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三話「花の残り香」

家前の自販機を隣に、2人は腰を下ろし他愛のない世間話をした。互いの趣味は何か、美樹と明との出会いは、好きな俳優は誰か、ゲームはやるのか…。

「あつつ」とたじろぎながら、会話を楽しむ彼女がとても可愛らしく、幸せなひとときを過ごせた。

話の区切りがついた後、向かい側にある彼女の家まで送っていき、帰宅した。

「ただいま~」

帰宅の挨拶をする、しかしそれを返す声はない。

というのも、俺の両親は家にいない。捨てられたわけでもなく、死別したわけでもなく、海外で仕事をしているからだ。父親「金吹黒音かねふきくろね」、母親「金吹トかねふきとあ」は海外で音楽関係の仕事をしていて、家に帰ってくることはほとんど無い。

自分が小学生の頃は国内で仕事をしていたが、世界的に有名な音楽組織にスカウトされ、テレビや映画などで使われる音楽を演奏しているらしい。

家に帰ることが難しくなるので、中学生に上がる前から家事について教えてくれたり、一学生には充分すぎるお金が振り込んでくれた。おかげで不自由なく生活できている。

元々1人で過ごすことが好きだった自分にとって、数年早い一人暮らしは思いの外すぐに慣れた。

…なのだが、今日の夜はとても寂しく感じた。

人恋しい気持ちが自分を困らせる、一人暮らし初日以上の寂しさが孤独感を募らせた。

それだけ今日の出来事が…花蓮との話が忘れられないのだ。

もっと話したい、もっと彼女について知りたい。暗い夜道、自販機の光で少しだけ照らされていた彼女の顔が焼き付いて離れない。

自分を受け入れて話をしてくれる姿勢、おしとやかな物腰、柔らかな笑顔。俺は、彼女に恋をしているのか?


一日の家事を終えて21時。明日は地理のテストが控えているため、一時間ほど勉強したいのだが…。

「……急かな…。」

先程交換した花蓮のLINEをずっと見つめている。我ながらアホなことしてると思う。

話をしたい。ただそれだけの気持ちが、彼の勉強へ向かう意志を妨げている。

このままでは拉致があかないと思った俺は、意を決してLINEを送った。

「こんばんは、ちょっといい?」

しかし、数分待てど返事は来ない。よくよく考えたら、花蓮と話したのは今日が初めてだ、そんな俺が急に「ちょっといい?」なんて言ったらなんだこいつと思われるだろう。

それにこんな時間まで起きていないのかもしれない。真面目な彼女のことだ、きっと規則正しい生活を送っているのだろう。

「…勉強するか。」

携帯を手放し、机に向かった。

身が入らない勉強を一時間行い、グッと背伸びする。明日に備えて寝ようと布団に寝転がった時だった。

「!?」

突然携帯が振動し、驚きで起き上がって携帯を見る。「花蓮」という字が携帯に映し出されているのを見てすぐに携帯を手に取る。

「…はい、金吹です。」

「もしもし奏者?ごめんね、お風呂入ってて返信できなかった。」

「え、ああ、こっちこそごめん。遅くになって連絡して…」

「全然いいよ、どうしたの?」

「えっと…」

まさか電話をするなんて思っていなかったので、何を話すかすっかり忘れてしまった。

「明日のテストのこと?」

「…いや、そうじゃない。お礼を言おうと思って。」

「お礼って勉強教えること?あれは私が…」

「違う、俺と話してくれたことだ。」

「話す…?」

「俺は、今まで花蓮達と話していなかっただろ?皆と距離を置いていたのに。」

「でも、席替えで隣になったんだから、喋ってもおかしくないでしょ?」

「そうだけど…嫌じゃないのか?」

「ぜんぜん、むしろ嬉しいよ。」

「え?なんで…」

「話してみて、とてもいい人だから。これで奏者が虐めをするような人だったら電話なんてしない。」

思ってる以上に評価が高いことに驚いた、そりゃあ六七に比べたらマシな方だと自負しているが…。

「わたしは、奏者ともっと仲良くなりたいよ?明や美樹と同じで仲良くなれそうな感じがするんだ。」

「でも…レクリエーション…社交ダンスの相手だぞ?」

「それが?席替えは運なんだし、今更ジタバタしたって仕方ないよ。心配なら一緒に練習すればいいし。」

「花蓮…」

「…元気出して、そんなに自分を卑下しないで。他の人がどう思っていても、私は貴方の味方になる。

勿論、明も美樹もね。」

「……ありがとう。」

「また明日、ね?テストの後は班で自由時間の使い方を決めるんだから。ちゃんときてね。」

「分かってる。けど、もし休んでも決めないでくれるんだろ?」

「ふふ、そうね。皆で行く旅行なんだもの。ちゃんと皆で決めなきゃ。」

「あぁ、お休み。」

「うん、お休み、奏者。」

電話を終え、布団に仰向けになって寝転ぶ。花蓮の言葉が脳で反芻する。

「私は貴方の味方になる…か。」

自分にそう言ってくれる人ができたという喜びと、女の子にそれを言われたという照れ臭さが混じり合って歪んだ笑顔になる。そう言ってくれるだけの男になりたい、そう思って目を閉じる。

その日は、花蓮や美樹達と仲良く遊びに行く夢を見れた。

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