第2部 第1話「私は黒猫」
ここは病院。病院と言っても仮設病院。大魔王ハルカが大暴れしてせいで、ちゃんとした病院はパンク状態。そして、ルーファスはとある仮設病院に担ぎ込まれていた。
ベッドの上ですやすや眠るルーファスに何者かが忍び寄る。まさに音も立てずに忍び寄る。忍者か暗殺者か?
「……ルーファス……起きろ……」
謎の人物が声をかけるが、ルーファスはすやすやと眠っている。が、
「うっ!(痛い)」
腹を殴られた。受身全く無しのクリティカルヒットだ。
目を開けるとそこにいたのは、音を立てずに忍び寄る達人カーシャだった。
「あっ、カーシャ、おはよ(殴って起こすの止めて欲しいんだけど)」
「こんばんわ、元気そうだな」
と言われルーファスは辺りを見回した。
「……ここは?」
「病院だ。では、行くぞ」
「えっ!?(行くってどこに?)」
カーシャはいつでも思いつき&唐突で生きる女だった。それが彼女の生きる道!
「ハルカのところに決まっているだろう」
起きたばっかりで、ぼーっとしていたルーファスは、今の言葉を聞いて目を大きく開けてベッドからバシッとビシッと飛び起きた。
「ハ、ハルカ!? そうだよハルカはどうなったんだ?」
「おまえがぶっ倒れたあと、いろいろあってな(あ〜んなことや、こ〜んなことが……ふふ)、私の『チカラ』を使って大魔王は倒した」
「チカラを使ったの? でも、どうして、なんで生きてたの? あのチカラを使ったらカーシャの身体が持たないんじゃ?」
「……冬だからな……ふふ(形勢逆転)」
と言って不適な笑みを浮かべるとそれ以上カーシャは何も語らなかった。
「冬だから?(意味がわからない)」
「それよりもルーファス、ハルカが待っている帰るぞ」
「ハルカが待ってるって……だって、大魔王はカーシャに倒されて……ハルカは生きているの?」
「微妙だ(あれを生きていると言っていいのか?)」
「微妙ってっどういうことだよ!」
「会えばわかる(ハンカチの用意だ……ふふ)」
魔導士たちのチカラによって3日という驚異的な早さで、大魔王によって壊された住宅はすでにそのほとんどが再建されつつあった。
ルーファスは再建された家々を見てびっくり仰天している。
「もうこんなに元通りになってるなんて……私はどれくらい寝ていたの?(まさか1年なんてことないよね)」
「3日だ」
「ホントに!?(3日でこんなに……アステア王国って建築技術もすごいんだ)」
「だが、中身はからっぽだ。家具などは、数日後に損害を受けた人に支給されるお金でどうにかしろと言っていたな(なんでも金で解決なんて、汚い世の中になったもんだ……私も金貰えるのか? ふふ……楽しみ)」
汚いと言いつつ、お金を貰えることを楽しみにしているカーシャ。どうやらカーシャはお金が好きらしい。
自宅は建っている場所は同じだったが、概観は全く別の建物になっていた。ようするに新築だったりする。アステア王国太っ腹!
