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「それでは本日はここまでです」
「ぐえぇ…」
「潰されたカエルのような声を出さないでください」
とある雨の日。時刻はおやつの時間を少し過ぎた頃、事件は起こった。
コンコンコン。
「はあい」
「お嬢様、ミラです」
「ミラ?どうぞ」
そういえばアリーサが街に出かけるから代わりの人を寄越すって昨日言ってたなあ。私のお世話係はミラに代わってもらったのかな?特にもうお世話されることはないし、いつもは大体散歩に付き合ってもらっている程度で…、それが終われば部屋の掃除やドレスの天日干しくらいしか仕事はないから1日くらいやんなくたっていいと思うんだけど。
静かに扉が開くと、やっぱり入ってきたのはミラだ。あの日から仲良くなってちょこちょこ相手をしてもらっている。15歳ということで結構ノリも軽くて明るくて好きだ。ジルへの恋心が結局どうなったかは聞いてないけど吹っ切れたと信じたい。
「バアン!お嬢様、事件です!」
「なんですって!」
口でバアンって言った。多分実際に扉を思い切り開けたらジルに怒られるからなのだろう。
「場所は1階東側の廊下になります…くっ、悪質極まりない極悪非道の所業です…」
「いくわよミラ、付いてきて!」
「はい!」
「メリー様、あまりはしたないことは…」
「聞こえませーん」
「少女趣味ー」
「ミラ!待て!」
キャッハッハと甲高く笑いながらジルに怒られる前に走って去る。ジルへの悪戯仲間が増えてうれしい限りだ。天真爛漫さと子供特融の良いことにも悪いことにも好奇心旺盛なところなんかは大好きだ。私が同レベルだから気が合うとかではない、決して。
「事件が起こった場所はここね…」
「ええ、私が来た時にはもうこの状態でして…、他の使用人に頼んでここの現場保存はばっちりです。事件当時のまま残っています」
「さすが、優秀ね」
「助手ですから!」
最近、寝る前に読んでいる探偵ものにはまり、ミラにもおすすめしたところ見事に感化されどうにか探偵ごっこをやりたいと日々悩んでいたところちょうどよくミラが事件を持ってきてくれた。
これは大いに乗るしかない、このビックウェーブに。
「むごい…!見事に粉々ね」
「目をそむけたくなりますね…」
目の前にあるのは、廊下の壁側に置かれたアンティークの装飾棚。おそらくは、朝にはそこに置かれていただろう陶器の花瓶の破片が無残にも廊下に無数に飛び散っている。
「ふむ…?」
「何か分かりましたか?」
割れた破片の中から大きなものを選び、指紋を付けないように(実際は怪我しないように)ハンカチでそっと持ち上げ観察する。
「これは…お母様が昨日、買った花瓶だわ」
「なんと!あの、大変お気に召されていた?」
そう。貴族ながらあまり贅沢をせず物を買わないお母様だけど、時たま気に入ったものを買っては長く愛用する。
昨日、とっても可愛いでしょ?雨が晴れた後に花を生けて飾ろうと思っているのよ、と晩御飯の時にニコニコしながら言っていたものだ。
昨日も今日も朝から雨が降っているし、雨脚は弱まったがおそらく明日まで雨は降るだろう。つまりは花を生ける前に割られたということになる。なんということだろうか。
「多分、花瓶を飾る場所を既にここに決めて雨が上がったら花を生けるつもりだったんだわ。その前にこうなってしまうなんて…誰が想像できたというの…。お母様の花瓶を割った犯人を突き止めるわよ!」
「はい!」
「まずは実況見分!何かわかったことは?」
「そうですね…お部屋の掃除や廊下の掃除は一番上の3階から始めるので、1階のここは大体いつもお昼過ぎには綺麗に掃除してあるはずです、その証拠に花瓶のかけら以外のゴミや埃は見当たりません」
「つまりは、犯行はお昼過ぎ…ということね?」
「そうなります」
犯行時刻は午後1時~3時の間。これでだいぶ狭められたわね。
「あとは…あ!花瓶の割れる音がしたはずじゃないですか?」
「…雨音に消されてなければいいんだけど」
「確かに…」
ものは試しに近場にいた使用人に話を聞くも、雨と雷の音がしたくらいでそれらしい音は聞いていないらしい。どの使用人も少し離れた部屋の中で掃除をしていたから聞こえていなかったのかもしれない。
「なら犯行動機を調べてみましょう。動機は犯罪の基本だし!」
「はい!」
「花瓶が置いてあったのはこの壁に寄せられた棚の上よね」
「うーん、歩いているときにぶつかったというのも…不自然ですね」
