2章①
気づくと昼休みになってしまっていた。
クラス委員長として昨日ホームルームを無断で欠席をした四人を注意しようとしたのだが、いずれの人も休み時間に入るとすぐにいなくなってしまって結局私はまだ一人も注意できないでいた。
「空、お待たせ。お昼、食べましょう」
あまりの戦果の無さに落ちこむ私の元に、購買部から戻ってきたくーがビニール袋を片手に近づいてきた。
「うん。午後の作戦を練ろう、くー」
「練らないっての。そんなの一人でやって頂戴」
「少しは協力してくれてもいいじゃない。親友でしょ?」
口を尖らせてそう非難する私に、くーは「はあ」と恒例のため息を返してきた。
「昨私は昨日注意するのは勧めない、と言ったはずなんだけど? そんな些細なことで恨まれたりでもしたら割に合わないじゃない」
「なんで恨まれるの? 私、悪いことなんてしてないよ?」
「いや、それはそうなんだけど。……たまに異常に疲れるわ、あなたの相手。まぁ、壱岐君に関していえば逆恨みなんてしないんでしょうけど」
額に手を当てて再びため息をついておきながらも、その顔はどこかほころんでいる。
「……前から思っていたんだけど、なんでくーは壱岐君と仲いいの?」
思えば今朝も壱岐君と立ち話をしていた。これといってくーと壱岐君には接点があるわけではないのに。うらやましいかと問われれば非常にうらやましい。
「彼とは一緒になって色々な苦難を乗り越えた戦友だしね。ほら私、去年クラス委員長だったし」
「は?」
「……いや保健委員の仕事を、ちょっとね」
何故か遠い目をするくー。それがどう関係するのかを尋ねる私にくーは答えず、帰ってきて間もないというのに彼女はイスから立ち上がった。
「ごめん、ちょっと席はずすわ」
「あ、トイレ?」
思いっきり頬をくーに抓られた。
「ひはい、ひたいっ!」
ひとしきり私の頬を引っ張ると、くーは無言で教室から出て行った。
「じ、じんじんする……。く、くーめ……」
しばらくして痛みはひいたものの手を当てると熱をもっている。鏡を取り出して見てみるとくーに抓られた場所はみごとに真っ赤に染まっていた。
そのままボーとしてくーを待つのもなんだか癪だったので、私は持ってきた雑誌を読んで時間を潰すことにした。
「……うーむ。『髪型を変えて気になるあの人の視線を釘付け!』……か。そういえば壱岐君ってどんな髪型が好きなのかな?」
後ろで束ねた髪に手をやってみる。うーん。もっと伸ばすべきかな、髪。
「成瀬さん、ちょっと今いい?」
熱心に雑誌を読みふけっていると誰かが声をかけてきた。
「んー? 何かしらー」
目を雑誌から離さず答える。お……この髪型ちょっと可愛いかも。
「その、大事な話があるんだけど。できれば顔を上げてもらえないかな?」
「大事な話? 私に?」
一瞬、疑問を感じたが今朝の一限に委員決めがあった事を思い出し、私は軽い気持ちで頭を上げた。
相談者は壱岐君だった。
「い、壱岐君!?」
「う、うん」
壱岐君ともし二人きりで会話することになっても慌てないように、念入りに昨日くーとシュミレーションした(嫌がるくーにほぼ強引に壱岐君の役をやってもらった)はずだったが、当人を前にして私は驚くほど動揺してしまっていた。
「え、えっと。それで、どんな話かしら!」
動揺を隠して毅然と……振るまえているとは思えないがとにかく体裁を取り繕う私。
「あ、ここじゃちょっと」
頭がバーストした。
「え!? ちょ、成瀬さん!?」
「だ、大丈夫……は、はぁ……はあ」
「ほ、ほんとに大丈夫? 保健室に行った方がいいんじゃ……」
既に色々と大丈夫でない私を壱岐君が気遣う。
本当にやさしいなぁ。今だって殆ど話をしたことのない私のことを心配してくれているし!
