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レイエス  作者: うさぎ
15/20

4章①

「部屋の明かりをつけるスイッチは……これね」

この部屋が牢屋の近くにある最後の部屋だ。

空蝉さんの声とともに部屋に明かりが灯る。暗闇が一瞬にして消え、あまりのまばゆさに目が眩んだ。

既に三度経験したものだが、目は一向にこの視界の変化に慣れない。手で瞼を擦りながら目をあけると、部屋の入り口付近に標ちゃんが奥には信也が縄で縛られたまま横たえられていた。

「標ちゃん!」

 信也の方は二人にまかせて、僕は標ちゃんに駆け寄った。

どうしても自分の目で彼女が無事だと確かめたかった。目を閉じている彼女はいつものように凛とした雰囲気をもっておらず、容貌がみせる人形めいた美しさに背筋が冷える。

まず、体を圧迫している縄を解こうとしたが、指と指とがぶつかりあうばかりで縄は全く解ける兆しがない。……落ちつけ、落ちつけ!

はやる気持ちを抑えて、もう一度縄を解きにかかる。手は依然として震えたままだったがそれでもなんとか、僕は標ちゃんの体を縛っていた縄を解くことができた。

「標ちゃん、標ちゃん!」

 その華奢な体を強く揺さぶると、ほどなくして彼女の瞼がゆっくりと開かれた。

変化は顕著だった。

 まず、瞳がしだいに光を取り戻していった。

標ちゃんは虚ろな瞳をしばし宙にさまよわせたあと、最終的に目の前の僕へと固定した。同時に陶磁のような白い肌がほんのりと桜色を帯びていく。その様子にしばし見とれていると、突然僕の体全体がふんわりとした甘い匂いに包まれた。

「え、ちょ、ちょっと?」

 僕の体と標ちゃんの体が密着する。背中に回された彼女の手が慈しむように僕の背中を撫でた。

「圭介。私は、大丈夫だから」

「……標、ちゃん?」

 僕がもがくような仕草をみせると、あっさりと標ちゃんは体を離した。離れていく感触をほんの僅かに残念に思いながら、真意を探るべく彼女の瞳を見つめた。

彼女の水晶体には僕の顔が映っている。そこに映っている僕の顔ははとても情けなくて、ひどい顔だった。

「壱岐君、あなたが心配されてどうするのよ……」

 空蝉さんがいかにも呆れた、といった感じで声をかけてきた。

「ごもっともです……。空蝉さん、信也は?」

「ああ、彼なら——」

「平気だ」

 少し離れた所から信也の声が聞こえた。声のした方向に目を向けてみたが、そこには腰をおとした成瀬さんしか視界には入ってこない。

「成瀬さん?」

「……」

成瀬さんは何かに夢中になっているようで、こちらの声が聞こえていないようだ。少し体を動かして視線をずらすと、傍に体を横たえたままの信也がいるのがわかった。なるほど。成瀬さんは信也の縄を解いているのか。

そのとき、信也と目があった。

「ひどい顔だぜ、圭介。だっせー」

 信也が、からからと僕を見て笑う。

「そっちこそ。ひどい恰好だね、信也」

 同じように笑みを返す僕を見て空蝉さんが肩を竦めた。

「……安心した?」

「うん。信也も無事みたいだね」

「ほら、壱岐君。分かったらそこどいて」

空蝉さんはそういうと床へと腰を下ろした。同時にずい、と脇に押しやられる僕。既に彼女の目は僕ではなく標ちゃんの方に向いている。

「鳰鳥さん、平気? 怪我とかはない?」

「問題ない」

 彼女の問いかけに標ちゃんが小さく首を縦に振る。

「そうみたいだけど……一応体、確認するわね。いい?」

「任せる」

関節を曲げたりしながら、空蝉さんがてきぱきと標ちゃんの容体を調べていく。僕なんかより彼女の方がよっぽど保健委員らしかった。

僕はすることもなくて、信也にアイコンタクトを送った。

(信也)

(……? ん、なんだよ。役立たず)

