第6話 黒い〝何か〟
「……え?」
そう、思った瞬間だった。
突如現れた『何か』が俺の視界を暗くさせ、逆に真っ白になる頭は、自分が何を考えているのか、また見ているのかわからなくさせていく。
「……実里!」
やっと動き始めた頭を動かし、地面に耳を付ける実里の元へと駆け寄る。
どこからか飛んできた黒い『何か』によって倒れた実里に、俺は聞こえるわけもないのに、何度も何度も、実里の名を呼ぶ。
「みのり、みのり……!」
倒れている実里はピクリとも動かず、それはまるで死んでいると言われてもおかしくなかった。
だが俺は、そんな実里の様子を見ても、何もしてやれない。
救急車を呼んでもやれない、人を呼ぶこともできない、何が起こったのかもわからない。
ただ呼び続けるだけしかできない自分が、歯がゆく感じる
。
「みのり……!!」
引っ込み始めていた涙が溢れ出す。
祈るのは、人が通りますようにとただ一つ。
胸の前に持ってきた両手をギュッと握り、瞼を固く閉じ体を強ばらせ、誰かの声が聞こえる〝その時〟を待ち続ける。
――そして。
「……だ、だれ?」
やっと聞こえた声に希望を感じ、輝かせた顔を声の聞こえた先へと向ける。
「……へ?」
それは、すぐ近くから聞こえた。――俺の、目の前から。
「み、みのり?」
素っ頓狂な声が口から漏れる。
周りを見渡してみてもさっきと同様人は一人として居らず、実里の視線はしっかりと俺を捉えていた。
「お、俺が、見える……のか?」
そんなはずはないと思いながらも、半信半疑に問いかける。
「う、うん」
しかし、実里の口から出たのは肯定の言葉。
さっき倒れていたのが嘘のようにペタンとあどけなく足を曲げている実里は、もう大丈夫そうだ。
こちらを見開いた目で見ている姿は、とても可愛らしく、あどけない……って、そうじゃなくて!
なぜ、実里に俺の姿が見えているのだろうか。
ついさっきまでは見えていなかった、それは保証できる。だが、今は見えている。
まさかとは思うが、さっきの……さっきの、黒い何かが原因だろうか。
丸くてふわふわしていて、闇、みたいな。
「あ、あの?」
黙っている俺を不信がり、実里が俺の前で手をかざす。
「あ、はい!」
親指を顎に持っていき本格的に思考モードに入ろうとしていた俺は、我に返り再度実里を見据える。
――ああ……。
先ほど鍵をかけたはずの気持ちが、解放されたいと訴える。
実里を見れば、疑問に思っていたことも、何もかもが吹っ飛んでしまう。
「……っえ?」
意識せず、俺は手を伸ばしていた。
実里の肩に、顔を埋める。
背中から感じる熱は人間らしく、とても優しい。
溢れそうになる感情はもう抑える術もなく、胸いっぱいに満ち足りる。
(……あったかい)
叶うはずもないと思っていたことが叶い、熱を持てないはずないのに、俺の体も熱を有しているような気になってくる。
「……実里」
おまえが、好きだ――。