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あとがきに追記と微修正
「うっうっ…まさかあんなことをされるだなんて…もうお嫁にいけない」
「どこでそんな言葉を覚えたのですか。誤解を招く言い方はしないでいただきたい」
「一体何をされたのですか…?」
「アリーサ、言葉にするのもおぞましいのよ…」
午後6時。ベッドにうつ伏せになり、さきほどのおぞましい光景を思い出さないようになるべく良いことも想像する。ジルが泣きながら地面に這いつくばる姿とか。
「うわあ!またネズミの断末魔が聞こえる気がする!あっ臭い!お風呂に入ったはずなのに臭い!」
「お仕事熱心で喜ばしいことです」
「ネズミ!?一体お嬢様に何をしたのですか!ジル!」
「使用人とお喋りをして仕事を妨げていましたので多少、その仕事の手伝いをしていただいたまでですよ。ねずみの殺処分とか…腐葉土の運搬とか…」
「ジル!?あなた一体公爵令嬢に何をさせているのですか!」
「…ま、これで彼女も昨日以上に今日の出来事が頭に張り付いたでしょうし。もう仕事中に煩わしい思いもしないと思います」
「ジル…………それ私も一緒にバツを受ける必要はなかったでしょう?」
「そうですね」
サラリと肯定された。とばっちりにもほどがあるだろうが。一応ジルも振った側として気にはしていたらしい。だからといってあそこまでする?普通?
腐葉土をやっと移動し終えた後、ミラは「私…もうお休みします…」とフラフラ自室へ帰っていった。かくいう私も話す気力すら削がれていて「私も…そうするわ…」とだけ発してここまで戻ってきたのだが。
そりゃ振られたショックも消し飛ぶよ。聴覚・視覚・嗅覚全部悪いもので上書きされたんだから。失恋以上のショックでしょうよ。そして巻き込まれた私。不運。
「…今日の晩御飯はいらないわ…」
「お嬢様…」
「…流石にやりすぎましたかね」
「やりすぎたどころではないでしょう」
アリーサが心配そうにベッドの脇に立っていてくれてる。アリーサも侍女教育で疲れているだろうし、ずっと拘束しておくのも可哀そうだ。
「アリーサ、あなたも疲れているでしょう?もう休んでいいわ」
「ですが…」
「メリー様のお世話は私がするので大丈夫ですよ」
「やっぱり心配ですずっと付いています」
「いや、その気持ちはうれしいんだけど…本当に大丈夫よ。散々ひどい目に合わせられたお返しにこき使ってやるわ」
「そう…ですか?すみません。では、失礼します」
「ええ、ありがとう」
すんなり下がったところを見ると、やっぱりアリーサも疲れているようだ。外部講師はなかなかスパルタなのかもしれない。疲れた顔を私に見せないのは流石というべきだろう。
思えばずっとアリーサと一緒に居たからこんなに離れるのは初めてかもしれない。まあ、入れ替わるようにジルが来たからずっと1人の時間はないんだけど。
おそらくは執事がいる状態にも慣れるようにわざと入れ違いで手配しているのだろう。執事と主人はいわば一心同体。気心を許せる関係をいち早く作っておかなくてはいけないだろうし。
「メリー様。本当にご夕食は大丈夫なのですか?」
「ネズミの死骸見た後に食べられるほど神経が太くないのよ。誰かさんのせいでね」
「おや…セントポーリア家たるもの、この程度の試練は超えていただかないと」
「お父様も見たら卒倒すると思うのだけど?」
「奥様が強いお方ですから、心配はございません」
「返答になってないじゃない…それを言うなら私にだって強い旦那さえいればこんな試練はしなくていいのかしら」
「…あくまで試練、というのは比喩ですが。王宮に行ってからは、この程度の嫌がらせで済めばいいのですがね」
えっあ、そういう…?いじめとかある系なのね…?
「実際、我が家に対する他の爵位を持っている家からの好感度はどうなの?」
「はっきりと言ってしまえば、舐められていますね。下位の爵位持ちとしか慣れあえない可哀そうな家、でしょうか。上位意識の強い家であればあるほど、セントポーリア家を軽んじていますね。ですので王宮入りした側室の侯爵令嬢や伯爵令嬢からはまず嫌われると思います」
「行きたくなくなる情報をどうもありがとう」
「それを聞いてなお受け止めてくださるから話しているのですよ」
ま、どのみち婚約破棄されちゃうし、ねえ。でもまかり間違ってされなかったとしたら…どうしよう。王子の好感度はあまり上げておかない方針ではあるけど。
「そろそろご夕食の時刻ですね。メリー様は必要のないことを伝えてまいります。何も口にしないのも体に悪いでしょうから果物でもお持ちいたします」
「そうね…果物くらいなら入るかも」
「はい。失礼いたします」
静かにドアが閉められ、1人の時間。腐葉土って、あんなに臭いんだね。うんびっくりした、とっても。それをスコップで袋に入れては運び、袋に入れては運び、袋に入れては運び、袋に入れては運び、袋に入れては運び、袋に入れては運び………あやばいクラクラしてきた考えるのやめよう。
さて、来年にはついに王子とのご対面か。さながら魔王に挑む勇者の気分。第4王子は王位継承者4位という位置づけから王子教育をあまり詰め込まれていないせいか、はたまた本来の気質故か、俺様キャラだったりする。
16歳のイケメン俺様キャラならちょっと浮足立つかもしれないけど8歳の俺様キャラかぁ…、あんまり生意気すぎるとゲンコツ食らわせてやりたくなりそう。大人に養ってもらってるガキのくせに生意気だぞ的な…、いや流石に大人げないからやめておこう。仏の御心で接してあげることにしよう。介護さながら。
王子とのイベントはうまくやり過ごして出来れば当たり障りなく別の女性を好きになってほしい。
レッスン嫌いな私のためにも。
ノックの音が聞こえた。ジルが戻ってきたかな?