 すぐさま返事が返ってくる。信也自身も暇だったようだ。

(男ってさ。いざとなったら何もできないね)

 信也はそらでなにかを考えるそぶりをみせた。そうして空蝉さん、標ちゃんと視線を向けて最後に成瀬さんを見て、

(返す言葉もねぇ)

 そう、言った。

 女の子たちにわからないように二人して苦笑する。

「ん。よかった、本当に大丈夫みたいね。……空! 高倉君の縄、解けた?」

空蝉さんの声が聞こえてきたため、僕らはいたずらをする子供のように目配せをしていったん視線での会話を切り上げた。

「これで最後の一本! ……よし、終わりっと。高倉君、動ける?」

「おう、問題ねぇ。サンキュ、成瀬」

「ううん、気にしないで。それより縛られていた部分は痛くはない?」

「それはちょっと痛てぇかな。あー、体がだりい……」

 信也は立ち上がって気だるそうに大きく伸びをすると、僕らのいる方へと近づいてきた。その後ろを成瀬さんが続く。

「で? どうなってんだ? これは」

「えーと。どこから話したらいいんだか」

当惑して空蝉さんと成瀬さんの方をみる。二人ともどう言ったらいいか分からない、という感じでかぶりを振った。

「俺は何でこんなところで縛られているのすら分かんねぇんだが。標も同じだろ?」

「同じ」

「なら、今回のことを初めから話すけど。かなり長くなるよ?」

 二人に今まであったこと——僕が捕まった理由、信也の情報の漏洩はプールの工作だったこと、曳野君のこと……僕は成瀬さんと空蝉さんのフォローを受けながらとにかく二人に全てを話した。

