アオガミゆにちゃん
アオガミゆにちゃん、不思議な子。
とっても、とっても、不思議な子。
アオガミゆにちゃん、不思議な子。
今日はどんな不思議に出会うかな。
アオガミゆにちゃん。今日は、森をお散歩です。
木もれびの道、木の香りがする風、鳥のさえずり、ゆにちゃんは森が大好きでした。
おやおや、けやきの大木の影に誰かいるみたい。
「あれー、ないなぁー……」
あざやかな水色のシャツに緑色の半ズボンの男の子が、何かを探していました。
「なにを探しているの? 」
ゆにちゃんは、男の子に近づいて聞いてみました。
「……え? 君はだれ? 」
「わたしは、ゆにちゃん。あなたは? 」
「ぼくは、たつき。お母さんのスケッチブックを探しているんだ」
「スケッチブック? たつきくんは絵を描くの? 」
「うん、描くよ。絵を描くことが大好きなんだ」
たつきくんは、クレヨンで色とりどりになっている両手をゆにちゃんに見せて、満面の笑みでそう答えました。本当に、絵を描くことが大好きみたいです。
「そうなんだ。じゃあ、いっしょに探してあげるよ」
「ありがとう。えっと……ゆにちゃんは、あっちを探してくれる? 」
「うん、いいよ」
こうして二人で、たつきくんのスケッチブックを探すことになりました。
ゆにちゃんとたつきくんは、草をかき分け、木の影を一つ一つ見て確かめながら一生懸命スケッチブックを探しました。
ガサッゴソッ……
スケッチブックを探しているたつきくんのすこし先で、くさやぶがゆれました。
「うん? なんだろう? 」
たつきくんはゆれるくさやぶに、ゆっくりと近づいてそれが何か確かめようとしました。
そのとき…………。
ガサッ……ザッ…………。
灰色の毛におおわれた大きな前足がくさやぶをかき分けて、のっそりとオオカミがくさやぶから顔を出しました
「う、うわぁ~………」
たつきくんは悲鳴をあげて、尻もちをついてしまいました。
「お、オオカミだぁ~……助けてぇ~」
たつきくんは大声で、そう助けを呼びました。
すると、ゆにちゃんがたつきくんの前に走って来ました。
ゆにちゃんはたつきくんの前に立って、オオカミから守るように手を大きく広げます。
「……ゆ、ゆにちゃん。あ、あぶないよ~」
たつきくんは、ふるえる声で心配そうにゆにちゃんにそう言いました。
「だいじょうぶ」
ゆにちゃんは振り向かず、オオカミから目を離さないままでそう言いました。
そして、ゆにちゃんは大きく息を吸って…………。
「おぉーおかみさん、たつきくんを驚かせちゃだめでしょうぉおぉぉー」
そうゆにちゃんは、力いっぱいにさけんだ。静かだった森の中に、ゆにちゃんの声がひびき渡った。
「……ゆ、ゆにちゃん? 」
突然のことに、たつきくんは目を丸くして驚いた。
すると、ゆにちゃんに大声でさけばれたオオカミがうるさそうな顔をしたままで、ゆっくりとゆにちゃんに近づいて来ました。
「……あっ、ゆ、ゆにちゃん逃げてー」
今度はたつきくんが大声で、慌ててそう叫びました。
だけど、ゆにちゃんは動こうとしません。いよいよ、オオカミがゆにちゃんのすぐ前にせまり来て立ち止まりました。
そしてオオカミは、ゆにちゃんとたつきくんを交互に見て…………。
「うるさいなー、お前ら。大声でさけぶんじゃねーよ、迷惑だろう」
そうオオカミは言いました。
「……はへっ…………」
オオカミがしゃべったことに驚いたたつきくんは、言葉と言えない声を発して固まってしまった。
「おい、ゆに。前にも言ったろう、森で大声を出すなと」
「だってー、おおかみさんがたつきくんを驚かすからー」
ゆにちゃんとオオカミは、固まっているたつきくんをよそに会話をはじめました。
「たつきくんってのは、そいつのことか? 」
「うん、たつきくんのスケッチブックを一緒に探しているんだ」
「スケッチブックねぇ~……どうりで、森の中がクレヨンくさいわけだ」
「そうだ、おおかみさんは鼻が良いからスケッチブックの場所わかるんじゃないの? 」
