第3話 変な格好
「じゃあ聞くが、スーツってのは普通どんなやつが着る?」
やっと話しだし室内を見回す軼の目を追いなから、俺は考える。
「そりゃ、大学生とか、会社員とか……大人?」
「だろ? そうだろ? おまえ、自分の格好もう一度見ろよ! おまえが大人な訳あるはず無いだろ!」
急にテンションを上げたその声は武道場中に響き渡り、なんだなんだと振り返る守護霊たちの視線が、俺たちに突き刺さる。
「もう少し声抑えろよ。うるさいな」
「なっ、自分の格好のおかしさに気付かなかったやつに言われたくねえよ!」
「おかしくねえっつってんだろ!」
「俺の美意識が信じられねえってのか!」
「まあまあ、落ち着けって」
広がる喧嘩の声にクスクスと笑い声が充満した頃、俺と軼の肩に手を置いたのは、何やら含み笑いをしている失礼な男だった。
高そうなスーツをビシッと決め、上品な雰囲気を身にまとっている。
「ほら、見てみろ! こういうのが決まっているっていうんだよ!」
いい手本を見つけたというように声を張り上げる軼。まだまだ大きい声に、俺は耳を塞ぎ軼のすねへ向かって足を振り下ろした。
「痛、さっきから何なんだよ」
「うざいっつってんだろ」
「おまえだって声大きかっただろ!」
「そんなのおまえの幻聴だろ」
「んな馬鹿な!」
軼はいつもこうだ。
感情が高まると自然と声が大きくなり、周りなんて一切気にしない。
軼だけならいざ知らず、俺まで釣られて大きくなるから、いつも言い訳に困ってしまうのだ。
「……まあ、確かに似合わないな」
肩に手を置いてきた相手が、やっと収まったらしい口を開き、俺を見る。
「だよな!」
嬉しそうにはしゃぐ声を出す軼は、まるで子供のようだ。キラキラと純粋そうな目を男に向け、両手に拳を握っている。
「なんたって理玖は、低身長だし、童顔っぽいし、髪なんか銀髪で外人にしか見えない。そんな奴がスーツなんて似合うはずないんだよ!」
勝ち誇ったような表情で失礼にも人差し指を向ける軼に、俺は黙ってこの屈辱に耐えるしか手がない自分を恨めしく思った。
確かに、俺は低身長だ。百六十センチをやっと越すくらいで、見た目は自分でも子供にしか見えない。
おまけに、この頭皮からしっかりと生えた銀色の髪。
人の視線がさっきから頭に集中し、ヒソヒソ声に心が痛む。
「せめてジャケットは取れよ。今から服を変えるってのも、無理だからな」
偉そうに眉を上げる軼に、男の含み笑いが舞い戻る。さっきよりも激しい声に、不思議そうな目を向けるのは軼と俺だけではない。
「おまえら、仲いいな。見てるだけでおもしろい」
ニカッ、と口の端を横に広げる男は、何だか距離を感じなくて、妙な気軽さが俺の口を軽くさせる。
「なんだよ、それ」
三人一緒になって笑う姿に、周りも温かな目に取って代わる。
確かに、ちらちらと俺の頭を見たりする人はいるのだが、三人の様子を眺め、クスッと笑顔を零す。