「メリー様。夕食をお持ちしました」
「どうぞ」
「お父様とお母様は何か言っていた?」
「ネズミの殺処分…と言ったあたりで旦那様の顔色が抜けましたね。奥様は、お父様に似て繊細なのね、と微笑まれていました」
「お母様…」
繊細で片づけるとか一体何者なんだ…。お父様はおそらく夕飯が入らないだろうな。
「お母様も令嬢よね…?」
「えぇ…伯爵家の方…のはずです」
一体どこぞで鋼の心臓を鍛え上げたというのか。
「あとね、アリーサもいなくなったから言うけど。あの言い方は無いでしょう」
ミラに言い放った完全ロリコン変態野郎としか思えないあの発言である。
「やはりそう思いますか」
「やはりもつまりも無いわ。ていうかド最低だわ」
「事実を伝えたまでなんですがねえ」
「もっとタチ悪いじゃない。女性をうまくあしらうことなんて余裕で出来るでしょう?」
「……ええ、もちろん。嘘も誠も混ぜながら良い思い出にすることもできますよ。今まではそうしてきました」
「ならなんでミラだけ。可愛かったから?」
「可愛らしい方ですが違いますよ。ただアリーサが言っていましたから。純粋なメリー様の近くには純粋な人間が相応しいと」
「そういえば言ってたわね」
「私はお嬢様が純粋とはあまり思ってないのですが」
「ちょっと」
「ただ、あなたが私たち使用人をなんの立場も取り払い、1人の人間として見てくれている唯一の人です。旦那様も素晴らしいお方ですが、爵位の高い公爵として仕える者達を大切にしているに過ぎません。
あなたの傍に居たいと思ったんです。対等の立場で、あなたを知りたいと思った。だから先ず偽りの自分を取り払いました。少しでもあなたに近づくために。
メリー様。あなたはおよそ7歳とは思えぬほどのお方です。私風情があなたのすべてを知ろうとは思いません」
…ああ。どこか苦手だったけど、なぜそう思うか今理解した。初めて会った時から思っていた、意思の強そうな…あの鋭い目。いつか自分が、それに全て暴かれてしまうと思っていたからだ。
「……………ですが。出来ることならば。私の、一生を以てあなたに仕えたいと思っているのです。何か人に言えぬ事情があったとしても。隠し続けられるとしても。私は一切を知ろうとはしません」
「……」
「メリー様。私は5つの時から本が好きでした。6つの時に父から簡単な勉学を教えてもらい、次に勉強が好きになりました。13には領地では飛びぬけてよく勉強ができ、今度は色恋の方へ興味がわき16の頃には女性の扱い方も上手くなりました。
本心を言いますと、旦那様にお嬢様のお世話をお願いすると言われ、なんと楽な仕事か、と思ったものです。ただ愛想よく微笑みかければ扱いやすくなるだろうと。けれどお嬢様が大変意地の悪い笑顔で虫を出され本気で苛立ち思わず本心が出ました。それから、己を取り繕うことを辞めたのです。するとどういうことか、以前より人に良く思われるようになりました。心が、軽くなったのです。
父にすら言われても直らなかった悪癖をあなたは一瞬で取り払ってしまわれた。
どうかお許しください、メリー様。お傍にいさせていただく許可ではなく、私が意地でもあなたから離れないことを、その広いお心で…どうぞお許しください」
随分堂々としたストーカー発言だな。
「…ええ、いいわよ。いつかジルの泣き顔を拝むまでは、私の傍にいさせてあげる」
「それは是非とも遠慮しておきたいところです」
「私はあなたと共に。"リアトリスの花"に誓いましょう」
ジルは初めて会った時とは違い、屈託のない笑顔で私の目を見ていた。
次回更新は11日の21時です
ストック切れたので死ぬ気で書いておきます。主人公はよく這いつくばらせたいって言ってますけど逆に返り討ちにあって自分が這いつくばりながら妄想で仕返しすることくらいしかできません。アホなので。
今回のこの話を引きずることなく次回も前回同様すごいアホっぽい話です