オオカミは、尻もちをついたままのたつきくんをしばらく見つめたあと、ゆにちゃんに視線を戻しました。
「残念だが無理だな。そいつが、森のあちこちを探して触ったせいでスケッチブックの場所が分かりそうにない」
「そうなんだぁ…………」
ゆにちゃんは残念そうに、うつむきました。
「……ふん……仕方ないな。探すのを手伝ってやるよ」
「ほんとうに? おおかみさん手伝ってくれるの? やったー」
ゆにちゃんは、とてもうれしそうに飛びはねました。
「わかった、わかったから飛びはねるな。そうだな、ふくろうなら知っているかもな」
「あー、そうだった。たつきくん、いつも森を見ているふくろうさんに聞いてみよう」
「……えっ? あ……うん」
たつきくんは、立ち上がりながらそう返事をした。
「それじゃ、ふくろうさんのいる湖に行こう」
こうして、みんなでフクロウがいる森の中央にある湖に向かいました。
ゆにちゃんが先頭を歩き、そのすぐ後をオオカミがついて行き。オオカミから少し距離をあけて、たつきくんが歩いて行きます。
「……ねぇ、ゆにちゃん。ゆにちゃんって変わってるね」
たつきくんが歩きながら、そうゆにちゃんに話かけました。
「そう? ゆにちゃん変わってるかな? 」
ゆにちゃんは振り返り、後ろ向きで歩きながら笑顔でそう言った。
「うん、変わってるよ。だって、髪の色が青色なのに、目は僕と同じ黒色で、オオカミと友達だなんて……ぅっ……」
たつきくんはそこまで言って言葉を飲み込みました。
なぜなら、オオカミがキバをむき出して自分を睨んでいることに、たつきくんが気が付いたからです。
「そっかぁ~、わたし変わっているんだ。うれしいなぁ~、あははっ」
ゆにちゃんはとても嬉しそうに笑いました。
「な、なんで、うれしそうなの? 」
たつきくんはオオカミにおびえながら、ゆにちゃんに問いかけました。
「だって、変わっていることは良いことだもの。らくようじいも言ってたよ」
「らくようじい? 」
「らくようじいはね、いっぱい色んなことを知ってるの。それでね、この世界は一つだけど一つじゃなくて、いっぱい違う変わったものが集まってできているから、貴重で大事なんだって教えてくれたの」
「一つだけど一つじゃない? 違う変わったものが集まってるから大事? 」
たつきくんは何度も首をかしげながら、ゆにちゃんの言葉を考えました。
だけど、考えれば考えるほど何だか分からなくなっていきます。
「うふふっ、むずかしいでしょう? たつきくん」
「……う、うん。よくわからないよ」
満面の笑みのまま後ろ向きで歩くゆにちゃんに、たつきくんは素直に分からないと答えました。
「それで良いのよ、たつきくん」
「え? どういうこと? 」
たつきくんは、ゆにちゃんの言葉に何が良いのか分からず、ますます頭が混乱してきました。
「あのね、たつきくん。よく分からないことや知らないことがあることも、とても大事なのよ。たつきくんが変わってると言った、わたしの青色の髪にもオオカミさんがお友達なのも大切な理由があるの」
「理由があるの? どんな? 」
「うん、理由があるけど。それは本当は、どうでも良いのよ? 」
「えっ? どうでも良い? ほわぁっ……」
たつきくんは、今にも泣きそうな困った顔になった。
「えへへっ、大事なのことはね? 今この世界でありのままに、わたし、おおかみさん、たつきくんがいるということなの。同じじゃない変わっているものが集まったから、この世界は楽しくて、面白いのよ」
ゆにちゃんは太陽のように明るい笑顔で、たつきくんにそう言いました。
「あははっ、そうだね」
ゆにちゃんの笑顔を見て、たつきくんも笑顔になりました。
「………………」
オオカミも頭を振りながら、二人に分からないように笑いました。
「あっ、ゆにちゃん、うしろぉー」
たつきくんは急に何かに気が付いて、慌ててそう叫びました。
「え? うわぁーっ」
ゆにちゃんが、たつきくんの声に驚きながら後ろを確認すると、そこには湖の水面がありました。
