オダマキ
斉藤はちゃんと9時には来て10時前には村についた。村は、農村のようで畑ばかりの土地で人にはそんなに会えなさそうだ。数分畑の周りを走らせると、背が曲がったおじいさんを見かけて挨拶をする。
「こんにちは、すみません。お話しを聞きたいのですが?」
「余所者とは話したくないね。」
仕方なくまた車を走らせると、役場の前で中年の男性を見かけてまた話しかける。
「すみません。松様について聞きたいのですが?」
「あの方はいい人だよ。村が少しだけ潤うようになったのは、東京で祭事をPRして人を呼んでくれたからね。」
それだけ言って役場の中へ入ってしまった。役場の前の公園にいた親子に話しかける。
「睡蓮様はどんな方ですか?」
「いつもベールをしていましたよ。だけどいい方だと思います。いつも息子と遊んでくれました。それでは。」
公園の親子もさーっと行ってしまった。公園の中にいたおばあさんに話しかける。
「すみません。」
「余所者は余所者同士仲良くしな。あそこに名無しがやってるスナックがある。」
と言われた。ここの人たちは皆、協力的ではないようだ。仕方なくそのスナックに入った。
「すみません。村について話してくれませんか?」
「この村について?そうねぇ。」
「私、余所から来たんだけど、村の人は皆、自分の名前と別の名前を持っているの。それで私は名前を付けてもらってないから、皆に名無しって呼ばれてるわ。東京でPRを見て5年前にきたんだけど結局、あの祭りに余所者は入れないし、移住した意味はなかったわね。」
「祭りって?」
「祭りっていうか祭事ね。松明を持って皆で踊るのよ。でも余所者は、村の祭事に参加することができないの。いつもいつも。それで仕方なく祭事の日は1人で飲んでいるのよ。そういえば祭事の日は客なんて1人も来ないのに、3年前のその日1人の女の子が、傷だらけで入ってきたの。腕に三角巾をしてギブスをつけてて、口の端が切れて血が滲んでいた。可哀想に腕は骨折してて、私は口の手当をしてあげて、ジュースを出してあげたの。それで少し話をした。いつもお父さんに暴力を受けているんだって、それでベールを付けさせられるって。ベール?って思ったとき、迎えに来たのがエンドウと呼ばれた男だった。その女の子は睡蓮様と呼ばれてたわ。」
「それって、村長の?」
「ええ、顔を見たのは最初で最後だったわ。」
「写真を見たら分かりますか?」
「そうねぇ、3年前に30分程だし。」
俺は写真を出す。
「きゃー死んでるじゃないの?無理なの!夫を亡くしてから!死人の顔は無理。」
そういって震えてしまった。
「すみません。最初に伝えるべきでした。私達もう行きます。」
「ええ、ごめんなさい。」
スナックを後にした。
「斉藤、ここから救急車で運ばれるとしたらどこだろうな。」
「うーん。これじゃないですか?」
斉藤は地図を指さす。
「じゃあ次は病院に頼む。すまないな。」
「かまいません。」
隣の市の病院は閑散としていて、人がいない。とりあえず形成外科に行こう。ちょうど看護師が数人話をしていたのでその輪に話しかける。
「すみません。3年程前に腕の骨折で搬送されてきたその時24歳の松野杏さんって知りませんか。」
「知ってるも何もねぇ。」
看護師の1人が眉をピクリとあげながら話す。
「何かあったんですか?」
「もう何度も、搬送されてきてましたよ。5年程前から何度も何度も、こけたとか階段から落ちたとか、付き添いの子が言って顔中腫れてて血まみれの時もあったけど、本当に死ぬんじゃないかっていう重症の時でも言い訳してた。松野さん自身も付き添いの男の子と同じように。先生は殴られた傷だって、骨折も暴力が原因でしたけど、その時も階段から落ちたって言ってたわね、付き添いの男の子が。でも松野さんは3年前が最後ね。」
「付き添い?」
「ええ、いつも男の子が連れてきたり、救急車に乗ってくるのも同じ男の子だった。えーっと新田翔平って書いてあるわ。」
「新田翔平ですか。」
「ええ、なんだか松野さんにはあまり喋らせないって感じで、笑顔なんだけど怖いのいつも。そういえば彼も10年前に1度だけ搬送されてきるわね。交通事故で。」
「交通事故?何か怪我は?」
「怪我はあまりなかったけど、なんだか障害を負って、都会の大きな病院に転院したって聞いたわ。その後、松野さんの付き添いとしてこの病院に戻ってきた。」
「そうですか。写真を見て松野杏だと確認できますか?」
俺は写真を出した。
「そう、亡くなったのね。刑事さん、今回協力したのは彼女に同情したから。本来言うべきではなかった。でも刑事さんに言うべきだとそう思ったの。暴行した犯人が捕まればと。彼女はいつも髪や、マスク、帽子、サングラス、眼鏡で深く顔を隠していたの。付き添いの人に強く言われていたわ顔を隠せって。だから本人確認は私には難しいわ。」
「そうですか、ありがとうございます。彼女の死因は自殺です。子宮頸がんの病気を苦にして。」
「そう、可哀想に。新田翔平の担当医は脳外科よ。古い看護師も先生も今はいるわ。」
看護師は少しだけ辛そうな顔をして行ってしまった。松野杏は父親から死にかける程の虐待を受けていた。そして病院へは新田翔平が連れて来ていた。父親の付き人だからか。
「斉藤、脳外科へ行くか。」
「はい、でも松野杏は可哀想ですね。虐待され病気にかかり最後、死を選んだなんて。」
「そうだな。まだ27歳なのに。」
脳外科の医師はあまり隣の村に関わりたくないらしかった。
「新田翔平は○○脳神経病院へ転院した。それ以外は知らん。これ以上話すことはない。」
とだけ言った後、だんまりだった。仕方なく病院を後にし警察署に戻った。
行きの車の中でずっと考えていたことに答えはでぬまま、帰るはめになった。上野誠の勤める病院で松野杏のカルテを開示してもらう為に、捜査令状をとるしかないかと考えた。
警察署についたその足で捜査令状を上司にとるようにお伺いをたてた。しぶしぶとってくれると約束してくれたが、無駄に時間を使ってないかとお小言をいただいた。
ため息をつきながら警察署の外に出ると通りの向こう側の道に新田翔平が見えた。
「斉藤、駒田の話し方できるか?」
「急ですね、安達さん。うーん。どうも刑事の駒田っす。今日はどうしたんすか?」
「十分だな。新田翔平に刑事だとだけ伝えて話してみてくれ。最初、名前は名乗るなよ。新田翔平が言うのを待て。駒田と言われたら帰ってこい。5分過ぎて名前を言わなかったら、自分から駒田と名乗ってみてくれ。」
「分かりました。行ってきます。」
そういって斉藤は走って行った。斉藤と駒田は体つきと声は似ているが顔は全く違う。斉藤は少しつり目気味にぱっちり二重で強面だ。駒田は垂れ目で一重でいつも眠そうな顔をしている。少しして斉藤が戻ってきた。
「駒田さんと言われました。一応そうっすと言っておきました。」
「ありがとう。本当に助かったよ。」
「安達さん、何ですか?」
「まだ、分からん。すまんな。」
今日はそこで帰ろうということになった。松野杏は自殺した。なぜこんなに引っかかるのか。小説家の恋人に会う約束を、斉藤がとってくれたので明日向かうことになった。




