始
その日もいつもと変わらず、怜と別れ家に帰る
ただその日は満月で、 雲一つない黒い空に穴が開いたように月が浮かんでいた
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家に到着し、扉を開けたとき、厭に甘い香りが鼻をついた
花や菓子の類いではない何か嫌らしい臭いだった
それでも私は部屋に入り、居間の扉を開いた
中には何かがいた
少なくとも父親ではないし、まして人間にも見えない
鬼だ
ふとそう思った
醜い化け物がそこには立っていた
頭には角のようなものが生え、肌は変色し、絶えず脈打っているように見える
傍らには父親が普段着ていた衣服が落ちている
まさか食べられたのか?
あれがどうなろうとも何も感じないのだが
突然現れた非日常が私を現実に引き戻した
窓から月を眺めていた化け物は此方を振り返り、ニタリと笑った
違う、食べられたのではなく、あれが父親だ
顔は醜く見られたものではないがあの気持ちの悪い目は父親のものだ
かつて父親だった化け物はゆっくりとこちらに近づいてくる
化け物が一歩踏み出す度に私の息は乱れ、荒くなる
いつか自分はあの父親に殺されると思っていた
母や弟と同じように
だから毎日を諦めていた、次第に恐怖も消えていった
だが、あの醜悪な化け物はその恐怖を再び私に甦らせた
酸素が足りない、視界がかすみ、血の気が引いて立っていられなくなる
身体を支え、上を見上げたとき、化け物の顔がすぐ目の前にあった
相変わらず気持ちの悪い笑顔をたたえ、私の体に手をのばす
そこまできて、唐突に恐怖が消えた
代わりにやっと終わるという安堵が体を包む
でも、怜にはもう一度会いたかったかな、