第2話 轍
「おまえ、キモい」
そんな覚悟をせっかく改めていたところに、嫌味たっぷりに声をかけてきたのは、同じ守護霊である軼。今風のカッコ良さげな茶髪を武道場の窓から流れる風に揺らされ、寒いだの邪魔だのと嘆いている。
「なんだよ、ただ見てただけじゃねえか」
そうだ、俺はいつものように実里を見ていただけだ。知らない人に囲まれ、あたふたとしている実里を、拳を握り締め冷や汗を垂らしながら、見守っていただけなのだ。
「いやいや、にやけてるのをただとは言わねえだろ。完全に変質者の目だったぞ、このストーカー野郎」
容赦なく避難の言葉を浴びせる軼に、俺はとりあえず膝蹴りを見舞う。
「イッテ、何すんだよ」
「変なこと言ったおまえが悪い」
軼は知ってのとおり、守護霊だ。つまり対象者が近くにいる。
その対象者というのが、実里の幼い頃からの友達、奈津になる。
実里と奈津は仲がよく、いつも一緒にいた。必然的に俺たちも一緒にいることが多かったため、俺はこいつの扱いには慣れてしまった。
面白いことが大好きな軼は、テンションの落差が激しく、中間というのが存在しない。
今は入学式であまり知り合いが居らず、することが何もない。
まあ、守護霊というのは基本的にすることがないのだが、それでもおもしろいことを探してくるのが軼の特技だ。
だが、今はそれすらもないのだろう。
軼のテンションは非常に低く、言葉は容赦のない毒舌混じりとなっている。
こういう時は面倒なので、あまり会話せずに放っておくほうがいいのだ。
「ていうか、お前の格好変じゃね?」
実里たちに向けていた視線を窓の外へ向けたところでかけられた声に、どんな言葉も無視しようと思っていたのに、俺は思わず軼の方を見て大きく目を見開いた。
「ん? なんだ、なんでそんな不思議な人を見る目で俺を見るんだ?」
耳に付いたピアスを丹念に手直ししている軼を一度見て、それから自分の格好を見る。
ワイシャツの上から黒いジャケットとズボンを履き、ボーダーの入った赤いネクタイをビシッと決め、ちゃんと髪の毛もセットした、スーツ姿の自分。
おかしいところなど、何一つとして、ない。
「『よし、大丈夫』みたいな顔してんじゃねえよ。キモいんだよおまえ」
「……そんなに罵倒すること無いだろ」
「変なおまえが悪い」
やはり、さっきの仕返しのようだ。
俺の言葉を真似ながらしたり顔で耳に手を当てる軼を、完全に無視しようと俺は心に決める。
だが、その前になぜ自分の格好が変なのかだけは知りたい。
「よし」
やっとピアスが決まったらしい軼を俺は見上げ、問いかける。
「で、なんで変なんだよ?」
「何が?」
冗談をかます軼に拳を振り上げ、ヘラヘラ顔の顔に一発入れてやろうかと考えるが、寸前で止め話の続きを促す。