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レイエス  作者: うさぎ
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4章③

「圭介」

 建物の入口へと続く段差に腰掛けてぼんやりと月を眺めていると、ほどなくして信也が戻ってきた。

「信也、何処いってたの?」

「まあ、ちょっとな」

 そっけない様子でそういうと、信也は僕のすぐ傍に腰を下ろした。

「……はぁ。みんなどこ行ったんだろ。お礼、ちゃんと言ってないのに」

「ん? 標がなんか成瀬を連れ出してたぜ。で、鬼灯は帰った」

「えー!」

 酷過ぎる。というか空蝉さん、戻るって言ってたじゃないか……。

「あいつを信用するお前が悪い。いいじゃねぇか、明日また会えるだろ」

「そういう問題じゃないよ。随分、世話になったのに」

 せめて信也にだけは文句を言おうと隣を見ると、信也はなんだか深刻そうな顔をしていた。

「……信也?」

「なあ、圭介。お前はプールの研究対象として注視されてしまった」

「そりゃ拉致されたぐらいだしね」

笑いながら軽く告げる僕に信也はああ、とだけ頷いて黙り込んだ。

「どうしたのさ、信也?」

「いや……」

 答える信也は歯切れが悪い。けれど何を言いたいかぐらいは察しがつく。……全く、こいつは一体何年僕が一緒になって馬鹿をやってきたと思っているんだ。

「僕は絶対信也なんかより重要な研究対象になるだろうね。今回のことでその価値は更に上がっただろうし」

 驚いて信也が僕を見上げる。でも、遅い。

「何だかんだいってもブレエスが多いだけだもんね信也は。きっと僕がメインプランになって、信也はお役御免で晴れて自由の身だ」

「圭介! てめえ、またそんなこと考えてやがんのか!」

 信也に胸ぐらを掴まれ、そのまま強い力で持ちあげられる。僕の体は下へと働く重力に逆らい、いとも簡単に地面から離れた。

「無理なんだよ! プールが俺を解放するなんざありえねぇ! 俺はそっちの世界じゃ生きられねえんだよ!」

 悲痛な、叫び声だった。

 だから僕も声を張り上げてその声に応じた。

「そっちってどっちだ! 僕はもうプールの観察対象者だぞ!」

「それは標がさせない、つっただろうが、このボケ!」

「お前こそ意味を履き違えんな、馬鹿! 標ちゃんは『手を出させない』って言ったんだ!」

 双方が荒い息をつく。

いったい、いつ以来だろう。こんなに大声をあげて信也と罵りあうのは。

「抜け出すのが現実的でないのなら僕も背負う! 外から渦中に飛び込むのが駄目なら、内側の渦中に生きる。沙耶を弱みにされないよう、僕自身が強くなる! 一人で全部背負おうとするな馬鹿!」

 信也の手から僅かに力が抜けた隙を見逃さず、僕は持てる精一杯の力を使って信也を石段に向かって突き飛ばした。階段にぶつかり崩れ落ちる信也に馬乗りになって、今度は僕が信也の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「よく見ろ、この僕は誰だ!」

 僕は信也のことをよく知るようになり、信也は僕のことを知っていつしか互いが互いに遠慮するようになった。

だが、それは違ったのだ。相手のことを本当に大事に思うのなら、僕たちはもっと本音でぶつかりあわなければならなかったのだ。

 掴んだ信也の服を放し、彼に向って手を伸ばした。

「——高倉信也の無二の親友、壱岐圭介だ」

信也の頬に一筋の涙が、落ちた。

「……鬼灯の言うとおりだな、はは」

「? 空蝉さん? どういう意味?」

 信也は僕の言葉に答えず、ゆっくりと首を横に振った。

「……へっ! お前みたいなヘッポコに研究がまわるわけなんかねぇ。なんたって俺がもっともっとすげぇ研究するんだからな!」

「だからそんなことはさせないさ。——だよね、標ちゃん?」

「何言ってんだよ、圭介。標ならまだ……ってうわっ! し、標! いつから俺の背後にいたんだよ! 心臓に悪いだろうが!」

驚いたように声をあげる信也をよそに、彼女はただ悠然と、涼やかに立っている。

「……」

彼女はなおもぶつくさと抗議する信也にはとりあわず、非難するように僕をじっと見つめている。

「遅かったね、標ちゃん」

「それは成瀬と話を——」

「そうじゃないよ。黙って立ってないで、話に入ってくればいいじゃないか」

「……私に邪魔はできない」

知りあって間もないときに、標ちゃんは言った。

信也は玩具なんだ、と。人よりもブレエスが多いという理由だけで自由を奪われ、そのブレエスの大きさゆえに無駄な議論が起こるのだ、と。

——彼の傍にいてあげてほしい。私では駄目だから。

彼女はどんな気持ちであの言葉を言ったか、今なら痛いほどわかる。

標ちゃんが監視者として優秀でなければ他の観察者が信也につく。でも観察者として優秀であればあるほど、信也を傷つけてしまう。

「標ちゃん。僕は標ちゃんも一緒じゃないと嫌だよ」

信也だけでは嫌だ。欲張りだといわれようが、僕は彼女にも傍にいてほしい。

「しかし、私はプールから送られた観察者」

「なんだよそりゃ。標、おまえまさかそんなことずっと気にしてたのか?」

 心底訳が分からない、といった表情を信也が標ちゃんに向ける。

「……信也は、心では私を、嫌っているのでは」

「はぁ? 何で俺がお前のことを嫌いにならなきゃなんねえんだよ。意味分かんねーこといってんじゃねえぞ、馬鹿」

 信也はこつん、と標ちゃんの頭にこぶしをあてた。

「俺はお前のいい所も悪い所も知っている。全部ひっくるめてお前と一緒にいたいと、一緒に馬鹿をやりたいと思っているから俺はお前といるんだ。当たり前だろうが」

「信、也」

 一瞬、標ちゃんの表情が揺らいだように僕には見えた。

「……はは。何か俺たちだせぇよな」

 信也が照れくさそうに頭をかく。

「何を今さら。取り繕う相手なんて僕たちにはいないじゃないか」

 そんな信也に頬をかきながら応じる僕も、照れ臭さを感じていて。

「二人とも、子供」

 標ちゃんはそっぽを向いたまま、一向に僕たちに顔を見せようとしない。

 何の前触れもなく、闇夜に言葉が響く。

「鳰鳥さん、ど、何処!? 置いていかないでー! く、暗い、怖い! い、今なんか動いた! 誰か、助けてよう!」

 僕は苦笑した。信也も笑った。標ちゃんだけがいつものように笑っていない。

「成瀬さん、動かないでそこにいて! 今行くよ!」

 気恥ずかしさを振り払うように、僕たちは今回の立役者の一人の元へと駆けだした。

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