ますます彼に対する好意を募らせつつ彼を見ると、それまでどこか遠慮がちに話しかけているふうだった壱岐君は突然顔を真っ赤に染めて私から目をそらした。
て、照れてる! 壱岐君が私に照れてる! こ、これはやっぱり愛の告は——
「あら、壱岐君? どうしたの?」
そうこうしているとくーが帰ってきた。この状況の中ほっとはしたが、残念という気持ちもある。こうなっては、もう彼が私を連れだすことはないだろう。だって壱岐君だし。そう思うと戻ってきたくーに無性に腹が立ってきた。
「何しにきたの、くー」
「気持は分かるけどその言葉はおかしいからね、空」
イスをひきながら半目で私を見るくーに壱岐君が声をかける。
「あ、空蝉さん。ちょうどよかった。二人に聞きたいことがあるんだ。成瀬さんは了承してくれたんだけど、空蝉さんは今いい?」
……はい? 壱岐君は今、私に大事な話があるって言いませんでした?
「あ、あの? 壱岐君?」
「えーと、はい」
さっ、と私から顔を逸らす壱岐君。そうやって顔を合せてくれないのは私に照れているからじゃないの?
「あの、私たち二人に用があるの?」
私の言葉にキョトン、とする壱岐君。あ、ちょっとかわいい。
「うん」
「……大事な話なんだよね?」
「うん。すごく」
ものすごく真剣な顔である。さきほどと違って照れた様子など微塵も感じない。
「ちょっと待ってね」
二コリと壱岐君に笑顔を向けて、くーの肩に手を回し小声で尋ねてみた。
(どーいうこと!?)
(知らないわよ。私に言われても)
(壱岐君、私に告白しにきたんじゃないの!?)
(……空、何をどう勘違いしたらそんな思考が生まれるのかしら)
(だって女の子に大事な話だよ! そう思わない?)
(思わないわ。あなた彼に避けられているじゃないの)
(うっ! やっぱりくーにはそう見える?)
(そりゃ……)
二人で壱岐君の方を見る。
「あ、あの。何?」
『何でもないわ』
「そ、そう」
また密談に戻る。
(はあ……、鈍感すぎだよ。恋する乙女の感情の機微ぐらい察してほしいよ)
(何その自分勝手甚だしい意見。というか空、もう彼が好きなこと隠さないんだ)
(あー! つ、遂にくーにばれてしまったっ!)
な、なんということだろう。私のトップシークレットだったというのに!
(いや、とっくに気づいていたからね)
(そうなの!? なら昨日もっと協力してくれてもよかったじゃない!)
(いやいやいや。消しゴムを全力投球して『あ、落としちゃった〜』とかいう作戦ばかり思いつくあなたの何に協力しろと。……それに壱岐君はただ鈍感で空を避けているんじゃなさそうだし、ね)
(……? くー?)
(何でもないわ。もういいでしょ。話があるって言ってきたのはむこうなんだから、今から聞けば問題ないでしょ)
(それはそうだけど……)
まだまだ言葉を浴びせかけようとする私をぞんざいに手で追いやって、くーは姿勢を正してしまった。諦めて私も壱岐君の方に再び顔を向ける。
「私も別にいいわ。それで何の話か尋ねることもここじゃあ駄目なのかしら?」
くーは周囲に目をやり、声を落として壱岐君に尋ねた。
「それぐらいなら。聞きたいことは信也……えーと、高倉のことなんだ」
『は? 高倉君?』
「わ、みごとなハモリだね……じゃなくて。二人とも声が大きいよ」
慌てて下げた私の頭が同じように頭を下げたくーのそれとぶつかる。頭を押さえる仕草すら、私たちの動作はほぼ同時だった。
「……おほん。でも高倉君のことなんて私たちより壱岐君の方が詳しいでしょう?」
「えーと、その辺りの事情はここじゃ……」
額をさすりながらそういうくーに、壱岐君は困ったように頬を掻いた。
「それすらも駄目? ねぇ、壱岐君。ここ学園内だっていうこと分かってる? 生徒の動向は常に見はられているし、誰にも聞かれたくないっていうのは無理だと思うわよ」
「あ、そうか。それは困ったな……」
そういうと、壱岐君は残念そうにため息をついて眉をひそめた。誰にも聞かれない場所ねぇ……あ。
「壱岐君、あるよ! 誰にも邪魔されない場所!」
「……空?」
「成瀬さん、自分から言い出しておいてなんだけど、本当にそんな場所があるの?」
「てへへ。とにかく来ればわかるよ! 行こう!」
困惑しあう二人の手を引いて、私はクラスを後にした。