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「どこに行くか気になる?」
「………」
「使用人達も来ない1人になれる秘密基地よ」
「………」
「ま、秘密基地って言っても本を持ち込むことくらいしかしていないんだけど」
「………」
「家の中って使用人が歩き回ってるじゃない?」
「………」
「あ、でも今日は収穫祭だからほぼいなかったんだった。いつもは人が多くてみんな動き回ってるの。誰にも会いたくないときなんかはここに来るといいと思う」
相槌も反応も、返ってはこないもののめげずに話しかける。返事はなくていい、今はまだ。
「ここの物置の中にはしごがあってね…ここ、この箒のある棚の後ろ。分かりづらいでしょ?まさに秘密基地!って感じ」
「………」
「私が最初に行くから後からついてきて」
細い金属製のはしごは、古いながらもしっかりしていてぶら下がったところで外れそうにもない。ひょいひょいと上り、上からツヴァイの様子を覗き見るが同じように軽い動作で登ってきた。
少々天井の低いそこは屋根裏部屋となっており、大人は歩きにくい場所であるが子供の体ならば動き回りやすかった。多少物も置いてはあるが通路ができているので容易に歩ける。
小窓の傍の一角。他の場所が埃っぽいのに比べ、そこだけは綺麗に拭かれており清潔感がある。
「ここのね、窓の傍にたまに来てるんだ。私が掃除もしたから結構綺麗でしょ?いやー大変だったんだよ、他の人たちにバレないように掃除するの!バケツを持ってはしごの上まで登れないから、はしごの下にバケツ置いてさ…一体何往復したことか!」
「………」
「窓も小さいけどちゃんと開くの。最初は固すぎて開けるの大変だったけど、コツを掴めば…ほら!」
窓枠の下から上へ押し上げる形の小窓は、子供の上半身が通る程度の大きさだった。
「ねえ…風に乗って、門のセントポーリアの花の香りが一緒に来ているのがわかる?」
「………」
「あれが私の花。そしてあなたの花にもなる」
「………」
「花言葉は"小さな愛"」
「………」
「他の家もみーんな先祖からの花があるの。うちの花は花弁も小さいしそこらへんに生えてるしあんまり高貴ってわけじゃないんだけどね」
「………」
「それでも私はこの花が一番好き」
じっと窓から見える花を見ていた。柔らかな風に押されて、前髪が少し揺れる。その瞳は先ほどよりも陰りがないように思えた。それでも本来の子供らしい輝くような瞳ではなかったが。
ツヴァイ・セントポーリア。ユーメリーの義弟にして、ヒロインの攻略対象。本来ならばユーメリーが8歳、ツヴァイが7歳の時に家族へ迎え入れられる。
この王国はセントポーリア領のみが海に面しているが、各公爵家によって海域が分けられている。一部のビーチから手前側、回遊できそうな場所は王家のものだし、船で1日程度移動すれば到着できるような手ごろな漁場所なんかも他の公爵家のものだ。全部うちのものにして魚なんかもうちだけの特産物にすればもっと儲かるはずだが、初代セントポーリア公爵はやっぱりお人よしで。
各公爵家の海域でとれた漁獲物は、そのまま各公爵家領地へ運ぶ場合に限り税金を取らないことを良しとした。なぜかと言えば、農産物が不作だった場合等に魚を庶民も安価で食べられるように、らしい。不作でなくとも魚は栄養もあるため多くの人に健康のためにも食べてもらいたい、税金を課せばその分価格に反映され庶民は手を出せない。そうならないよう、各公爵家へそのまま運ぶ魚に関しては税を取っていないのだ。
こうなるとお人よしすぎてかなり馬鹿なんじゃないかとも思うが、あくまで一部の海域だけで他はすべてうちのもの。その面積は広く、外国の違法な船や海賊船なんかも稀に出るため海軍がパトロールしている。この海軍を設立したのは初代セントポーリア公爵だ。国からはもちろんのこと、各公爵家からも定期的な海域のパトロールや何かあった時のために、海軍へお金を払ってくれているので税金は入ってこないが海軍の維持費やもろもろのお金は結構入ってくる。
よって、税金を課して庶民からお金を取らないかわりに金持ちの公爵家からお金を取っているのだ。なかなか上手い方法を考えたな、と思った。
そしてこの目の前にいるツヴァイは、海賊船から救い出した子供のうちの、1人。
乙女ゲームの作中ではツヴァイは、複雑な過去を持っているが故に心優しいセントポーリア家にあまり馴染めず、少々やさぐれた感じの猫系男子だ。
それをヒロインの明るさや積極性で少しずつ心を癒し、攻略していくわけだが…。
お父様は何も言わなかったが、ゲームをプレイした私は知っていた。海賊船に乗せられた子は全部で6人。いずれも海外から誘拐してきた子たちであり、セントポーリアの海域で別の違法船と商売をしようとしたところを海軍が捕らえ、救出。
一度は誘拐された場所の国へ子供たちを戻し、親が迎えに来るのを待って子供たちを返していったのだが…、ツヴァイだけは、親が迎えに来なかった。子供を奪われた親は普通であれば、血眼になって我が子を探す。誘拐された子供を保護したという情報は新聞屋やチラシで広めたため噂を聞いた親たちは殺到した。それでもツヴァイだけは残ってしまった。
加えて、自分で何も話さない・文字もかけないツヴァイからは名前さえも聞き出せず、海賊船の中で呼ばれていた名前、ドイツ語で2を表す言葉「ツヴァイ」と呼ぶほかなかった。我が家の海軍が海賊船に乗り込んだ時、他の子供は狭い部屋の一角で皆固まり震えていた中、ツヴァイだけは他の子を守るように海軍の前に立ちふさがり反抗した。親が迎えにこない子は通常、教会の孤児院へ引き渡すがその話を聞いた父は自分の養子に迎え入れることを決意する。
この世界にとって、子供は家督を継がせるための絶対条件。私が生まれてから7年、お母様は次の子が出来ずにいた。女である私は兄や弟の補佐として領主とともに働くことは出来るが、家督は継げない。ちょうど養子を迎え入れようとしていた頃の出来事だったために、すんなりと養子にすることを決意できたのだろう。
ツヴァイがセントポーリア家に馴染めなかった理由はひとえに、この家族が優しすぎるからだろう。辛い過去を持つ子供、皆が同情心から腫れ物に触るように優しくする。時には可哀そうに、という言葉も交えて。
声が出せないから可哀そう?親がいないから可哀そう?無理やり連れ去られたから可哀そう?
何をもってコイツが可哀そうだと判断するんだろう。ツヴァイは生きている。海賊船に乗せられた後、生きようと必死に考え動いていたはず。齢6歳で、自分のみならず他の子さえも守ろうとして。
その勇敢さを称えはするが可哀そうだなんて言葉は、絶対に言えないと思った。
「ツヴァイ」
だからごめんね。
「助けてあげられなくてごめん」
君が海賊船にいたことは。1年も前から知っていたことなのに。
「今までよく頑張ったね」
全く知らない恐ろしい状況の中。必死で考えて。
「よく生きててくれた」
それでも今ある命へ。諦めなかったことを。
「今日から君は、ツヴァイじゃない」
恐ろしい出来事ももう、"今"じゃない。
「ツヴァイ・セントポーリア…。私の弟だよ」
全ては"過去"へ。記憶を押し流そう。
「………っぁ、ゔ…あああああああ!!」
次回更新は21日の8時です