ルーファスが自宅のドアを開けると、すぐさま誰かが飛び出して来て二人を迎えた。
「おかえりルーファス!!」
飛び出して来た何かを見たルーファスは、それを指差し、首だけを動かしてカーシャの方を振り向くと、無表情のまま聞いた。
「何あれ?」
「ハルカだ」
「それは見ればわかるけど……(半透明じゃん、もしかして幽霊)」
そう、ルーファスを出迎えたのは確かにハルカだった。でも一つだけいつもと違うところがあった。半透明なのだ。
「ルーファス、まあ座れ、説明してやる」
「座れってどこに?」
家の中には家具一つなかった。
「床にだ。ハルカもこっちに来い」
「は〜い」
ハルカはカーシャに言われるままに飛んで来た。本当にふあふあ飛んで来た。それを見たルーファスは得体の知れ無い物を見る表情だった。
「だから何あれ?(幽霊にしか見えないけど)」
「床に座れ、わかりやすく説明してやる」
この後、ハルカについての話を紙芝居や人形劇を交えたり交えなかったりしながら、2時間ほどでカーシャさんが説明してくれた。カーシャさん曰く、大魔王の肉体が滅びたあと、ハルカは自由の身になったのだけど、身体が滅びてしまっていたのでマナだけの状態になってしまったらしい。つまり、わかりやすく言うと幽霊の親戚のようなものにハルカはなってしまったらしい。
「質問はあるか?」
ハルカが元気よく手を上げた。
「は〜い!」
「なんだ?」
「私はこれからどうしたらいんですか? ぜ〜んぶカーシャさんの責任ですよ。カーシャさんが死者の召喚なんてしなかったら、魔王なんて呼ばなくても済んだわけですし……(もう、家に帰るどころじゃなくなっちゃた)」
「ハルカがルーファスを気絶させたのがいけないのだろ?(……シュッ!! ……ゴン!! ……バタン!!)」
「うっ……(確かにあれは私がいけないんだけど)。でも、ルーファス生きてたじゃないですか!?」
「それはあとで気付いたことだ、死者の召喚をしたのは私の責任ではない!(本当は生きているのを知っていたのだがな……真実は言えない……言えない……ふふ)」
カーシャは確信犯だった。しかも、重大な秘密を隠してるみたいだ。だが、それを知るものは誰もいない。
この場で一人会話に付いて行けない者がいた。もちろんルーファスだ。
「あのさ、死者の召喚って何?」
この言葉を聞いて二人はいきなり口を閉じて沈黙した。ハルカは内心かなり焦っている、カーシャは平常心。
まったくしゃべろうとしない二人に不信感を抱くルーファスは、こちらも沈黙してハルカをじーっと見つめている。カーシャは口を割らないのでハルカに集中攻撃だ。
「……(お願いだから見つめないで)」
「……(絶対何か隠してる)」
ハルカは下を向いて視線を反らす。だが、ルーファスの無言の圧力は続く。で、ハルカはあっさり負けた。
「……ごめん、ルーファス本当にごめんね。だって、だってね、死んじゃったと思って、それで生き返らせようと思って(不可抗力だよねぇ〜)。えへっ」
ハルカは笑顔を浮かべてみたが、口元は明らかに引きつっていた。
「……生き返らせようと思ってねぇ〜」
そう呟くと、ルーファスはカーシャを疑いの眼差しで見た。
「……(なぜ、私を見る)」
心の中で動揺がダッシュしているカーシャだが、表情はいつも通り無表情で何を考えているのかわからない。だが、ルーファスにはカーシャが動揺しているのがわかった。二人の仲は長いので、テレパシーみたいな感じでルーファスはカーシャの動揺を見抜いたのだ。
「カーシャさあ……私が生きてること知ってたような気がするのは、気のせいだよね?」
「…………(へっぽこのクセして、鋭い)。私もルーファスが本当に死んだと思ってな。ハルカがおまえに本をぶつけて、殺したと思って土に埋めようとしたのを私が止めなければどうなっていたことか……それで、生き返らせようと……(だが、あんな騒ぎになるとはな……笑えない……ふふ)」
ルーファスの目がハルカに再び向けられた。
「ふ〜ん、土に埋めようとねぇ〜」
このときばかりはハルカも言い訳はできない。しかも、ここでカーシャの一言が、
「しかも穴に放り込む時、ジャイアントスイングだったな……(大モグラ……ふふ)」
「…………(なんで、カーシャさん余計なこと言わなくても)」
一瞬失笑したルーファスは、無言で立ち上がり裏庭へ向かった。
裏庭に着いたルーファスは、2本の材木をしばって十字を作って簡単な墓標を作って、土にぶっ刺すとどこかに行ってしまった。
ルーファスのことを追いかけてきて一部始終を見ているハルカは、ルーファスが何をやろうとしているのかさっぱりわからなかった。
「…………(誰のお墓作ってるんだろ?)」
ハルカが疑問に思い、ぼーっと空を見ていると、ルーファスが花束とペンキを持って帰って来た。
帰って来たルーファスが何をするのかとハルカは見ていると、ルーファスは立てた墓に何かを書いて花束を手向けると、その場で泣き崩れた。
ハルカがそっとルーファスの後ろに移動して、墓に書かれている文字を見るとそこには、
「(……ルーファスって書いてある?)まだ、恨んでるの?」
ハルカの声に反応して涙を浮かべながらルーファスが勢いよく振り向いた。
「あたりまえだろ!」
そう言ってルーファスは墓に書かれてる文字を指差した。
「いや、だから……それは(あはは)」
「私が死んだとと思って埋めようとしたって、どういうこと!?」
「(だからって、そんなお墓立てなくても、それって当てつけでしょ)でも、いいじゃないルーファスはそれだけど、私の身体はこれなんだから」
ハルカはルーファスの身体を指して、そして自分を指さして言葉を続けた。
「家には帰れないし、こんな身体になっちゃうし、どうしてくれるのよ!」
「確かに家に帰れないのは謝るけど……その身体になったのはカーシャのせいでしょ?」
「そのカーシャさんは今どこに居るの?」
「ここだ」
「わっ! ……ビックリさせないでくださいよ(なんでいつもこの人幽霊みたいなあらわれかたするんだろ?)。あの、カーシャさん」
ハルカはちょっと不満たらたらな顔をしてカーシャを見つめている。
「何だ?」
「カーシャさんが『死者の召喚』なんてしなかったらこんなことにならなかったんじゃないですか?」
「……終わったことだ気にするな(……ふっ……真実は言えない)」
真実って何だカーシャ! 隠し事か!!