次の瞬間、ゆにちゃんの左足は湖の水面の上で空を切り、後ろ向きの姿のまま湖へと倒れこんで落ちてしまいました。
バシャーンッ…………
「ゆにちゃん! 」
たつきくんは湖の縁膝をついて、ゆにちゃんが落ちた水面を心配そうにのぞき込みます。
すこしすると、水面が盛り上がり、ゆにちゃんが水面の上に顔を出しました。
ザバーンッ…………
「ぷわぁっ…………びっ、びっくりした~」
「はぁー、ゆにちゃん泳げるんだぁ……良かったぁー」
たつきくんは湖の縁に座り込んで、ほっと安心の笑みを浮かべました。
「よ、よいしょっと…………あれぇー、のぼれないやー」
ゆにちゃんは湖からあがろうと、湖の縁にある草をつかんで登ろうとしますが、草はすぐに抜けてしまいのぼれません。
「あっ、そうだ。ゆにちゃん、ぼくの手につかまって」
たつきくんは膝立ちになって、湖の中にいるゆにちゃんに右手を差し出し、左手で地面の草をしっかりと握りました。
「うん。ありがとう、たつきくん」
ゆにちゃんは差し出されたそのたつきくんの右手を両手でつかみ、湖のふちに足をかけて登ろうとしましたが…………。
ズルッ……バシャーンッ…………
水に濡れた靴なので足がすべってしまい、ゆにちゃんがたつきくんを引っ張り落とすような形で二人とも湖に落ちてしまいました。
「おいおい、なにをやっているんだ? おまえら」
オオカミは長い植物のツルをくわえながら、あきれ果てたようにそう言いました。
どうやらオオカミは、ゆにちゃんが湖に落ちたのを見て、すぐに引っ張り上げるためのツルを探しに行っていたようです。
「ほら、このツルにつかまれ。引っ張りあげてやる」
オオカミはツルの片方をくわえ、反対側を器用にゆにちゃんたちのところへ投げ入れました。
「ありがとう、おおかみさん。ほら、たつきくんもつかまって」
「うん」
ゆにちゃんとたつきくんは、両手に巻きつけるようにして、しっかりとツルにつかまりました。
「よし、引き上げるぞ。しっかり、つかんでいろよ」
そう言ってオオカミは、ゆっくりとツルをくわえたまま後ろに後ずさりします。
すると、ゆっくりと湖の中の二人の身体が陸へと引っ張り上げられて、無事に湖から出ることが出来ました。
「はぁ~、助かったぁー。あははっ、びしょびしょになっちゃった」
ゆにちゃんは、水でびしょ濡れになった身体を犬のように振り動かして、楽しそうに笑いながら水を弾き飛ばそうとしています。
ゆにちゃんから弾け飛んだ水滴が、近くにいるたつきくんやオオカミに降り注ぎました。
「こら、しぶきを飛ばすな。おれさまの鼻が濡れるだろうが」
オオカミはそう言って、大切な鼻を前足でおおい隠しました。
「えへへっ、ごめん。たつきくんは大丈夫? 」
「うん? ぼくは平気だよ」
たつきくんは笑顔で、ゆにちゃんにそう返しました。その言葉通り、たつきくんのくつも、服も、髪も濡れていませんでした。
「そっかぁ~、良かっ…………はっ、ハクションッ」
ゆにちゃんは、大きなくしゃみをしました。
「おやおや、そのままでは風邪を引いてしまうわよ」
その声は、ゆにちゃんの頭上の高いところから聞こえてきました。
「あー、ふくろうさんだぁー」
見上げると、頭上にある太いけやきの枝にフクロウがとまっていました。
「おおかみ、あんたが付いていながら何やってるのよ」
「うるさいよ、おれに文句を言うな。お前がご自慢のその目で、ゆにに知らせたら良かった話だろうが」
「あら、それこそご自慢の鼻で嗅ぎ分けたら良かったんじゃないかしら? クンクンと地面を這いまわって、ねぇ~? 」
フクロウはオオカミを見下し、オオカミはフクロウを睨み上げました。
「ハクション…………」
先程よりも、ひときわ大きいゆにちゃんのくしゃみが森の中に響き渡りました。
「…………しょうがないわねぇ~、楽杳さんのところで着替えをさせないと。ほら、オオカミ。あんたの背中に乗せて運びなさい、わたしは先に行って知らせておくわ」
