12
声を上げて泣くツヴァイの背中を、ただただ抱きしめながらゆっくりと撫でた。
10分もすれば今までの緊張からか、はたまた泣きつかれたのかうとうとし始めていた。無理もない、彼はまだ6歳なのだから。
屋根裏部屋は一部を綺麗にしたとはいえ、床は固い木で出来ていたしこの埃っぽい中寝るのはちょっとまずい。
考えて、自室に戻ることにした。
「ツヴァイ、眠いならベッドで寝よう。ふかふかで気持ちいいよ」
「……うん」
やはり警戒心から言葉を発せずにいたらしい。泣くと同時にそれが解けたのか、または警戒していたことを忘れてしまったのか。
手早く窓を閉めてはしごを降りる。眠気からか、少しおぼつかない足を手をつないで引っ張ることにした。
「私の部屋はこっち!早く行ってお昼寝しよ」
タタタ、と駆けていく。屋根裏へ通じる物置があるのは3階、自室も3階にあるためすぐにたどり着けた。自室の少し高いベッドの上にはツヴァイを引っ張り上げて、2人で寝ころんだ。
「名前…なんだっけ」
「私?ユーメリー。お父様とお母様からはメリーって呼ばれてる。姉様とか姉上とか言ってくれると嬉しいんだけど」
「俺もメリーって呼ぶ」
「言ってくれないんかい。ちょっと憧れてたのに…」
「メリーは俺が守るから」
それだけ言うと、ツヴァイは眠りに落ちた。この子にとっての生きる糧は、もしかしたら他の誰かを守ることにあったのかもしれない。もし一緒に捕まった子供がいなかったとしたら…、考えて、怖くなりやめた。出自は一切不明ながらも、セントポーリアの一族のような子だなと思った。
トラウマは早々に解決してしまった方がいい。私は果たして、この子の過去を少しでも祓うことが出来たのだろうか。
けれど謎が残るのはツヴァイが来た時期だ。本当なら来年来たはずの義弟…それが1年も早まった。考えられるとすれば1つ。イレギュラーな存在によって、ゲームの進行や運命が少し狂ってきている…?
ゲームの流れは自分には変えることが出来ないと思っていたけど、その認識は間違っているかもしれない。
ただ、今は憶測にすぎない。実際に学園へ入ってみてからでなければ…確かめようもない。もしかしたら小さな変化は起こせるが、大きな…主軸となるイベント等は変えられずに進んでいくかもしれないし。
かもしれない、が多くて嫌になるな。それもこれも前世を思い出したからだ。本当なら、誰にも未来なんて分かりっこないんだから。こんな煩わしい思いもしなくて済むのに。
そこまで思って、隣を見て思い直した。前のユーメリーならきっと、ツヴァイとの初対面の時に可哀そうだ、と思ったはずだ。両親と同じように。そうなるとツヴァイの心に大きなわだかまりが出来る。
それが無くなったというだけでも、前世を思い出してよかったと思えるような気がした。
ああ、なんだかいろいろ考えてたら眠くなってきた。ツヴァイと一緒に少しお昼寝でも、しようかな…。
なんとなく視線を感じるような気がして、目を開けるとツヴァイがじっとこちらを見ていた。
「え…ど、どうしたの?」
「メリー…髪の毛、俺と同じ色だ」
「そうね。あなたの目の色と同じ、深緑色」
「この髪の毛初めて見た」
「こっちの国でも珍しい方みたいよ。私のこの髪の毛はおばあ様と同じらしいの。もう亡くなってしまってるんだけどね」
「………」
「この髪色、気に入ったの?」
「気に入った?」
「うーん。好き?ってこと」
「好きって、なに?」
「そうだなー…物ならずっと見ていたい、とか、ずっと持ってたい、とか…人ならずっと一緒にいたい、ってこと」
「…うん。好き」
「私もツヴァイが好きよ」
「目の色?」
「ううん。全部」
「俺もメリー好き。ずっと一緒がいい」
「私たちはもう姉弟だから、家族はずっと一緒だよ」
「うん。…メリー、俺」
「ストップ。ツヴァイ、無理に話さなくっていいんだよ」
「でも…」
