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邪神編

 世界とは残酷な物だ。生死とは神の遊戯に使われる一つのルールであり、人間にはコントロールできない忌々しい要素である。

 例えば、迫り来るトラックに自分の命と他者の命を天秤に掛けて遊ばれるのだ。

 不思議と死ぬのは怖くなかった。見知らぬ子供が一人助かるのかもしれないと理知的に考えることもなかった。ただ、轢かれそうになる子供を見てそうするべきだと、直感が体を突き動かしたのだ。


 ああ、私という存在が最初の死を迎えてから色んなことがあった。


 世界とは奇妙な物である。世界を支配する大いなる存在である「神」に価値を見出され、私は世界に災厄と創造をもたらす劇薬の一滴となったのだ。

 災厄をもたらすのに正義や意思など必要なかった。

 ただ無造作に足を踏み出せば木々は弾け飛び、ただ無意味な言葉を呟けば生命は狂い、生物に優しく触れればそれは異形と化す。力を振るうのに細かい掟など存在せず、私の一挙一動が万物を歪ませた。

 勇者などと名乗る愚者に何度出会ったものか。

 最初の勇者のことはよく覚えている。彼は滅びゆく運命の王国を救うために私の前に立ち塞がり、剣を構えてこう言ったのだ。「邪神よ、世界から消え去れ」、と。

 酷く納得したものだ。確かに私は邪神と呼ばれるのに相応しい、邪悪なる存在になったのだから。

 私は百の村を踏み潰し、一万の人を喰らい、百万の異形を生み出した。大地に毒を撒き、泉を汚泥と変え、生き物を冒涜しつくした。それらはもはや人間の所業ではない。

 人とは決して相容れぬ、かつて人であった邪悪。まさに、邪神だ。

 ……邪神はいとも簡単に彼を引き裂いた。私が邪神であると自負するようになったのが、彼の唯一の手柄だろう。

 王国は「神託」通りに滅亡した。


 最初の勇者よりはっきりと覚えている人物に、邪神である私が比類なき邪悪と呼ぶ女性が存在する。


 「メルシェノール・アルドレ」。世界は彼女を、最高にして最悪の修道女と呼称する。

 彼女の最高たる働きは、邪神の無力化である。そして、彼女の最悪たる理由は、神の力を得るためにあらゆる物を破壊したからだ。

 彼女の生まれ持った能力、手で触れた「邪神たち」を書物に封じ込めて災厄を封印する力は私に絶大な効果を発揮した。

 また、彼女は感情が欠落しており、それゆえに私の言葉で発狂せず、私に触れることが可能だった。

 人々は彼女の偉業を手放しで喜んだ。だが、彼女に触れられた私は珍しく恐怖していた。

 彼女は恐怖することも喜ぶこともなく、悲しみとも遠い存在である。だが、彼女は他人の破滅を心から願っていたのだ。

 恨みではない、嫉妬でもない、はたまた嗜虐的な思考を秘めていたわけでもない。彼女にあるのは使命をこなすという意志だけだ。

 ――世界に災厄をもたらすという、「神託」によって与えられた使命。彼女の存在意義はそれだけであった。

 彼女は数え切れない人を殺めた。彼女の言葉は人を発狂させ、彼女の振るう剣は自身を認めない者の首を飛ばし、彼女が一歩踏み出す度に世界を赤く染めた。

 彼女の邪悪なる力の根源は「邪神たち」である。

 邪神の言葉は、人を狂わせる。人に言葉で強大なる力を与えてしまった結果、人は力を制御できずに発狂死してしまう。

 だが、神に選ばれた器である彼女にはその理は通用しない。書物から邪神たちが彼女を破滅させようと囁けば囁くほど、彼女は人間が得てはいけないまでの力を獲得し続けるのだ。

 ……彼女の働きによって、世界は必要以上に荒廃してしまった。


 このままでは終わりゆく世界を見つめる私に、「神託」がもたらされた。彼女を殺すという使命である。

 私は彼女に囁いた。邪神の言葉ではなく肉を喰らえば、これまで以上の力を得てお前が新しい神になるのだ、と。

 私は邪神たちに囁いた。彼女を喰らえば、他の邪神たちを出し抜いて世界の支配者になれる、と。

 彼女が欲という感情を手に入れていたのが幸いした。彼女は邪神たちを解放し、私を除いた邪神たちは彼女へ襲い掛かったのだ。

 最終的に私以外の邪神は殺された。邪神を喰らい尽くたはいいが力が馴染まずに動けない彼女にしたことは、ただ一つ。

 神の傀儡として、神の言葉を彼女の耳に伝えた。神に等しい力を得ることが可能な言葉を耳元で呟き、彼女は自らに注ぎ込まれた神の力に耐えきれず、存在ごと破滅したのだ。

 彼女を神託通りに破壊した私に、神は力を与えた。

 世界の救世主になることや、世界に対して一方的に終焉を告げることが可能な力を、褒美という名目で押し付けたのだ。

 まさに「神」だ。私たちは神に使われる盤上の駒でしかなく、神の手のひらの上で踊っているだけなのだから。

 だから、この私の願いも予定調和なのだろう。


 ――私はただ、平穏を望んだ。

 平穏を願って、いまは眠ることにした。



 ああ、世界は穏やかであった。

 夢の中、在りし日の幻影と現在の世界の姿を楽しむ私はそう思うだけである。

 幾つもの国が滅んだ。国同士の戦争で夥しい数の骸が地面に転がっているが、それでも「神々と人間の時代」よりは平和である。少なくとも、あの時代以降は邪神は生まれていない。

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