フクロウはそう言うと、大きな羽を広げて飛び去って行きました。
「…………ちっ、しかたねぇな。ゆに、おれの背中に乗れ」
オオカミはそう言って、ゆにちゃんの前で伏せの体勢で背中を向けた。
「ありがとう、おおかみさん。でも……」
ゆにちゃんは、たつきくんのことを見ました。
「……分かったから、二人とも乗れ」
オオカミはたつきくんを横目で見ると、顔を前に戻してそう言いました。
「えっ、ぼくも乗るの? 」
「行こう、たつきくん」
たつきくんは、ゆにちゃんの後に続いて恐る恐るオオカミにまたがり、ゆにちゃんの真似をしてオオカミの背中に生えた銀色の長い毛をしっかりとつかみました。
「振り落とされるなよ。もし落ちたら、自分の足で付いて来な」
オオカミはそう言い終わらないうちに起き上がり駆け出した。
「ふっうわぁぁぁー」
風を切る速さで、オオカミは木々の合間を駆け抜けて行きます。通り抜けた後に、たつきくんの悲鳴だけを残して。
しばらくすると、木漏れ日射す木々の合間を抜け、太陽の光を反射してまぶしく輝く白い砂浜と見渡す限り青く透き通るような海辺へと出ました。
「うわぁー、きれいだなぁー」
たつきくんは、その美しい砂浜を見て感嘆の声をあげました。
オオカミは、その美しい砂浜でも速さを緩めることなく駆け抜けていきます。だけど、たつきくんが先程のように悲鳴をあげることはありませんでした。
なぜなら、たつきくんの瞳と心は広大な海に向けられていたからです。それこそ、オオカミの背中に乗っている事を忘れてしまうくらいに、たつきくんは海の美しさに感動していました。
「もうすぐ、着くぞ」
「……ぇ……えっ、い、家? 」
たつきくんがオオカミの言葉で我に返って前方に視線を向けると、明らかに場違いな平屋の一軒家が海辺に建っているのが見えてきた。
「……え……えっ? 」
青い空、青い海、白い砂浜、黒い屋根瓦に白い漆喰の木造建築という不思議な風景に首を傾げているたつきくんを乗せて、オオカミはその家へと駆け寄って行く。
「……ふぅ、着いたぞ」
オオカミは家の前に着くと、ゆにちゃんとたつきくんが降りやすいように伏せの体勢を取った。
その海辺に建つ平屋は、ゆにちゃん達が少し見上げるくらい高い木組みの足場の上に造られていて、玄関まで木製の階段が続いていた。
「乗せてくれてありがとう、おおかみさん」
ゆにちゃんは元気な声で、オオカミにお礼を言いました。
「……えっと。オオカミさん、ありがとう」
ゆにちゃんのあとに続いて、たつきくんも戸惑いながらお礼を言いました。
「礼なんていいから……さっさと着替えてこいよ」
オオカミは気恥ずかしそうに顔を背けながら、ぶっきらぼうにそう答えました。
「うん、着替えてくるね。らくよ~うじ~、遊びに来た~よ~」
ゆにちゃんは家に向かって、元気良く大きな声で呼びかけました。
ガラガラ…………ガラッ
「はいはい、よく来たね~。ゆにちゃん待ってたよう」
ゆにちゃんの声に応えるように玄関の木製の格子戸が開き、和服を着たおじいさんが満面の笑顔でゆにちゃんを迎えました。
「あらあら、ずいぶんと遅かったじゃないの? おおかみも年には勝てないのかしら? 」
おじいさんのあとに続いて、そう話しながらフクロウも飛び出てきた。
「なんだとぉー。こっちは木々の合間を避けながら走り抜けて来たんだぞ。なにも障害物の無い空を飛ぶのとは違うんだよ」
「フ~ン……言い訳するなんて、いよいよかしらねぇ~? 」
オオカミとフクロウは再びにらみ合いを始めました。
「ハッ…………ハクションッ」
にらみ合う二匹の間にも、ゆにちゃんの大きなくしゃみが響き渡りました
「ほらほら、お風呂が沸いてるからお入りなさい。着替えも用意してあるからね」
楽杳おじいさんはゆにちゃんに優しくそう言いました。
「うん。着替えてくるね、たつきくんは…………」
「ぼくは、ほら大丈夫だから。ゆにちゃん温まって着替えて来なよ」
たつきくんは笑顔で、ゆにちゃんにそう答えました。