「家族だからってなんでも話さなきゃいけないわけじゃない。それに、それを聞いたとしても聞かなかったとしても、私があなたを大好きなことに変わりはないの。もし…過去に何かやってしまったとしてもね、悔い続ける必要はないし、これからの行動を変えればいい。過去のあなたは昨日で終わったんだよ、今日から新しいツヴァイなんだから」
「…新しい俺」
「そ。これから毎日、ここで一緒に遊ぼうね」
「メリー」
「ん?」
「なんでわかったの?」
「…お姉ちゃんだから」
前世であなたを攻略したから、とは言えず。お姉ちゃんだから…で上手く誤魔化せただろうか。6歳児だから通じたと思いたい。思い込んでくれ。
コンコンコン。
「はーい」
「メリー様?こちらにいましたか。ジルトレです」
「どーぞ」
静かに入ってきたジルは、私たち2人の姿を見て少しホッとした様子だった。けれどツヴァイはジルトレの姿が見えるなり、少々身構えた。
「ツヴァイ様。初めまして、メリー様の家庭教師兼執事をしております、ジルトレです。ジル、と呼んでください」
「ツヴァイ、ジルよ。いつも勉強を教えてくれる人なの」
「…俺コイツ嫌い」
「えっ」
「!…話せるようになったのですね?」
初対面の子供から嫌われるジル可哀そう、って思ったけどそういえばまだ他の人にツヴァイが喋れるようになったって言ってなかった。
「旦那様にご報告してきます。また後程、ご挨拶させてください。失礼いたします」
「………」
「ちょ、せめて顔見てあげて」
完全にそっぽ向いてるよ、どうした。男の人が怖い…ってわけでもなさそうだけど。
ジルが出て行ったあとも、どことなくムスっとした表情のままだ。
「ツヴァイ?ジルが嫌なの?なんで?」
「…わかんないけど」
わかんないんかい。あれなの?嫌いじゃないけど生理的に無理なの?それだとあまりにもジルが不憫でならないんだけど。いやごめん若干笑えてくる。何もしてないのに顔見た瞬間嫌いって…やばい笑えてきた……。
「侍女のアリーサも私といつも一緒にいる人だから、挨拶しに行きましょうか」
「えー」
「えー!?」
「メリーと一緒にいる人って多いの?」
「んーそうねー、侍女と執事は必ずついてくるから、ずっと一緒にいるのは2人かなあ」
「ふーん…」
「アリーサは優しいから絶対気に入るよ!」
まだ不満げな顔をしているツヴァイにアリーサの良さを説いていたところ、またノックの音がする。しかし、声を上げる前に扉が開いた。
「メリー!もうツヴァイと仲良くなったのかい?」
「お父様、お母様。探検ごっこしてたら眠くなってきちゃって。一緒にお昼寝したんだけど、ダメだった?」
「そんなことないわ。お母様は2人が仲良しになってくれてとってもうれしい。ツヴァイ?お姉様はたまにお転婆になるから、怪我しないようにしっかり見張っていてちょうだいね?」
「ちょっとお母様!」
「…うん。メリーは俺が守るよ」
「!まあ…本当に、声が出せるようになったのね…よかったわ…」
「さすが、メリーだ」
本当に嬉しそうに、お父様とお母様は笑った。お父様は笑いながら私たちを少し荒っぽく撫でていて、ツヴァイを見ると少し恥ずかしそうにしていた。
…多分、これでもう大丈夫。
「ねえお父様。今日はツヴァイと2人で私の部屋で晩御飯を食べたいの。いい?」
「えー…私もツヴァイともっと話したいんだけど…」
「あなた?」
「あっはい。そうしようか。今日だけだよ?アリーサ。2人分の食事をここまで持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
今、両親の露骨な上下関係が見えた気がする。あれかな…まだ花瓶を割ったあれを引きずっているのだろうか。それとも元からこんなんなんだろうか。
次回更新は24日の11時
次回でいったんツヴァイのターンは終わります




