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レイエス  作者: うさぎ
16/20

4章②

「うー、くー……。やりすぎだよ……」

「自業自得よ。本当、殴りつけたいぐらい」

 赤くなった頬を抑えて蹲った空がぼやくが、私の怒りは収まりそうもない。

「何よぅ。何が駄目なのよぅ」

「全部よ! むしろあなたの意見のどこに理解を示せる個所があるのかしら!」

「うー。そ、そういうけど! じゃ、じゃあくーが私の立場だったらどうするの!」

「空の立場?」

 問い返す私に、空は勢いよく立ち上がった。

「そうだよ! 友達の行方が分からなくて、それを知っている人がいる時! 当然、聞きに行くでしょう!」

「その相手は真剣で斬りかかってくるような人なんだけど! そんな無謀な行動はしないわよ、普通は!」

「う……」

 たじろむ空に向かって鼻を鳴らした。

「ふん。何を言っても無駄よ。あなた程度に言い負かされる私じゃ——」

「……更に目の前にはくーを庇って剣でなぎ払われた私が床に」

「這ってでもそいつを殴りつける」

「同じじゃん!」

 空は私に向かって勢いよく指をさし出した。

「あ。今のなし」

「なしにならないよ! もっと自分のいった言葉に責任をもとうよ!」

「失敗、失敗……えへ」

「気持ち悪いよ! ていうか、何そのポーズ! 高校生がやる仕草じゃないよ!」

……言うじゃない。言葉を捲し立てる空の全身を、たっぷり時間をかけて隈なく眺めてやった。

「な、なに?」

 十秒。そろそろ頃合いか。

「ふう……。全身お子様体型の空に言われたくないわね」

「な、な、な……! 他にいいようがあるでしょう!」

「同年代の高校生に比べて、発育が著しく遅れている空に言われたくないわ」

「更に悪く言われた! く、くーみたいに身長が高い方が変ですよーだ!」

「……あら。やるっていうの?」

「……ふふふ。いつかくーとは白黒つけないといけないと、って思ってたんだぁ」

 脳裏で鳴った試合開始のゴングとともに、お互いの体を掴みにかかる。髪を引っ張る空に負けじと、手を彼女の頬に伸ばしてそのまま横にめいいっぱい引っ張った。

「ひゃぁ、ひゃぁ、ひょお、ひゃなしなひゃいよ!」

「はぁ、はぁ、あなたこそ、私の髪、離しなさい!」

「ひょーし、しゃあ、ひひ、に、しゃんで、おひゃがいへをひゃなす、ひひはね!」

「わかったわ、一!」

「に!」

『三!』

 お互いの手が相手から離れる。

「……うう。昨日も思いっきり引っ張られたし、延びたら絶対責任とってもらうんだから!」

「責任ってなによ」

 ぐしゃぐしゃになった髪を手で梳きながら、気のない返事を空に返した。あーもう、傷んだらどうしてくれるのよ……。

「……えーと、お嫁?」

 むせた。

「げほっ、げほっ! あなた、本当に意味分かって言ってる!?」

声高に叫ぶ私とは対照的に、空は暢気に首を傾けるだけだ。

「なにが?」

「な、何って、あなたが今言ったこと以外にないでしょう!」