「わかった。着替えたら、必ずスケッチブックを探すからね」
ゆにちゃんも笑顔で、たつきくんにそう言って約束しました。
「うん、ゆにちゃんありがとう」
たつきくんのその言葉を聞くと、ゆにちゃんは階段を駆け上がり玄関へと入って行きました。
「きみが、たつきくんだね。さぁ、中に入りなさい」
楽杳おじいさんはたつきくんをそう言ってうながし、一緒に玄関へと向かいました。
「ふくろうさんにおおかみさん、お前さん方も遊んでないでお入りなさいよ」
オオカミとフクロウは楽杳おじいさんの言葉に、大人しく従いみんなで家の中へと入って行きました。
一人と一匹と一羽は畳敷きの居間へ通されて、楽杳おじいさんに緑茶や茶菓子を出してもらいながら、ゆにちゃんを待つことになりました。
「それで、たつきくんはスケッチブックをいつまで持っていたか覚えているかい?」
楽杳おじいさんは、たつきくんの前にお茶菓子のすあまを出しながら聞きました。
「それが……気が付いたら森の中で…………」
たつきくんはしょんぼりと落ち込んで答えます。
「うんうん、そうかい…………」
楽杳おじいさんはたつきくんをじーっと見つめます。
二人のその様子を、先ほどまでうるさかったオオカミとフクロウも黙って見つめます。
「……ふくろうさんや、森の中を見ているお前さんなら分かるんじゃないかね? 」
楽杳おじいさんはたつきくんから視線を外し、フクロウを見て問いかけました。
「…………そうねぇ、森の中には無いと思うわ。たつきくんが海辺の方向から森に入った時には、スケッチブックみたいに大きな物を持っていなかったわ」
フクロウは少し考え込んだ後に、楽杳おじいさんの目を見てそう答えました。
「それじゃあ、浜辺を探して見るのが良いかもしれんのう」
楽杳おじいさんはたつきくんの目を見て笑顔でそう言いました。
「……ぁっ……は、はい、そうします」
たつきくんは、お茶菓子のすあまを落としそうになりながら答えました。
こうして、しばらくすると…………。
「たつきくん、おまたせぇー」
ゆにちゃんが元気に居間へと入って来ました。ゆにちゃんは、白地に金魚の絵柄が散りばめられた浴衣に着替えていました。
「ゆにちゃん、すごく素敵な浴衣だね」
「えへへっ、良いでしょう」
とてもうれしそうに、ゆにちゃんは満面の笑みでくるりと回って浴衣をお披露目しました。
「ほら、そんなことしてないで探しに行くぞ。フクロウ、お前も手伝えよ」
オオカミは、そう言って立ち上りました。
「えーっ、しょうがないわねぇ~」
フクロウは、そう言って熱心にしていた翼の毛づくろいを止めました。
「それじゃあ、みんなで探しに行こうかのう」
「らくようじいも手伝ってくれるの? やったー」
こうして、楽杳おじいさんも加わってスケッチブック探しを開始しました。
フクロウは自慢の目を活かして空から、オオカミは自慢の嗅覚を使って、ゆにちゃん、たつきくんと楽杳おじいさんは手分けして浜辺を探しました。
「おーい、ゆにちゃん。少し先の岩場に何か見えるわ」
フクロウが空の高いところから、ゆにちゃんにそう呼びかけました。
「わかったぁー、たつきくん行こう」
「うん」
ゆにちゃんとたつきくんは手をつないで、フクロウの言う岩場の方へと走って向かいました。オオカミは二人より少し先を走り、楽杳おじいさんは二人よりも遅れて同じ方向へと向いました。
「うん? ゆに、あそこの岩場の影からクレヨンの臭いがするぞ」
少し先に着いたオオカミは岩場の辺りを嗅ぎまわり、ゆにちゃんにそう教えました。
「はぁ~ふぅー、わかった。あそこだね」
ゆにちゃんは息を整えながら、オオカミが教えてくれ岩場の影をたつきくんと一緒に探しはじめました。
「……えーっと……ん? ……あぁっ、あったー。スケッチブックがあったようー、たつきくん」
ゆにちゃんは見つけたスケッチブック頭の上にかかげて、大きな声でたつきくんに伝えました。
「……えっ、ほんとうー? 」