ハルカは自ら堪忍袋の緒を切った。
「『気にするな』って、この身体どうしてくれるんですか!(無責任)」
「みんな生きていたんだ細かいことは気にするな」
ルーファスもそれに腕組みながら、うんうんと同意する。
「そうそう」
バッシーン!! という音が辺りに鳴り響いた。ルーファスの頬が真っ赤に染まった。
ハルカは思わず大きな声で叫んだ。
「よくなーい!!」
当たり前だ。ハルカにしてみればまったくもって良くない出来事だ。だが、ルーファスは完全に八つ当たりで叩かれている。
ちなみにマナの状態にあっても魔力が強ければ物に触れることは可能らしい。カーシャちゃん曰くだが、さっきの紙芝居で言っていた。
ハルカは家に帰れないどころか、身体まで失ってしまったのだ。まさに不幸のどん底と言ってもいい。だが、そこにカーシャはお得意の留めを刺す。
「一つ、さっきの説明でしていなかった重大なことがある。……このままだとハルカは消えてしまう(これはマナの還元理論の応用なのだが、二人に説明してもわからんだろうな。特にへっぽこには。)」
「「えぇーーーっ」」
カーシャの言葉を聞いて二人は声を合わせて驚いた。これは緊急事態だ。ハルカが消えてしまうなんて……なぜそれを早く言わない!?
ハルカはカーシャの襟首を掴むとぶんぶんと揺らした。局地的大地震、マグニチュード7.0くらいか?
「どういうことですか!? 私が消えるってどういうことなんですか〜っ!?」
ぶんぶん振られるカーシャはハルカと顔を合わせようとしない。
「さ〜て、どうしたものかな?」
カーシャは無表情のまま他人事のように言った。だが、この事態を引き起こしたのはカーシャだ、責任逃れは出来ない。
「どうしたもんかなじゃないですよ!! ルーファスも考えてもよ、あんたも魔導士なんでしょ(へっぽこだけど)」
「考えてって言われても……(魔導学院のときの成績悪かったからなぁ〜あはは)」
ルーファスは役立たずだった。
まだまだ局地的地震がカーシャを襲っていた。
「カーシャさん、どうにかしてくださいよ!!
「……方法が無い事も無い。だが、一時的な応急手段だがな」
そんなわけで一時的な応急手段を取る為にハルカはカーシャに連れられてカーシャちゃん宅に行くことになった。ちなみにルーファスは生活に必要最低限の物を買出しに出かけるので別行動。
カーシャの家の中は暗かった。まだ昼間だというのにロウソクの光が室内を照らしている。
「(よく、こんなところで生活できるなぁ〜)」
ゴン! 案の定、お約束でハルカは何かに頭をぶつけた。
「いた〜い……(何にぶつかったの?)」
「気をつけろ、散らかっているからな」
ゴン! ハルカは今度は足をぶつけた。
「いた〜い、カーシャさん掃除とかしてるんですか?」
「してない(掃除なんて生まれてから一度もしたことがない)」
掃除をしたことがないってどういことですか? 汚いよカーシャ!