「今言ったこと? ……えーと、私がくーにお嫁にいくって言いだして……ん? 女同士でお嫁? 何かの劇の話だっけ?」

「……分かったわ、この感覚。牧さんだわ。このやりとり、牧さんを相手にしたときにそっくりなんだわ……」

「牧さんって、牧詩織さん? 私、そんなに牧さんと似てる?」

えへへ、と照れたように空が笑う。ひ、皮肉が相手に皮肉と伝わらない。やはり病気というものは、気づいた時には手の施しようがないものなのね……。

「何でそんな重病患者を見るような眼で私を見るの? というかくー、牧さんと知り合いだったんだ。初耳」

「何故だろう。そう聞かれると知り合いだと答えたくないのは。……ちなみに昨日壱岐君に告白したの、その牧さんよ」

 こっちの気も知らずに勝手に一人で突っ走った罰だ。私は空に少し意地悪をすることにした。

「へぇ!? 牧さんが壱岐君のことを酷薄したんだ……」

「そうよ。牧さんが壱岐君に告白って……ん?」

 おかしい。恋焦がれる片思い相手が誰かに告白を受けたというのに、空の反応がいやに淡泊すぎる。しかも言い回しもどことなく妙だったし。

私が疑問の表情を浮かべる中、更に空はしみじみとした様子で言葉をはいた。

「くー。人って、見かけによらないものなんだね……」

なにその妙な悟り! 普段「わあい、ひこうき雲だぁ」とか言っているあなたは何処にいってしまったの!?

「いよおうし。明日、ビシッというわ! 壱岐君はものすごく思いやりがあって、そんな酷薄される人じゃないよって!」

 ……。…………。………………なるほど。そういう、ことか。

「空」

「拒否します」

「いや、聞きな——」

「断固、拒否します」

 空は両手で耳を防ぎ、後ずさりながら私から遠ざかった。

「……」

「あ〜。本日は〜晴天ナリ〜」

 空を見上げてみた。

確かに星を頂く空という意味でまごうことなき星天である。だが空のいう晴天では決してない。

 空の手を耳から無理やり手を引き離した。

「きゃ! な、何するの!」

「こ、く、は、く、よ。相手を酷くいう酷薄じゃなくて、愛の告白!」

「うう……」

空の目元にじわっ涙が浮かぶ。ああこの表情、写真に撮りたい。こんなことならカメラ付きの携帯を買うんだった……って違う。これは流石にやり過ぎだ。

「空、そんなに泣かなくても結果は」

「くー」

 私が続けようとした言葉を、空は幾分か強い口調で制した。

「その先は聞かせないでほしい、かな。壱岐君が牧さんの告白を受けた……っていうのも嫌だけど、できれば牧さんがその、振られたって話も私は聞きたくない」

「そうは言うけど。それじゃあ、あなたはこのまま何もしないの?」

「そ、それは」

 困ったように空は目を伏せた。……本当に、手間のかかる。

「振ったわよ、壱岐君」

「あー! 言わないで、って私言ったのに!」

 空が眉をつりあげて私を睨む。彼女は本気で、怒っていた。

 昼の時もそうだった。あの時もこの心やさしい女の子は、今と同じように片思い相手から恋敵への仕打ちの冷たさに酷く憤慨していた。……でも牧さん、悪いわね。空と違って私は、空以外の味方になるつもりはないわ。