たつきくんはゆにちゃんのところに駆け寄って、スケッチブックを確認しました。
「……あぁ……お母さんのスケッチブックだ。ありがとう、ゆにちゃん」
たつきくんは、うれしそうに見つかったスケッチブックを抱きしめました。
「えへへっ、良かったね。たつきくん」
ゆにちゃんは、その様子をたつきくんと同じくらいうれしそうに笑顔で見つめていました。
「ゆに、こっちに来てくれ」
オオカミの慌てた声が聞こえてきました。
「おおかみさん、どうしたの? 」
ゆにちゃんはたつきくんと一緒に、オオカミの声がした少し離れた岩場の影にある浜辺に行きました。
「……もうスケッチブックは見つかったよ~。あっ、女の人」
そこには、波打ち際にうつ伏せで倒れている瑠璃色のドレスを着た女の人がいました。
「わぁー大変。らくようじ~、らくようじ~いこっち来てー」
ゆにちゃんが大きな声で楽杳おじいさんを呼びます。
「はぁはぁ……年寄りに走るのは堪えるわい」
息を切らせて、楽杳おじいさんが遅れてゆにちゃん達の元へ来ました。
「女の人が倒れてるの、助けてあげて」
ゆにちゃんは泣きそうな顔で、楽杳おじいさんにそう言ってうったえかけます。
「おぉ、それは大変じゃ。うん、どれどれ…………」
楽杳おじいさんは女の人に駆け寄り、首に手を当てました。
「…………うむ。脈が少し弱いが息もしておるし、ちゃんと手当てをすれば大丈夫だろう」
「ほんとうに? 良かったぁー」
ゆにちゃんは、心からうれしそうにほっとしました。
「…………あかぁ……さん……」
じーっと倒れている女の人をスケッチブックを抱きしめたまま見つめていたたつきくんが、ぼそっとそう口ずさみました。
「え? なぁに、どうしたの? たつきくん」
「…………この女の人……ぼくのお母さん……」
「たつきくんのお母さんなの? らくようじい」
また、泣きそうな顔になるゆにちゃん。
「大丈夫だよ、ゆにちゃん。おおかみさん、たつきくんのお母さんをわしの家まで運んでおくれ」
「あぁ、わかったよ。じいさん、ほら乗せてくれ」
楽杳おじいさんは、オオカミの背中にたつきくんのお母さんを乗せました。
「急いで運んで行くよ。だけどよぉ、じいさんが一緒に来なきゃ手当てが……」
「それは大丈夫よ。馬を連れてきたから」
フクロウが白馬と一緒にやって来ました。どうやら、一足先に馬を森で探してやってきたようです。
「助かったよ、ふくろうさん。さぁ、二人とも馬に一緒に乗りなさい。しっかりと捕まっていおるのじゃよ」
「はい」
「うん」
こうして、三人は馬で、オオカミはたつきくんのお母さんを乗せ、フクロウはたつきくんのお母さんが降り落ちないように見張りながら家へと向かいました。
「たつきくん……」
「………………」
馬に乗って家へと向う最中、心配そうにゆにちゃんがたつきくんに呼びかけます。だけど、たつきくんは先を走るオオカミの背中に乗ったお母さんを黙って見つめるだけでした。
家に着くと、楽杳おじいさんはオオカミの背中からたつきくんのお母さんを降ろして広間へと運んで、布団に寝かせ手当てをしました。
「どうなの? らくようじい? 」
「……お母さん…………」
心配そうにゆにちゃんとたつきくんが見つめています。
「うむ、もう大丈夫だよ。二人とも」
泣きそうな顔の二人に、楽杳おじいさんは心配はいらないと笑顔で答えました。
「お母さん、良かった」
そう言ってたつきくんは枕元に座り、お母さんの額に手を置きました。
すると、まるでたつきくんが触れているのが分かっているかのように、苦しそうだったお母さんの顔が安らいだ表情に変わった。
その様子を見て、楽杳おじいさんとゆにちゃんは二人っきりにしてあげようと、広間を出て
居間へと行きました。
「たつきくん、スケッチブックもお母さんも見つかって良かったね。らくようじい」
「あぁ、良かった、良かった。たつきくんのお母さんが早く元気になるように、美味しいご飯を作るからゆにちゃんも手伝ってくれるかい? 」
「うん。手伝うよ」
