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電脳作家

作者: どろだんご

文章を書くのは難しいですね。




「退屈だ……」

くたびれた帽子を被り、色あせたコートを羽織った初老の男がいつもの口癖をつぶやく。

彼は作家だというのに、到底面白い人生には恵まれないでいた。いつが幸せだったかと聞かれたら答えに困ってしまうだろう。しかし、だからと言ってとびきり不幸というわけでもなかった。本当に何の変哲もない人生だったのだ。幸いにも、作家としての技量はあり。時代の流行を敏感に取り入れる事で、ベストセラーとまではいかないが、衣食住には困らない程度には売れていた。

そんな退屈な彼がある日ニュースを見ていると、とんでもないニュースが目に飛び込んできた。

「偉人出版から吾輩は猫であるの続編が刊行されます」

ニュースキャスターの落ち着いた声が聞こえる。

何と馬鹿げた事だろうか。

彼は自分の好きな夏目漱石を汚されたようで憤慨した。

しかし、人間面白いもので一度気にかけたものというのは確認するまで興味がわき続けてしまう。彼も同様、一度は憎しみの感情を抱いたそれが今度は気になって気になって仕方が無くなっていた。遂には発売日当日に買いに行く始末である。

発売日当日に読み終わり、あとがきのページを開いたまま彼は唖然としていた。

これではまるで夏目漱石そのものではないか。

先日の怒りは消え、彼は心が満ち足りていくのを感じた。

さて、出来は確かに良かったが、この文章一体どうやって書かれたのだろうか?

そんな疑問が次第に満ち足りた心を浸食し始める。

次の日の朝、彼はその疑問を解消するため偉人出版に電話をかけ、取材の予約を取っていた。

いつでもいらしてくださいとのことだったので、昼頃に着くように彼は家を出る。道中は年甲斐もなくそわそわした様子で、何度か通行人に指を指されてしまったが、彼は気にしていない様子だ。これから行くところにはどんな楽しい事が待っているのだろうかという考えで頭がいっぱいだったのだ。

偉人出版はかなり古びたビルにあった。所々茶色く変色していて、換気扇等からも掃除が行き届いていない様子が窺える。

思ったより古い建物だが、なに、これはこれで味がある。

そう自分に言い聞かせて彼はビルに入って行く。どうやら1階は受付になっているらしくテーブルの向こうに幸のうすそうな女性が立っている。彼が取材の旨を伝えると、こちらです、とすぐに案内してくれた。

そういえば電話で話した声と同じだった様な。

彼は思い出しながら、彼女と2人で妙に人気が無いビルの中を進んで行く。2階にあがると、そこに応接室と書かれた扉があり、こちらへどうぞと言われ部屋に通された。

日当たりが悪いその部屋には、膝位の高さのテーブルを挟んで少し錆の様な赤皮のソファーが二つおいてある。向こう側のソファーの前には顔にたくさんのしわが入っている、40代くらいの男が立っていた。

「これはどうも、本日はありがとうございます」

男はそう言うと、どうぞといった様にに手で着席を促す。

「今日は取材のお受けくださってありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。 作家様からの取材なんて光栄でございます」

男はしわを歪ませて笑っている。彼は少し気味悪く思い、本題に入る事にした。

「早速ですが、この本は一体どなたが書かれたのでしょうか?」

自分が持ってきた本を指さしながら尋ねる。

「はい、この本を書いたのは夏目漱石様ご本人でございます」

「そんなはずは無い、彼はもう死んでいるはずです」

「おっしゃる通りです。ですから死んだ彼の霊を降霊させて書いているのでございます」

男はしわの歪みを強めながらさも当然の様に言い放つ。彼は馬鹿げていると思いつつも、駄目元で聞いてみる事にした。

「では実際に書いているところを見させていただけませんか?」

「申し訳ありませんが、それは出来かねます」

「何故でしょう?」

「降霊させて執筆をするというのは大変集中力のいる作業です、もし気が散ったりでもしたら霊が暴れて大変な事になってしまいますので」

彼が何度頼んでも、結果は変わらず、男はしわを崩さず頑なに断り続ける。くだらない、と呆れかえりやはり嘘かと諦め帰ろうとすると急に呼び止められた。

「書いている所、見せる方法が1つだけございます」

男のしわがゆるみ、ついには笑顔が消える。

「どうすれば?」

「今日このまま会社を出ていただき、帰っていただければお見せ出来ます」

彼は結局帰ってほしいだけじゃないか。と思い、挨拶もせず足早に応接間から飛び出した。会社を出るときにロビーを通ったが、あの男と受付嬢以外は人っこ一人いないようである。

会社を出て駅に向かおうと横断歩道を渡っていると、ゴムとアスファルトが削れる甲高い音が聞こえた直後、彼の体がばらばらに弾けた。どうやら彼は死んでしまったようだ。

次に目が覚めたのは液体の中だった。正確に言うには彼の脳は培養器の様な物に入れられ、保管されているようだ。周りには彼と同じような状態の脳がいくつも並べられており、部屋の恥にはやたらボタンの多いコンピューターにケーブルで繋がれている。彼が動揺していると、白衣を着た30代くらいの2人組が話しながら歩いてきた。

「この前の事故は派手だったな、それにしてもあんな平凡な作家の脳なんて必要だったのか?」

「さぁな、会社の考える事なんてわからんよ。気味が悪いもんだ」

「本当だよ。死んだ作家の脳を保管してほしいなんて、偉人出版とやらは気味が悪い」

どうやらここは偉人出版が関係しているらしい。となるとあのしわの男が言っていたのはこういう事かと彼は妙に納得してしまう。

そしてひとしきり考えた後、喜びがこみ上げてくるのを感じた。これまで、退屈だった彼の人生は死によって愉快な物へと昇華したのである。この研究所はまるで小説の中の世界だ。それに、夏目漱石が本を出しているという事は、自分もいつか本を出せるかもしれない。

それからというもの彼の妄想は止まらなかった。どれが誰の脳なのか、本を出す時はどんなテーマにしようか、そんな事を考えている内に彼の本は衝撃的な死やあまりの平凡さ故に評価され始めていた。

ある日一人の男が彼の脳の前までやってきて喋り始めた。

「面白い話を想像してください、そうする事でこちらの機械が本にして勝手に出版してくれます」

彼は遂にこの時がやってきたかと思い自分の中で一番の面白い話を書き終えた。

これはベストセラー間違いなしだぞ。

その彼の予想は的中した。あまりにも斬新な内容の話を実際にあった出来事の様にリアルに書き出された彼の本は大ヒットを飛ばしたのだ。

しかし、それからまもなく偉人出版は倒産してしまう。どうやら重大な不祥事が見つかったらしい。




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