物にぶつかること数十回、ハルカようやくカーシャに連れられて、ある部屋に着いた。
この部屋は先程よりは明るい。ロウソクの光ではなく、部屋全体がぽわぁ〜と光っている。
ハルカは部屋中を見回した。部屋には2本の大きな円筒形の硝子でできているような入れ物があり、管の中は液体のような物で満たされ、下から小さな気泡が上へ上がっている。そして、その中には片方に出目金、もう片方には黒猫が入っていた。
「なんですか、あれ?」
ごもっとも質問に対して、カーシャも質問で返す。
「どっちがいい?」
カーシャは出目金と黒猫の方を指差している。つまり、どっちが好きかということなのか?
「どっちって? 何がですか?」
「あれは私のペットの出目金と黒猫だ(ちなみに、ジェファーソンとマリリンという名前だった)。もう既に死んでいるものを腐らないように保管してある」
「だから、どういうことですか?」
「どっちが好きかと聞いているのだ(私のおすすめは出目金だ)」
「……黒猫(ちょっとやな予感)」
「では、黒猫の身体を使おう(出目金がおすすめだったのだがな……しかたない)」
「使うってどういうことですか?」
「あの身体の中に入ってもらう(本来はいつか生き返らせてあげるために保管しておいたのだが、死者の召喚が失敗したのでな……ふふ、衝撃の告白)」
な、なんと、カーシャは黒猫と出目金を生き返られるために死者の召喚をしようとしたのだ。
ハルカしばしの沈黙。
「…………(私にネコになれってこと?)」
「では、始めるか(ひさしぶりの実験だ……ふふ、魔導学院をクビになってから、おもしろい実験はしていなかったからな……ふふ)」
カーシャの口の端が少し上がった。カーシャがこの不適な笑みをやると本当に恐い。だって何が起こるかわかないもん。
「カ、カーシャさん、始めるって何をですか?(な、なんで不適に笑ってるの!?)」
ハルカ大ピンチ!!
恐怖に苛まれてハルカは猛ダッシュで逃げようとした。が、カーシャは床を滑るように移動して、ハルカの腕を掴んだ。
「逃げるのか?(ふふ、逃げても無駄)」
「逃げるなんて……ちょっとトイレ(カーシャさん、恐い)」
「マナの状態でトイレに行きたくなるわけないだろう?」
ぐぐっとハルカの身体が引っ張られた。
「あ、あの、カーシャさん、ちょ、ちょっと心の準備が……(殺される!!)」
殺されはしないと思うが、いい実験台にはされるだろう。ハルカ危うし!
カーシャに腕を引っ張られて部屋の奥に引きずられていくハルカ。彼女の運命はどうなってしまうのか!?
数時間後、ルーファスの家にカーシャが訪ねてきた。
「こんばんわ、ルーファス」
「あれ? ハルカはどうしたの?」
ハルカの姿が見当たらない。ハルカは一緒ではないのか……まさか、実験に失敗したとか!?
「ここにいる」
ルーファスの目線はカーシャの持っている、携帯用ペットハウスに注がれた。
「ここにいるって、その中に?(まさか、そんなところに入るわけないじゃん)」
カーシャは膝を付き携帯用ペットハウスのドアを開けた。中から出てきたのはネコ、でも普通のネコじゃななかった。人間の言葉をしゃべるネコだった。
「……ルーファスただいま」
聞き覚えのある声だった。そして、ルーファス驚愕!
「は、ハルカ〜っ!?」
ネコ=ハルカは小さく頷いた。
「ネコになっちゃった(出目金よりはマシでしょ?)」
しばし沈黙のルーファス。彼が次に取った行動は、カーシャの胸倉を掴むことだった。
「ど、どういうことだよ?(ネコってなんで? カーシャがネコ好きなのは知ってるけど)」
「しかたないだろ、ハルカが消えてしまうよりはマシだろうに……(本当は出目金がよかった)」
ハルカはワザとらしく、ネコっぽく、ルーファスに擦り寄ると、
「にゃ〜ん♪ そういうことだからよろしくね!」
「はぁ〜?(なんで、こうなるの!?)」
ルーファスは頭を抱えて悩んだ。そんな彼を頭痛が襲う……可哀想なのはいったい誰なのか?
ネコになってしまったハルカとルーファスの生活が始まってしまった。
果たしてハルカは人間に戻ることができるのか!? むしろ家に帰ることはできるのか?
ハルカの運命はどうなってしまうのか!?