「で、感想は」

「……いけない、ことなのに。ちょっとほっとした」

 何が悪い訳でもないというのに空は俯いて地面に座りこんだ。本当にいい子すぎる。

「ちょっと! 何で頭撫でるの!」

「別にー。いいじゃない。ほら〜、うりうり〜」

「も、もう! くすぐったいからやめてよ!」

 必死に私の手を払いのけようとする空に苦笑した。

「成瀬」

突然響いた声にびっくりして声の響いてきた方を見ると、鳰鳥さんが立っていた。

「あなたに話がある」

「え、私に?」

 鳰鳥さんはいつもと変わらない無表情のまま、ほんの微かに首を縦に動かした。

空に向かってあなたに、と言った鳰鳥さんは当然私をお呼びでないのだろうけど……空と彼女、こんな対称的な人同士を二人きりにしてもいいのかしら。

「ふふっ。大丈夫だよ、くー」

 表情から私が何を言いたいのか予測したのだろう。空は私を見ながら笑って立ち上がった。まあ、本人がいいというのなら無理してつき従うこともない。

「じゃ、私は一足先に帰るわね」

「へ? ……あ、なるほど。うん、今日はありがとね、くー」

「別にあなたのためじゃないわ。それに、あなたがそれを言うのは筋違いよ」

「そうだね。じゃ、行こう鳰鳥さん」

 強く、私に手を振る空に手を振り返す。

 そうして二人の後ろ姿が完全に見えなくなって、私は暗闇へと目を向けた。

「行ったわよ、二人。出てきたら、高倉君?」

 黒染めに彩られた空間で、炭のようにまっ黒なものがピク、と動く。

「……何で俺がいるって分かった?」

 少々訝しげながらも、あっさりと高倉君は私の前にその姿を現した。

 別に分かっていた訳ではない。ただなんとなく彼がいるような、私が彼なら同じように隠れると思ったから闇に声をかけてみただけだ。……なるほど、確かに彼が言うように、私は彼と似ているのも知れない。

「? なんだよ、いきなり笑いだして」

「別に? 話があるんでしょ。さ、どーぞ」

 高倉君は一瞬、むっと顔をしかめたが、すぐに顔を引き締めた。

「鬼灯、俺にはやっぱり理解できない。お前は友達を助けるのに理由なんかいらない、と言った。けど本当にそれだけでここに立っているのか? お前は全くプールの裏の部分を知らないでここにきた成瀬とは違うだろ。お前の打算は……なんだ」

「随分と知ったふうなことをいうのね」

「知ってるんだよ。俺はお前の調査をしたんだから。……圭介も成瀬も、勿論お前も一度プールに関わった以上、もう今までと同じ日常には戻れない」

差し伸べた手を次は差し伸べないないなんて偽善はもう通用しない。なのに何故。

彼はそう、続けた。やれやれ。そんな言葉まで——そっくりだ。

「私も一つ、いいかしら?」

「何だよ」

「もし壱岐君に妹さん……沙耶ちゃんがいなかったら、あなたは自分をプールから連れ出そうとする彼の手をとるのかしら?」

「やめろ。俺はそんな話をしにきたわけじゃねえ」

「答えて」

 高倉君は小さく舌打ちをして、はき捨てるように言葉を言った。

「……とるわけなんかねぇだろ。だれが親友を死地にいざなうような真似するか。お前みたいにな」

 成瀬はお前が巻き込んだんだ、そう彼は結んだ。

「やっぱり。あなたと鳰鳥さん、なんだか壱岐君の保護者みたいよ」

「何だと……」

 彼の声に怒気が孕む。そんな彼に私は嘲笑をもって返した。

「違うとでも? 彼が攫われでもすれば己の命を賭してでも助けに向かうのに、自分が助けてほしいときには彼を関わらせようともしない。大した友情ね」

 必死でいい返そうとした高倉君だったが、言葉を発することなくすぐに顔を俯かせて押し黙った。やっぱり、こうなっちゃうか。

「——ある時、この世界は砂漠で自分は一人そこに取り残された人間なんだ、そう思っていた少女がいたわ」

「……鬼灯?」

「いいから聞きなさい。……喉を潤す水はなく、強い風を遮るものはなく。その子は自分のことを生まれた時から一人だとずっと思っていた」

何故私はここにいるのだろう。どうしてここにいるのだろう。そんな疑問は既に何処かに捨て去っていた。

「でも、あるときオアシスを見つけたの。そしてそこには言葉の通じる一輪の花があったわ。その花と話すのはとても楽しかった。当然よね、その少女は嫌われるのが怖くて楽しい会話しかしようとしなかったのだから」

