
少女が何かを言っている。
「大丈夫?」
記憶はそこで途絶えるが、軽い日射病だった自分を助けてくれたのが、たまたま市民公園に来ていた、御屋敷守珠だったのだ。
念のため、1日入院した三郎の元に、わざわざ見舞いに来てくれた少女。病室で同じ質問をした。
「助けてくれてありがとう。えっと名前はなんて言うの?」
「私はシュシュだよサブロー」
「シュシュってどんな字?」
そう、少女に三郎は出会っていた。
その後、命の恩人の娘に会う事も無く、月日が流れていた。ただ不思議だったのは、守珠は三郎よりも年上だったはずだ。幼少の頃の記憶では、三郎よりも背丈がふた回りは大きかった。
「私、留年組なの。今は18歳よ」
三郎達より、2学年先輩だった守珠。
突然、相馬の態度が変わる。
「失礼しました御屋敷先輩!」
ツッパリ文化なのか、ソーマは上下関係を重要視していた。守珠に頭を下げる。
「年令は気にしないでソーマ。タメ口でいいからサ」
「押忍!御屋敷さん」
「シュシュ!」
「押忍!シュシュさん」
「シュシュで良いってば!」
「押忍!シュシュ、さ、、、」
2人のやりとりを聞いて、他のメンバーは苦笑した。どうやらシュシュとは皆気が合いそうだ。
5人の仲良しチームは、シュシュを加えて6人になった。
バラバラに教室出る。校舎裏まで6人揃って移動すれば目立つからだ。
ブルゾンを着込んで、守珠とバイクの場所まで降りて来ると、景光がヤマハに跨がり三郎を待っていた。
「女性陣は夕飯の買い物。ソーマは寄るとこあるって先に出た。あとナオが予備メットを貸してくれたぜ」
時々、三郎の部屋で、ナオとサクラが夕飯を作ってくれた。素材代は割り勘。
景光は、包丁捌きも達者だった。料理の出来ない三郎と相馬の2人は、配膳と洗い物を担当。
今回はシュシュの歓迎会と、進級祝いをする事になった。
「俺の単車は2人乗り出来ないから、シュシュはサブローが乗せて来な。峠道気をつけてな!」
それだけ言い残し、景光はヤマハのスロットルを2、3回空ぶかしして、駐車場を出て行った。
「わぁ。私、バイクの後ろ乗るの初めて!」
シュシュはヘルメットを被り、バイクにまたがる。三郎の腰に腕を回して、身体を密着させた。
「シュシュ、片方の手はタンデムグリップを握って」
初めてのバイクだと言う女子に、コーナーでの注意点を教える。
「んじゃ、行くよ!」
ホンダのイグニッションをオンにし、空ぶかししてエンジン音を確かめると、峠道へ単車を走らせる。
「キャー走った!凄い、興奮する!」
タンデムシートのシュシュは、大声ではしゃいでいた。コーナーの出入り口で、ギャーギャーと喚く。
「バイクって楽しいね!」
峠道を降りて国道に入ると、シュシュは三郎に言う。本当に楽しそうだった。
自分も兄の後ろに乗り、こんな気分だったのだろうと思うと、懐かしさと寂しさを感じる。
自宅のガレージハウスに戻る。シャッターは空いていて、他のメンバーの単車が並んで止まっていた。全員に解錠の指紋認証を登録させて、いつでも出入り出来る様にしている。
間取りは、玄関とガレージの1階。2階が12畳くらいある1DKだ。
週末になれば、数棟あるガレージハウスも、車好きやバイク乗り、その家族で賑やかになる。三郎以外の住人は、愛車の保管場所と、セカンドハウスとして利用していた。ここの大家も三郎の父親だ。
咲良は皆を見回して、配膳している三郎と相馬を席に着かせる。
「みんなグラス持った?」
宴の準備が整い、ソフトドリンクの入ったグラスを手にする。
「では、第1786回。サブロー宅、懇親会。及び、シュシュちゃん歓迎会第一部を取り行いマス!」
「サクラ、第一部ってなんだ?」
景光はグラスに口をつけ、笑っている。
「1786回も食事会してるの?凄い!」
シュシュは、サクラの冗談を間に受けていた。
「肉多めで!」
「野菜も食えよソーマ!」
咲良の開会宣言を待たずに、奈緒は相馬の皿に料理を取り分ける。
「シュシュ、サクラの冗談だよ。せいぜい366回くらいだ」
三郎も我先にと、料理の皿に箸を伸ばす。
「もう!では乾杯!」
「乾杯!」
「カンパリ!」
「ガンペイ!」
「シュシュようこそ!」
「おお、シュシュ乾杯だな」
皆でグラスを合わせ、歓迎会が始まる。
しばらくは、料理の争奪戦が繰り広げられた。
「美味いな青椒肉絲!」
「春巻きとか焼売なんて、よく作れたな」
「サブロー、それ冷凍モンだよ」
和気あいあいと、歓迎会は続く。
箸が止まり、涙目になっているシュシュに、三郎は気がついた。
「どうしたシュシュ?なんかあったか」
「シュシュ、料理が口に合わなかったか?」
相馬や景光も、泣き出しそうな女子にオロオロしている。
「ううん、ごめんね。私、生きてて本当に良かった」
咲良と美緒が守珠の肩を抱く。事情はわからないが、転校してくるまでに、相当な苦労をして来たのだろう。
しばらく、肩を震わせ涙を流していた少女は、その後は普通に皆と会話していた。
「みんな、聞いて欲しい事があるの。日本に帰ってきて、みんなに出会うまでの私が経験した事」
食事が終わり、皆で片付けをすると、シュシュが切り出した。
春の夕暮れ時、日本の高校生には想像も出来ない「残酷な現実」を少女は語り始める。
不定期更新になりますが、宜しくお願いします。