二話「思わぬ隣人」
席替えが終わり、今日の授業が終わった。
俺がいつもの日課を行おうと席を立った時、花蓮達から声をかけられた。
「あ、奏者君。一緒に帰らない?」
突然の一緒に帰ろう発言。そんなイベントはつきあってる男女のみがやる事で、自分には無縁だと思っていたので彼女の提案に心から驚いた。きっときょとんとした顔と驚愕した顔が入り交じったような表情をしていたと思う。そこに…
「あ!私も帰る!今日は部活もないし。」
美樹もやってきた。普段から女子と帰る事も話す事もなかったのでどう返せばいいのか分からなかった。
「別にいいけど…いつも帰り道でやってる事あるから、それにつきあってくれる?」
「うん、いいよ。私達が帰ろうって言ったんだからね。」
「分かった。じゃあ、行こう。」
二人を連れていつもの公園に向かった。そこで、日課を説明して一緒に走った。
公園のまわりを二周走るという作業。運動部である美樹は、この程度軽いとでも言わんばかりのスピードで自分を追い抜いていき倍の四周を走った。花蓮は、俺のペースにあわせてくれて隣を走ってくれた。
「ふぅ…いい運動になるねこれ。でも、奏者って運動苦手だったよね?これやってるのに?」
「これは…まぁ、ジョギングだからね。やってるのも中学一年からだし、それこそ体力が持たないから毎日はやれていないよ。」
「でも、体力なら徐々についてくるんじゃない?繰り返しやる事で成果は出てくると思うよ?」
「まぁ、昔に比べたらね…そういえば、明は一緒じゃないの?」
「明は生徒会の仕事をしているの。生徒会長だから忙しくて中々遊べないんだよね…。」
美樹は落ち込んでそう言う。
「しょうがないでしょ?明もやる事があるんだし、もうそんな歳じゃないんだから…。」
「そうだけどさぁ…明と試合する事も私の楽しみなんだよー。」
「試合…?」
「2人はね。武術を習ってるの。拳じゃなくて武器のね。」
「武器…?かっこいいとは思うけどなんでそれを?」
「カッコイイ以外にある?前に家族で神社参りしに行った時、巫女さんが演舞を見せてくれてね。それからやってみたい!ってなったんだ。」
「明はもっと簡単。ゲームで見て憧れたんだって。」
「私は槍術、明が剣術なんだ。お互い2勝ずつしてて引き分け状態なの。」
なんていうか、美樹はともかく明がこういうものを習っているのは意外だった。
「護身術として使えなくもないからね。割と楽しいし!奏者もどう?」
「俺は……いいかな。運動がそもそもできないし、多分疲れるだけだと思う。」
「それがいいよ。無理にやるものじゃないし。」
「花蓮もやってるのか?」
「ううん、私も遠慮してる。柄じゃあないしね…。」
照れ顔で否定する。確かに、花蓮が武器持って戦うのは想像出来ないし、何故かそんなことはして欲しくないと思った。
疲れが癒え、後はいつもの自販機でコーヒーを飲むだけなのだが…
「やる事ってこれで終わり?」
「いや、終わった後にコーヒーゆっくり飲むまでが一連の日課だ。」
「じゃあ近くのコンビニに行きましょう?」
嘘をついた。だが、知り合って話すようになって一日目の人に家は教えたくない。
コンビニまで歩いて各々好きな飲み物を買った。
軽く乾杯をして飲んだ。なぜだかいつも飲むはずのコーヒーが一段と美味しい気がした。
全て終わったあと、美樹は家に帰るために走って帰って行った。
「花蓮はいいのか?」
「うん、私はこっちじゃあないし。」
「という事は、俺と同じ道か。じゃあ家まで送っていくよ。暗くなってきたからね。」
我ながらお人好しな事をする。だが、事実暗くなってきて危ないのも確かだ。本当は美樹も送っていきたかったが走って追いつけなかった。だからせめて、花蓮だけでもしっかり送っていきたい。自分だけ家を教えなかったのが少しだけ卑怯だが。
「うん、ありがとう。」
笑顔が眩しすぎる。皆から慕われる理由がよくわかる気がした。
歩いて帰路につく。だが、花蓮の家よりも先に自分の家に着きそうになった。
(…まぁ、通り過ぎればいいか。)
そう思って歩く。自分の家の目の前まで来たが、スルーして花蓮の家を聞こうとした時だった。
「ちょっと待ってて。」
と言ってすぐ近くの自販機で飲み物を買う。そして、
「はい。」
花蓮から渡されたのは、さっきコンビニで買ったコーヒーだった。
「え、あ、ありがとう。」
「ふふ、いつも、これを飲んでるの?」
「…うん。これ好きなんだ。」
「だよね。いつも飲んでたもん………あっ。」
「……えっ、なんで知ってるんだ?」
途端に不気味になった。まさかストーカー?いや、花蓮のような女の子が俺みたいな冴えない男を追うなんて考えられない。
「あー…ごめん。隠すつもりじゃあなかったんだけど。」
「なんで、なんだ。それを教えてくれ。」
「んーっとね。見てもらった方が早いかな。」
と言って、1つの家を指さした。
その家は、自分が住んでる家の向こう側だった。
「あれ、私の家なの。」
「…………はっ!?」
信じられなかった。まさか、家の近くしかもすぐ近く(向こう側)に知り合いがいたこと。そしてそれが、花蓮であるなんて。
「冬だったかな。雪が降ってる夜。その雪を見てる時に、向こう側の自販機に誰かがいたのを見たの。
その誰かは、運動してきた後のように息を切らし、静かな夜に自販機から出る缶の音を響かせて、その自販機の隣に座って何かを飲んでいた。
後日、奏者だって事を知ったんだけど。あんまり話しかけていいような雰囲気じゃなかったから話す事はしなかったの。」
「…そうか。見ていたんだな。」
「うん、ごめんね。覗くようなことをしちゃって。」
「…まぁ、あんまいい気分ではないけど。」
「そうだよね…うん、そうだよね。ごめん。」
「あぁ、そこまで謝らなくてもいいよ。気になるのは仕方ないことだし。」
「ううん、それだけじゃあダメ…やったことは悪いことなのだから。」
「いやいやいや、別にいいって。」
見て分かる。とても罪悪感を抱いてどうにか許してもらいたいような態度だ。
「うーん…それじゃあ、勉強を教えてくれないか?」
「…そんなことでいいの?」
「あぁ、花蓮は頭がいいだろ?俺はそんな頭良くないし、教えて欲しいんだ。」
「うん、わかった。頑張って教えるよ。」
「じゃあ、明日のテストについて教えてくれないか…?当日でいいから…」
「ふふ…いいよ。私がわかる範囲でね?」
貸しを作ったような形になって少し嫌な気分になったが…花蓮と繋がることができるのはとても嬉しい。
心の中で、そう思った。