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10月の末、私は記憶を取り戻して初めて収穫祭に参加した。
といっても一般参加枠としてなので、領地に住む住民と一緒に列に並びセントポーリアの花を太陽神像のもとへ手向けた後お祈りだけで終わったが。お父様とお母様は領主として朝一から住民が全員花を手向け終わるまで教会に残っていた。その後も用事があるらしくお祭りへは参加しないらしい。
どうやら私も8歳になったら公務に参加するようだ。この8歳という年齢は社交界へ初めて参加する年齢と同じだが、この世界では7歳までは神の子として扱う、という神道に似た文化がある。
昔は7歳までの子供の致死率が高かったため、神から預かった子として神のもとへ帰らぬよう、大切に育てるが8歳からは人間の子として扱う、その通例儀式として王族に謁見し社交界デビューする、のが昔から続く伝統行事らしい。
なので公爵家の私も8歳から両親とともに公務に参加することになる。執事がついたのもその所以だ。
収穫祭では、午前8時~午後12時まで太陽神像へ花を贈り、午後13時~17時まで神からの賜りものの農作物を振る舞うお祭りが行われる。屋台がたくさん並び大道芸人が芸を見せたり腕のある歌い手が歌を披露したりとかなりの賑わいだ。
いつもは屋敷で仕事をしている使用人たちも、この日はお休み扱い。付き人以外の使用人はみんな一様にお祭りを楽しんでいる。
ジルとアリーサは執事と侍女という立場から、お休みにはできなくて私と一緒に回っており多少申し訳なく思ったりもしているのだが…。
「メリー様、じゃがバターがありましたのでお持ちしました。お好きでしたよね?」
「お嬢様、焼き立てのゴーフルです。お嬢様好みのカリカリ食感ですよ」
「あ、あちらに焼きナスが…。少々お待ちください」
「私としたことが。カスタードのダリオルを忘れていましたわ」
張り合うな張り合うな。小さいテーブルに乗りきらなくなるわ。
お互い何も話していないのに我先に私の好物を持って来てどっちが用意したものを私が最初に食べるか勝負をしている。オレンジレンジも驚くほどの以心伝心だよ。二人の距離をつなぐテレパシーで通じ合っているのだろうか。
「ジル、アリーサ。いい加減にして、テーブルから溢れそうじゃないの」
「おや…メリー様がお召し上がりにならないから減らないのですよ。さ、どうぞ?私のお持ちしたものからですよね?」
「いーえ!お嬢様はダリオルを楽しみに本日を迎えられたのですよ。もちろんこちらからですよね?」
じゃがバタとダリオルを同時に口に入れられそうになる。おいやめろ、食材の不協和音にもほどがある。食への侮辱と同等だぞ分かってんのか。
「いー加減にして!今日はお祭りよ?収穫祭よ?食材に感謝する日なのに食材で張り合おうとしないで。はい、どっちも仲良く座る!」
「それは…」
「そうなのですが…」
随分と不満げな顔をしよる。
「小さなことで競い合わなくても2人とも大好きなんだからやめて。今日は一緒に食事ができるのでしょう?」
「…そうですね。すみません、お嬢様。少々お祭りの雰囲気にのまれ気分が高揚していたようです」
「もう取りに行く必要もなさそうですし…いただきましょうか」
太陽神に祈る年に一度の今日は無礼講。貴族も庶民もみな、神からの贈り物を賜る人間として平等な立場になる。
いつもは使用人として晩餐を共にせず壁際で控えている彼らだが、この時ばかりは同じ土地に住まう家族。
なんの遠慮もせず和気あいあいと食事をするのは、友達同士でお昼ご飯を食べているような。いつもの温かい家庭とはまた別の楽しさがあった。
「ふいーもうお腹いっぱい」
「美味しかったですね」
「しかし少々食べ過ぎてしまいましたね」
ありったけの屋台飯をお腹に詰め込んだ後、私たちは帰路についていた。
本来であれば催し物なんかもあるから夕方近くまで出来れば遊びまわりたかったんだけど…。
「3時半にはお屋敷に戻るように、なんて…なにかあるのかしら」
朝、祈りの時間を終えた後。真剣な顔で両親から言われたのだ。今日の収穫祭の後、3時半には戻っているようにと。いつもは行動に際限を付けたりはしない両親がそんなことを言うのだ。何か大切な…大事なことでもあるのだろう。
しかし考えても思いつくものはなかった。なにせ、前世でプレイしていたのはユーメリーが16歳になってからのこと。子供時代を思わせる描写等もゲーム中にはなかったのでさっぱりだった。
「私も知らされていませんので、分かりませんが…きっと大事なことなのでしょう。余裕をもって戻るに越したことはありません」
ジルの言葉に頷きながら、そこはかとない不安を感じつつ屋敷へと戻った。
「ああ、おかえりユーメリー。君に会わせたい子がいるんだ」
「ただいま戻りました。もう来ているんですか?」
「応接室にいるよ。ジルトレ、アリーサ。少し離れていてくれ」
「かしこまりました」
はて…。会わせたい子とは誰だろうか。父の後ろを歩きながら次の言葉を待ってみたが、それ以外は話してくれなかった。
「さあ、ここだ」
「失礼いたします」
父が扉を開け、促されたので応接室に入ると…そこには3人掛けの上座の椅子に、母とまだ小さな男の子がいた。
髪は濃紺でゆるくカールされていて、長めの前髪から表情はあまり見えないが暗い雰囲気を纏っている。母の隣に背筋を少し曲げながら浅く腰かけている姿は警戒しているように見えた。そして、私はこの子供を知っている。
ツヴァイ・セントポーリア…。つまり、私の義弟だ。
その事実に気づいた時、私の鼓動はけたたましいほどの音を上げた。"早すぎる"。
「この子はツヴァイ。セントポーリア領の海域で人身売買を生業にしていた海外の海賊の船にいた子だ。今日からメリーの弟になるんだよ」
「ユーメリーよ。よろしくね」
「………」
前髪の隙間から目が見えた。深緑のその目は、まるで光を通さないように深い色合いで…見ていると吸い込まれてしまいそうになる目だった。挨拶をしても返答はなく、それどころか反応すらしない。
「メリー…ツヴァイは声を出せないみたいなの」
お母様が悲しそうな顔で話す。
「お医者様によれば本来は出せるようなんだけど、精神的なストレスで一時的に声が出なくなってしまっているんだ。メリー…皆で、ツヴァイが安心して話せる日が来るように守っていこう」
お父様がお母様に寄り添うように少々苦しそうにしながらも笑みを浮かべて話す。
お優しいお父様、お母様………――――何がそんなに"可哀そう"なのかしら。
「じゃあ一緒に探検ごっこをしましょう。ツヴァイ、私に引っ張られるのと自分で歩くの、どっちがいい?」
「………」
返答はないが静かに立ち上がった。自分で歩くということだろう。
「こっちよ!」
「メリー?ジルかアリーサを連れて…」
「だめだめ。探検ごっこに大人はいらないのよ」
「今日来たばかりだから、あまり無理は」
小うるさい大人たちの言うことは聞かずにさっさと部屋を出てドアを閉めた。
あそこにずっと居させることの方がよほど"可哀そう"だ。
次回更新は18日の18時です




