エピローグ①
訝しむ私に対して、空は顔をほころばせたまま何もいわない。
しかものらりくらりとかわされているうちに、いつの間にかもう私の家だ。結局、鳰鳥さんと空が何を話したのか全く分からないし……おもしろくない。
「あ、そういえばあの時くーも高倉君と何か話してなかった?」
む。空のくせにめざといじゃない。
「別に……」
空の質問には取り合わず、玄関の戸を開けて明かりをつけた。
「体、冷えてるでしょ。お風呂は……すぐ沸きそうね。先入っていいわよ」
「くーを差し置いてそんな訳にはいかないよ……」
「あら。じゃあいつものように一緒に入る?」
「やめてよ、その誤解を生むようないい方!」
「え?」
「何、その驚いたって顔は!」
「そんな……。空は私とお風呂入るの、嫌なの?」
しなをつくって、よよと泣くふりをした。そんな私を見て騙されやすい空は、いつも通り素の反応を返してきた。
「いや、別に好きも嫌いもないけど」
「ならはっきり言って頂戴! 私のこと好きなの、嫌いなの!」
「それは好きだよ。当たり前じゃない」
躊躇いなく言われた言葉に、ちょっとぐっときた。……さらりとこういうことを言うから壱岐君にしろ、空にしろここぞというときには調子が狂う。
「ならいいわよね。いつも通り一緒に入っても」
「だからいつもじゃなぁい!」
「私と触れ合いたくないなんてやっぱり、あなたは私のことなんか嫌いなのね……!」
「なんかものすごい理不尽だぁ!」
空が肩をいからせて絶叫する。……いいわぁ。空、すっごくいいわぁ。
顔中真っ赤な空を見て和んでいると、くぅとかわいらしい音が部屋中に響いた。
「……おなか、減った」
膝を落として項垂れる空をその場に残し、キッチンにある冷蔵庫に向かう。
「お風呂が沸くにはまだもう少しかかるし、軽く何か食べましょうか」
「え、何かあるの!」
背後で聞こえた元気な声に驚いて振り返ると、キラキラと空が顔を輝かせていた。そんな彼女の様子に苦笑しつつ、冷蔵庫を探る作業を再開させる。
「こういうときのために買っておいたおにぎりが確か……あ、あった」
「……どんな用意よ、もう。そういうの、体に悪いよ?」
「便利さには勝てないわ、はい」
コンビニで買ったおにぎりを空の方へ放り投げる。
「こ、こらっ! 食べ物を投げない!」
「まあ、大変。お湯出しっぱなしだったわ。湯加減ついでに見てくるわね!」
「待ちなさい、くー!」
片手を振り上げる空の声を聞き流しながら、私はお風呂場へと駆けて行った。
「ふう……」
洗濯機に寄りかかって倒れるように腰を下ろす。空の前では気を張っていたが、さすがに私も限界だった。
「本当に。何でこんなに素直になれないのかしら……ん?」
多少本気で憂鬱な気分に陥りかけた時、突然ポケットに入れていた携帯が振動し始めた。取り出してディスプレイに写っている番号を見た私は、何の躊躇いもなく通話ボタンを押した。
「あらあら。切らないの? 感謝の言葉ならコール一回で事足りるわよ?」
私たちの間の中ならね、とは流石に言えなかった。からかうにしてもそれはちょっとこっちが恥ずかしい。
「ふん。礼には礼をもって返すさ。背中、押してもらったしな」
「そう? じゃ、首尾を聞こうかしら」
「……やな奴」
「ええ。なんていったって、あなたの同類だからね」
「……」
きっと、電話の向こうの彼は苦虫をかみつぶしたような顔をしていることだろう。それを想像すると思わず笑みがこぼれた。
「……砂漠の少女に伝えてくれ。この世界、まだまだ捨てたもんじゃねぇな、って」
「御伝言、承りました」
「あー! むかつく! もう切るからなっ、また明日っ!」
タイミングを見計らって携帯を耳から離したつもりだったが、それでもなお耳には彼の声が残滓として残った。全く、あれぐらいで動揺するなんて子供ねぇ。
「ふふふ……っ!?」
電話から目を離すと、目の前にはニヤニヤとした笑みを浮かべた空の顔があった。
「あっれー? おやおやおや〜? 今、くーは誰と電話をしていたのかなぁ? おっかしいなぁ。くーは私しか、携帯の番号を登録してないはずなんだけどなぁ〜?」
「お、押し売りよ!」
「なるほどなるほど。いっやー、昨今の携帯はハイテクですなぁ」
あんまりな返答だったが空は顎に手を当てうんうん、と何度か首を縦に振った。よかった、ごまかせ——
「『御伝言、承りました』……ふふふー」
「〜〜!」
「ねね、高倉君? 高倉君でしょ?」
「あーもう! うるさい!」
「ちょ、やめ! 熱いっ!」
お風呂の湯をすくって空の顔めがけてかけた。
彼女の顔が今の私のそれと同様赤くなれ、との願いを込めて。