 始終微動だにせずに僕たちの話に耳を傾けていた信也と標ちゃんだったが、長い話が終わっても二人はしばらく黙ったままだった。

『……』

 誰も何も言わない。何が言うべきことなのか、何が言わざるべきなのか、僕たちは分からなかった。

数刻ののち、信也が石のように重く閉ざした口を開いた。

「……まさか曳野の野郎が出てくるなんてな」

「どんな可能性も留意すべき、だった」

『……』

 空蝉さんは脇腹を押え、成瀬さんは肩を震えさせた。

僕とて例外ではない。いつの間にか手を彼の剣をうけた首筋に添えていた。その人物の名に皆が皆、底冷えしていた。

「信也も標ちゃんも曳野君のこと、知ってるの?」

「まぁ、な。成瀬」

「? なに、高倉君?」

「プールがただの組織じゃないってことはもう理解できているか?」

「うん……彼らにとって人を誘拐することは、きっと何でもないことなんだね」

申し訳なさそうに、成瀬さんは僕を見ながら信也にそう答えた。

一日の内で彼女は二度も殺されかけたのだ。どんなに頭で認めたくなくても、体に染みついた恐怖は簡単には拭い去れないだろう。

「どんな組織にだって本音と建前はある。組織を大きくしようとするのなら、野望や野心は不可欠だ。ただプールは表と裏が広がりすぎちまっているんだ」

「でも、プールは非政府組織・非営利を謳う第三次派閥でしょ? そんなの——」

「その認識は正確ではない。プールは社会の利潤を是とする独立研究機関でしかない」

小難しい言葉を使う標ちゃんに成瀬さんが首を捻る。

「あのごめん、鳰鳥さん。どういう意味?」

「ソートに関する司法、行政、立法の三権は全てプールが掌握している」

「それじゃあ、プールが何をやっても自由ってこと? そんなのおかしいよ……」

 ソートを取り扱うのはプール。それを当たり前のことだと感じている僕と、そのことに異議を唱える彼女のいったいどちらが真の異常なのだろうか。

「でも、そうは言うがな成瀬。ソートなんてものは、グローバル化が進んで文化や民族が交りあったこの世界じゃもう縛れないんだよ」

「縛れない……」

「世界には様々な生活様式や伝統、思想がある。同じ宗教ですら国によって違いが生まれるんだ。そのどれも否定することなく纏めるには、力で支配するしかないんだ」

 信也は自嘲気味に言った。

誰だって望んではいない。でも国や地域が、政府組織や営利組織を生み出さないようにするには、他の追従を許さないほど強大な力を作るしかなかった。

「全てのレイエスやソートの情報はプールによってのみ管理され、不可侵にして絶対。反逆すればそれ相応の制裁を受ける。——曳野はな、そこの暗部の人間なんだ」

 プールによって、他人の生殺与奪までも許された人間。人であって、人でなし。

「だから、そんな奴から圭介を助けてくれてありがとうな」

「そ、それは違うよっ! 助けられたのは私!」

 深々と頭を下げる信也に向かって、成瀬さんは胸の前で大きく手を振って否定した。

「そうか? 圭介はどう思う?」

 そんなの、決まっている。

「十分助けられたさ。本当にありがとう、成瀬さん」

「も、もう! 壱岐君まで!」

「成瀬は今回の件でレイエスなんかこりごりだと思うかもしれねぇが、俺は好きだぜ。どんな物質も誕生とともに星の加護を受け取り、死んだら星に返す。もっとも、俺はソートなんて持ってねぇけどな」

『……』

 その場にいた全員が押し黙る。

 それが自分を縛る枷になっても、信也はそう言ってのけた。

「……なんでも利用としようとする方がおかしいのかもね」

 空蝉さんがしんみりと、そう口にした。

「わかってるじゃねぇか鬼灯。さ、無駄話はこれぐらいにしてこれからのことを考えようぜ。標、結局俺たちどうなるんだ?」

「確認をとる」

 標ちゃんが携帯を取り出して、プール幹部の人間に指示を仰ぐ。

「……『保護対象の能力順化のため対象以下コンデンサー五人の日常の帰化を第一優先にする』とのこと」

 電話を切った標ちゃんが口にした言葉は、やはり訳の分からないものだった。

「能力順化? 何だそりゃ」

「本人に問うのが一番早い。……圭介、何かソートに変化があった?」

「ソートに変化?」

 そういえば人の気持ち以外の感情が視えるようになったんだっけ。うわっ……意識したら何だか頭が痛くなってきた……。

「思い当たる節あり、ってことか」

「……さっき私が心当たりないか聞いたときは『何もない』って言わなかった?」

 羨望とも憐憫ともとれる複雑な面持ちで信也が僕を見る中、空蝉さんに非難の言葉を浴びせられた。

「い、いや、まさかあの時はこれが理由だなんて思えなくて。曳野君は確かに気づいていたようだけど、それをプールに報告したりなんて暇はなかったし」

「だから私たちは監視されていた、って言ったじゃない。あなた自分だけが例外だとでも思っていたの?」

「待てまて、鬼灯。お前たちがプール上層部の監視を受けていた、つーのはお前の仮説を信じるなら、だろ。実際のところ、どうだ標?」

 標ちゃんは信也に話を振られて首を僅かに左右に揺らした。それに伴い、短く切りそろえられた彼女の髪が僅かに揺れる。

「ありえない話ではない」

「そうか。本当に監視されていたんなら、まあ……圭介が曳野の剣を避け続けるっつー行為は、かなりプールの上層部には奇異な光景に映っただろうな」

奴は暗部の人間だからな、信也は僕を見ながらそう言った。

「そっか。でもこのソート自体、何かいつもと違うんだけど」

 今まで僕のソートは人……ブレエスに対してしか発動しなかった。

それがそれ以外のモノ、グレイスにも発動するようになったのがまず一点。自動で発動する今までのソートと違い、こちらは意識しないと使えないのが一点だ。

「シフト」

『シフト?』

 標ちゃんと信也を除いた三人の声がかぶる。

「シフトって何? 標ちゃん?」

「主たる主観の副次的固有視点概念の総称」

『……』

 みんなの視線が信也に移る。そんな信也は緩慢な動きで頭を掻いた。

「なんで俺にばっかりこんな役目が……。あー、ソートは確かに一つの物体に一つしか持てないが、使い方なんてソートのある奴にとっちゃ千差万別だろ? つまりそういうこった」