 その花の好きそうな話題を必死に模索した。嫌われないように、努力をした。

「でもある時、その少女はその場所から去ることにしたの。これ以上そのオアシスにとどまるのが悲しくなってね」

その花と同じ種類の花はそこらじゅうにあった。

花は少女と違って孤独ではなかった。

「自分とは生きている世界が違うんだ、そう思ったのよ。でもね、花はそこから動くことすらできないはずなのに、少女を追ってきた。何でそんなことができたと思う?」

 いったん言葉を切って彼を見た。彼は何も、言わない。

「あなた一緒にいたいから、そう願って花であることを捨てたの。花だった少女は笑って言ったわ。『見せてあげる。決して世界は砂漠なんかじゃないよ』ってね」

「そんなことを花になった少女は……その花は言ったのか?」

 問い返す彼は私を見てはいない。高倉君は必死で「今」を見つめている。

「ええそうよ。そしてその花の言う通りだった。世界を砂漠だと思っていた少女は、殻に閉じこもって世界を見ようとしなかっただけだったのよ」

「……その少女は後悔しなかったのか。自分の世界にその花を巻き込むことを」

「ええ。だって少女は知っているんですもの。その花と過ごす日々がどれだけ大切で、どれだけ代えがたいものなのかをね」

 彼女の笑い顔があるから日々が楽しい。彼女がいるから、今がある。

「——花は、後悔しないのか。少女の世界に飛び込んだことを」

 高倉君の声は震えている。でもそれ以上に彼の肩はもっと震えていた。

「そんな未来のことは分からないわ。でも、今差し伸べられた手を掴むことはできる。同じ時をともに泣いて、笑って、怒ってくれる人がいる」

「その手を掴むことがそいつを……不幸にするって分かっていてもか?」

「今を守れない人間に未来を守れるはずないと思うわ」

 そう、これは疑いようもなくあなたの話だ。——あなたは、過去の私だ。

 高倉君は私の目をじっと見つめた後、小さく言葉をはいた。

「強いよ、お前は」

「そうね、少なくともあなたよりは強いわ。……だから、強くなりなさい。先を歩く私に追いつくぐらいには、ね」

にべもない私の言葉に、高倉君は力のない笑みを浮かべるだけだった。

「それじゃ、私はもう帰ってもいいかしら?」

 身を翻して去ろうとする私に、呆れたように高倉君が声をかける。

「圭介が悲しむぜ? 助けてもらったのにありがとうの一つも言えなかった、ってな」

「いいわよ、そういうの。柄じゃないし」

「いいじゃねぇか。感謝されるってことはいいもんだぜ?」

先ほどまでの弱さなど微塵も感じることはない。……あなたは十分強いわよ。

彼の本音を聞いてしまったこともあるのだろう。本格的に疲れていた私は、つい本音を漏らしてしまった。

「ハズいのよ」

「……は?」

「壱岐君とか空とか、真っ直ぐ過ぎて時々見てられないの」

「ほ、鬼灯……?」

「妙に脆いとこあるし。だいたい無条件で『困った時は力になる』なんて言われて、見捨てることなんて私には……はっ!? あたしは何を!」

 高倉君は目を瞬かせるのを見て、遅すぎる後悔の念が私を襲う。

「お前……」

「何よ! どうせ捻くれているとか思ってるんでしょう! ええ、ええ、どうせ私は性格が歪んでるわよ!」

「ちょっと待て! なに勝手に曲解してきれてんだよ!? 俺そんなこと一言もいってねぇだろうが!」

「言ってるわよ! その目が雄弁に語っているのよ!」

 もうやけっぱちだった。ああっ、こんな奴に私の唯一の弱点を知られるなんて末代までの恥だわ!

「お前、標なみに理不尽な奴だな……。でも俺はそんな鬼灯、結構可愛いと思うぜ」

「〜〜っ!?」

 何気なく口に出された言葉に顔が爆ぜた。

「な、何を言ってるのよ! だ、黙らないと叩き潰すわよ!」

「おー、恐ぇ。……じゃ、叩き潰されない内に長年のけりをつけに行くとするか」

「ふん。せいぜい頑張りなさい」

「おう!」

 こぶしを振り上げて駆けていく背中を見送る。もう彼の姿は、私には見えない。

「……なによ。私なんかより高倉君の方がよっぽど甘い人間じゃない。ねぇ?」

 差し込む光の先、照らす月を見上げて私は問いかけた。

「あなたにもさ。もし思念、感情っていうものがあるなら、ちょっと祈ってあげてくれないかしら。彼に救いの手を掴む勇気を、って」

 答えるものはない。

けれど、今はもう夜をそんなに嫌だとは思わなかった。

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