一話「席替えが人生の転機だった」
学校の帰り道、自分にはいつもやっている一連の行動がある。
まず、学校近くの公園外周を2周走る。その後、家のすぐ前にある自販機で缶コーヒー(温冷は季節に合わせて)を買って自販機の傍でゆっくり飲む。
昔からこの行動をとると一日の疲れがとれる。もっとも、昔からと言っても中学に入ってからだが。
俺は金吹奏者。中学三年生。他の同級生とは随分違った生活をしてきたためか、それとも親の教育に影響されたのか。どことなく大人びていて素っ気ない印象を持たれている。
成績優秀というわけでもなく、運動も得意ではないむしろ出来ない。そしてある人物から嫌がらせを受けていて、関わる事がタブーとされているのか友人と呼べる間柄もいない。
それについては特に問題視してるわけでもない。むしろ人と関わる事は最小限にした方が疲れずにすむ。
社会に出た時に心配ではあるが、その時はその時だ。だが…
「明日か…。」
あと数週間で皆のお楽しみ「修学旅行」がある。しかし、本当に楽しめるかは一緒に回る人次第だろう。
そのメンバーは、明日の席替えで決まる。
4人班で行動し、とあるレクリエーションでは隣の人とペアになるのだ。
「誰でも良いっちゃ誰でも良いけど、あいつだけとは一緒になりたくないなぁ…」
俺に嫌がらせをする男、六七杏里。あいつと一緒になったら絶対に面白くない。嫌な思い出しか残らないだろう。
とはいえ、こればかりは運だ。その時の自分に託すしかない。
そう思った俺は、飲み終わった缶をゴミ箱に捨てて家に入った。
翌日、教室に入るとクラス中がざわめいている。席替え兼修学旅行の班決めなのだ。皆が浮つくのも無理ない。
担任が教室に入り、席替えの準備に入った。生徒全員廊下に出て先生が席に番号を振る、出席番号順にくじを引いてその番号が書かれている席に座る。至ってシンプルな席替えの仕方だ、不正もない。
自分の番が来てくじを引く。その番号周辺の席はまだ誰も座っていない。座って程なくして自分の後ろに誰かやってきた。
「…よろしく。」
「あぁ、よろしく。金吹。」
「奏者、でいいよ。その方が自分としては呼ばれ慣れてる。」
「おーけー、奏者。こっちも明でいい。」
神野明。成績優秀の優等生でこの学校の生徒会長だ。自分とは全く無縁な人だと思って話しかけてこなかったが人当たりの良さそうだ、班員として悪くない。
数人入ってきた後、明の横に人がやってきた。
「あ!明と一緒だ!」
そう行ってきた女の子の名前は呉谷美樹。運動が好きでいつも元気な子だ。
「美樹か。これで花蓮も同じなら小学校と同じメンツになるな…」
「いいじゃん。楽しい旅行になれるんだから!金吹君もよろしくね!!」
「え、あ、うん…2人は知り合いなの?」
「あぁ、俺と美樹は互いに近い所に住んでいるんだ。小学校で知り合ってね。」
「親が仲良くなったのもあるんだよね。ママ友って奴?」
「親…か。」
その話題にはあまり触れたくなかった。だけど、美樹がすぐに別の話に切り替えてくれた。
「あと一人だね。奏者の隣!」
すぐに呼び捨てされてちょっとムッとなったが彼女は君付けが苦手なんだろう、そんな小さい事で怒るのも大人げないと思って何も言わなかった。
「そうだな。誰が来るか…。」
言葉にはしなかったが、自分も気になっていた。修学旅行のメンバーとしては今のところ文句なしだが、だからこそこのまま行きたい。一人だけ浮いてしまうが、花蓮が入ってくれれば自分たちの班の修学旅行は楽しいものになるだろう。
か行・さ行・た行が終わり、な行に入る。クラスもそろそろ半分が終わる頃合いにやってきた。
そして、神は自分を見捨てていなかった。
長い黒髪を二つ縛りにし、学校の制服をきっちり着こなした女の子が自分の隣の席にやってきて声をかけてくれた。優しく、さっきまでの二人と同じように…
「隣、よろしくね。奏者君。」
「…うん、よろしく。」
クラスになじめていない自分でも分かった。永見花蓮。誰にでも優しく勉強も出来て、皆から信頼されている女子。可愛い女の子と席が隣になれたという男としての喜びもあれば、楽しい修学旅行になれそうだという期待も高まった。
「やった!花蓮も一緒だ!」
「美樹。嬉しいのは分かるけど、奏者君の事も考えてね?
いつもの感じで話しても彼は分からないんだから。」
「いや、気にしなくていいよ。友達と一緒の班になれて嬉しいのは当然だし…。」
「でも、それじゃあ奏者君が楽しくないでしょう?せっかくの旅行なんだもの。皆で楽しまなきゃ損よ。」
「そうだな。一大イベントなんだ。お互いに良い思い出を残そう。」
そう言って明は考え事を始めた、早速案を練っているらしい。頭の良い彼だ、素晴らしい計画を考えてくれるだろう。
美樹はその思案を手伝おうと、色んなアイデアを出している。
そして…
「ごめんね、仲間はずれにしないように気をつけるから…。」
花蓮はそのことをとても気にしてくれている。こういう所が彼女の魅力なのだろう。
「いいって。…俺も、なるべく三人の仲に近づけるよう努力するよ。」
我ながら、らしくない事を言っている。それでも彼女は、
「うん!友達としても、よろしくね。」
とびきりの眩しい笑顔で、こちらに手を伸ばしてくれた。