クロッカス
斉藤が車を運転し小説家の家に着いた。インターホンを鳴らすとスーツを着た男性が出てきた。
「松野杏の件ですよね。弊社のカイルは全て記憶にないと言っており、私たちも松野杏への暴力は存在しないと認知しております。よって松野杏に対して名誉毀損と威力業務妨害で訴えます。よろしいですね。」
挨拶もないままただ一方的に話された。後ろにも1人男がいるようだ。スーツの男は俺の言葉を待っているようだ。
「えっとあなたは?」
「私は◇◇出版社の所属の弁護士の浅田です。ここにカイルはおりません。この担当編集者の伊東と私のみです。」
「私は安達です。こっちは斉藤、2人ともご存知の通り刑事です。松野杏さんは自殺でお亡くなりになりました。なのでカイルさんにお話しを聞ければと思った次第です。」
「何についてですか?」
「どんな方だったかなどを。」
「自殺なのに、何をお調べ何ですか?こちらに答える義務はありません。お引き取り願います。」
「分かりました。帰ります。」
そういって扉を閉めた。車に戻ると斉藤が口を開いた。
「まさか、あの小説家も松野杏に暴力を?」
「さあな、だがあの剣幕だからな。」
「あっ安達さん部屋から誰か出てきてこちらに来ますよ。」
斉藤が言う方向を見ると、さっきの弁護士ではなく、編集者の方がこちらに向かって歩いてきた。
「すみません。私はカイルさんの担当編集者の伊東です。弁護士には余計な事を話すなと言われたので、あの人にばれないように話します。二時間後ここに戻ってきてください。」
それだけ言うと足早に戻っていった。仕方なく1度警察署に戻り、またここへ来ることにした。警察署に戻ると、上司が捜査令状をこちらへ放り投げた。
「内容は松野杏のカルテと新田翔平のカルテの開示だ。さすがに婦人科全てのカルテの許可はおりなかった。これで我慢しろよ。」
そういってコーヒーをあおっている。
「お手数をおかけしてすみません。ありがとうございます。」
松野杏と新田翔平のカルテだけか、まあ仕方ないか、もう自殺として処理されたからな。さあそろそろあの家に戻ろう。
「安達さん、何がそんなに引っかかているんですか?確かに不思議な事件ですけど。2人が松野杏だと確認して、自殺自体に不審な点はなかった。それだけではないんですか?」
車中で斉藤が俺に質問してきた。斉藤の疑問はもっともだ。
「斉藤、すまないな。相棒を解消してもらうからな、もうすぐ定年だし。1人で大丈夫だ。こんな事件、いや事件でもないか。他の奴らは次にもう動き始めているしな。」
「安達さんそういうことを言ってるのではなくて!」
「分かっているよ。冗談だ。ありがとう。分かったら話すよ。」
「絶対ですからね。」
斉藤は本当にいい奴だ。俺の相棒にはもったいない。
「家に着きましたよ。」
2時間前に来たときは話もできなかったが、次はどうなることか。インターホンを押すと伊東と名乗った編集者が出てきた。
「どうぞ中へ。カイルさんは今ホテルに缶詰め状態なんです。締め切りと弁護士からの警察がなんの用だという質問攻めにあっています。」
「そうですか。で早速ですがお話しというのは?」
「松野杏さんは亡くなられたんですね?もう訴えられないですね?」
「ええ、自殺されました。」
「1度だけ、2人の話を盗み聞きしたことがあるんです。お付き合いしている女性がいるのは知っていたのですが、見たことはなくてその時も結局、お顔は拝見できませんでした。」
「ふむ、それで?」
「はい。ドンという大きな音の後にカイルさんの笑い声と女性のすすり泣きが聞こえてカイルさんが言ったんです。
「杏、君は僕がスランプに陥るから君を殴っていると思っているんだろう?違うんだよ。僕はね杏、女を殴るのが好きなんだ。」
そう言った後、またドンという音が聞こえて女性が、やめてあなたの赤ちゃんが、ああ血が出てると言ったんです。それで私は逃げました。これ以上首を突っ込みたくなくて、あの時、ちゃんとカイルさんを止められれば良かった。」
そういって伊東は顔を両手で覆い座りこんでしまった。
「警察は暴力行為は基本的に現行犯でないと捕まえたりすることは難しいです。なので松野杏の件で捕まることはないと思います。」
斉藤が冷静に説明している。伊東はふっと顔をあげたが、特に安堵した様子もなくただ斉藤を見つめていた。
「では私達はこれで失礼します。」
伊東は力なく頭を下げた。
車に戻ると斉藤が低い声で呟いた。
「松野杏は死ぬ理由がたくさんあったようですね。」
「そうだな。今日はここで降ろしてくれ。」
俺は斉藤に頼んで駅前で降ろしてもらう。
「直帰ですか?」
「ああ、すまんな。車を頼む。」
斉藤と別れ、俺は上野誠の勤める病院に向かった。松野杏のカルテを見る為に。
病院は前と違い人が少なかった。前の看護師に礼状を見せると松野杏のカルテを出してきてくれた。
「まさか本当にとってくるとは。」
「すみません。気になったので。」
やはり子宮頸がんだ。最初の診察でもう既に転移があったようだ。妊娠した経験はないと問診票に書いてあった。
カイルの子供を身ごもった、その後多分、伊東の話では暴力で流産した。カルテにその表記はない。なんとなく答えが見えてきたぞ。
次は新田翔平のカルテを見に行こう。