「前が見えないくらい荷物を持って歩いていたとか?」
「そんなことをしたら怒られます!前にそれをやって窓を割った人がいるとかで御法度扱いですよー」
「しっかり教育しているようね…。確かお母様は、ここら辺にはない花瓶の作り方で珍しいものって言っていたわ」
「なら、手に取って見たんでしょうか?」
「そうね!あっそういえばさっき雷が鳴ってたって言ってなかった!?」
「これで分かりましたね!手に取って見ていたら突然雷が鳴り、驚いて割ってしまったと」
「完璧な推理ね…」
自分の才能が恐ろしくなるわ…。
「じゃあ次は犯人の犯行後の足取りよ!」
「はい!」
「もしミラが花瓶を割ってしまったらどうする?」
「まずはメイド長に報告です」
「正直者か!犯行を隠す気で!」
「あっ隠さないとですよね!でしたら掃除道具を取りに行きます!」
「掃除道具ね。どこにあるの?」
「反対側の廊下の突き当りの階段下物置に入っていますね」
「うーんちょっと離れてるわね、誰かに目撃されるかもしれないわ。破片の落ち具合でどっちに行ったか分かるかも」
じ、と破片を見つめる。廊下の真ん中あたりに大きな破片、その周りに小ぶりな破片。目を凝らすとより小さな砂のような破片が廊下の先の方へ向かって落ちているのが見て取れた。
「きっと犯人はこっちに行ったんですね」
「この先は…玄関じゃないの!」
「ではそこから逃走を!」
ダダダと走って玄関へ向かう。玄関までの経路には特に問題なし、うーん本当にこっちに来たのだろうか、不安になってきた。
一応、玄関のドアを開けて確認する。門までの石畳は雨の日でも丈夫な地面を作り、足跡はもちろん見てとれない。
「…あ!お嬢様、あれ!」
「ん?…破片だわ!」
しかしあったー!神はやはり我らの味方だった。少し先の石畳の上に花瓶の破片と思われるものが見える。ちょっと小走りで雨の中取ってくると、やはり先ほどの花瓶と同じ模様のかけらだ。
「これで決定ね、犯人は花瓶を割った後、玄関から外へ逃げたのよ」
「午後1時~2時の間に外に出た人物…それを見た人もいるかもしれませんね!」
「あ、シェリーヌ。1時間か2時間前にここから外に出た人を知っている?」
ちょうど通りがかったシェリーヌに聞いてみる。
「ええ。1時間ほど前に旦那様がお出になられましたよ?かなり焦ったご様子で」
「………」
「………」
パパ上?
「…整理するわね。お父様は、廊下を歩いていたところ例のお母様が自慢していた花瓶を見つけ、なるほど確かに珍しい作りだなあ、なんて思いながら手に取って…」
「…突如、外で鳴り響いた雷の音に驚き、思わず手を放し…」
「そのまま玄関へ逃走………。理由はおそらくかなりお母様から怒られることを危惧し代わりの花瓶か何かを急いで買いに走った………」
「つまり花瓶を割った犯人は…」
「お父様!」
「旦那様!」
「…あの人がこれを割ったのね………?」
あっ死んだわ(お父様が)。
振り向くとそこには般若……ではなく。いや般若のお面みたいな顔ではあったんだけど。般若って恨みのこもった女の人の形相なんでしょ?すごい…なんていうか、言いえて妙、っていうか。本当にモデル女の人なんだなーって思ったよね。
つまりはすんごい顔したお母様が後ろに立っていた。そりゃもう、顔を直視できないくらい怖かったです。
さっきの言葉を発してから一言も喋らないのもなんか圧を感じて聞かれてもないのにペラペラ喋ったよね、うん。お父様が犯人だって。さっき推理したことも含めて全部。
一通り話し終わると、「そう…もういいわよ、お部屋に戻っておきなさいな」というありがたいお言葉をいただき足早にミラとその場を去った。
やっべーなアレ。ゴンさんみたいなオーラ出てるけどパパ上は果たして無事で済むのだろうか。
ああ、お父様。どうか我が身可愛さであなたを簡単に売ってしまった私をお許しください。そもそもはたいそうお気に召していたお母様の大事なものを割った挙句片付けもせずに出かけたあなたが悪いのです。
ちなみに夕食時になっても帰ってきたはずのお父様は見えず、すごい高そうなお菓子が机の上にたくさん並んでいた。
うわあ、絶対お小遣いはたいて買ってきたやつだよこれ…。
お母様を怒らせてはいけない。その戒めを胸に、お父様の尊い犠牲を祈りつつベッドに入った。
こうして、セントポーリア家花瓶虐殺事件は幕を閉じたのであった。
お読みいただきありがとうございます
次回は新キャラが出ます、やっと少しだけ物語が動き出します
更新は13日の14時です