ゆにちゃんは、笑顔で浴衣の腕まくりをしながら答えました。
しばらくして、居間のテーブルの上にごちそうが並びきった頃に、ゆにちゃんはたつきくんとお母さんを呼びに広間に行きました。
「たつきくん、ご飯が出来たよう」
広間に入る障子の前で、ゆにちゃんは呼びかけました。
「………………」
だけど、たつきくんの返事が聞こえて来ません。
「……うん? たつきくん、入るよう」
ゆにちゃんは障子を開けて、広間に入りました。
「…………え? あれ? たつきくん……」
広間にはたつきくんの姿は無く、布団の中で静かに寝息をたてて眠っているたつきくんのお母さんだけでした。
ゆにちゃんは障子を静かに閉めて、居間へと戻りました。
「おや? ゆにちゃん、たつきくん達はどうしたんだい? 」
楽杳おじいさんは、しきりに首を傾げながら戻って来たゆにちゃんに、不思議そうに問いかけました。
「……うん……たつきくんのお母さんはいたけど、たつきくんがいなかったの…………」
ゆにちゃんが、たつきくんの姿が広間になかったことに悩んでいるのは当然のことでした。
なぜなら、この家から出るのには居間を必ず通らないと行けないし、なによりもお母さんが寝ているのだから、たつきくんが家を出ていなくなる理由なんてないのです。
「……ふむ、そうかい…………それじゃあ、もうお母さんは大丈夫だね」
楽杳おじいさんは、少しさびしそうな笑顔でそう言いました。
「……うんん? …………どういうことなの、らくようじい? 」
ゆにちゃんは、なんだか混乱してきました。
「さぁ、たつきくんのお母さんにご飯が出来たと一緒に言いに行こう」
楽杳おじいさんとゆにちゃんは広間へと向いました。
二人で広間に入り、楽杳おじいさんは寝ているたつきくんのお母さんのかたわらに置かれたスケッチブックを手に取りました。
「ゆにちゃん、スケッチブックの中を見てごらん」
「スケッチブックの中? 」
ゆにちゃんは、楽杳おじいさんから手渡されたスケッチブックをパラパラとめくって中を見ました。
スケッチブックの中には、子供が書いたとは思えない美しい絵がたくさん描かれていました。
すると、ある一枚のページでゆにちゃんはスケッチブックをめくるのを止めました。
「…………たつき……くん? 」
そこには、左手にクレヨンを握って絵を描こうとしている笑顔のたつきくんが描かれていました。
「そう、たつきくんだよ。たつきくんは、その絵から出てきたんだ」
楽杳おじいさんは優しくゆにちゃんにそう言いました。
「……絵から出てきたって、どういうことなの? 」
「それはね……。きっとたつきくんは、海で溺れたお母さんを救いたい一心で絵から出てきたんだよ。ゆにちゃん、その絵のたつきくんを見てどうだい? 」
「うん……。とっても温かい気持ちを感じるよ。この絵を描いたお母さんが、たつきくんのことをすごく愛している思いが描かれているよ……」
ゆにちゃんは涙を浮かべながら、そう答えました。
「うん、うん、そうだろう、そうだろう……。その強い思いが、ゆにちゃんとたつきくんを巡り合わせたんだよ。ゆにちゃん、覚えて置くんだよ。思いというのは奇跡をも呼び寄せる力になるということを……」
楽杳おじいさんは、泣いているゆにちゃんの頭を優しく撫でながらそう言いました。
「……ぅ……うん……。ねぇ……らくようじい。たつきくんにまた会えるのかなぁー……」
「あぁ、そうだね。きっと、また会えると思うよ。ゆにちゃん」
それから数日後、たつきくんのお母さんに、楽杳おじいさんがたつきくんが助けてくれたのだと告げると、お母さんは涙を流してスケッチブックに描かれた笑顔のたつきくんを強く抱きしめました。
そして、たつきくんのお母さんは元気になって街へと帰って行きました。
「たつきくん、元気でね。今度は一緒に遊ぼうね」
白い浜辺を歩き去るたつきくんのお母さんの背中を見つめながら、ゆにちゃんはそうつぶやきました。
『お絵描き好きのたつきくん』 完