「それだけ? なんかこれ使うと、頭が痛くなったりしたんだけど」

「その言い方、投げやりすぎるよ!」

「あなた、それが説明になっていると本当に思っているのかしら?」

 三者三様に全く別のことを口にする僕たちを見て、きちんと説明しないと収拾がつかないとでも思ったのだろう。信也は嫌々、言葉をつけ足した。

「ソートは心象で思い浮かべたイメージが現出したもんだろ。けど実際に力として起きる物理現象を目にすれば、その二つや三つは必ず自分の想定外のモノであるはずだ」

 僕たちを見渡す信也に対して僕、成瀬さん、空蝉さんの三人が同時に頷く。

「そうなると現出したソートに別の使用願望が生まれる。ソートは目的のために現出するものだが、シフトはその現れたソートに目的を合わせる後発的なものつーわけだ」

「それって私たちにも起こりうるの?」

 空蝉さんが嫌そうに自分の体を抱えこむ。

「強い意思があってソートが発現している奴なら、起こる可能性はあるだろうな。そしてソートがシフトを起こすと、圭介のように頭痛を訴える例も報告されてる」

なんだ、別に僕がおかしい訳じゃないのか。すっかり安心しきっている僕を信也が殴った。

「な、なにするんだよ、信也」

「人の話は最後まで聞け。いいか圭介、枝葉に分かれた時点で二つのソートは違うベクトル上に存在するもののはずだ」

 確かにそうでないと、進化の上で生物は全て同じ種ということになってしまう。人間は猿と同じ種だと言われて納得する人はいるだろうが、ミジンコと同じ種だと言われてはいそうですかと頷く人はいないだろう。……ん? ということは。

「今の僕、コンデンサーとして本来あり得ない二つのソートを持った状態ってこと?」

「そうだ。感覚を広げるなんて行為は体に負荷が絶対かかってる。そのシフトはオートで発動する類のもんか?」

「いや、意識しないと使えないけど」

「なら二度と使うな。お前のソートはその状態が普通なんだ。今言ったように、過ぎた力は自身の破滅を生むだけだ」

「でもそれをプールは定着させるように、って言ってきたってことは……」

「当然使え、ってことなんだろうな……ち」

 信也の険しい顔を見ながら、空蝉さんが首を傾げた。

「ねえ、高倉君。ソートなんて個人のものでしょう。壱岐君がソートをどう使うかなんてプールにはわからないんじゃないのかしら」

「鬼灯。学園はプールの支配下にあるんだぞ? 暗部の人間である曳野が表だって動いたのがいい証拠だ」

「……よく分からないわ。曳野君が壱岐君を監視するってこと?」

「今後における曳野陽の役割は、私たちの反抗を力で抑止するために用いられるものと思われる。——実際に監視の任を負うのは、おそらく成瀬」

「わ、私?」

 突然出た自分の名前に成瀬さんが驚いて後方へと後ずさった。

「お前は『優良生』だ。学園側から多分、今回の件をちらつかせた脅迫を受けると思うぞ。多分『要留意生徒』である俺の周囲を見はれ、なんて言われ方で」

「そんな……」

 成瀬さんの顔が強張る。

そんな成瀬さんを皮切りにして、沈黙が辺りを支配した。


「……しかし。要留意生徒というのは、普段軽率な行動をとる信也を実に的確に表しているといえる」


『……は?』

 だからなのだろうか。突然の標ちゃんの言葉に、僕らは誰一人うまく反応することができなかった。

「今日もホームルームを欠席して屋上で寝ていた」

「っておい! 鍵開けたの、お前だろ!」

「私には信也の監督責任がある」

「お前俺に寄りかかって寝てたじゃねぇか! 監督する気ゼロじゃん!」

 あの、二人とも。今はそんなことよりもっと考えることがあるんじゃ……。しかし僕の願いとは裏腹に、二人の諍いはどんどん白熱の方向に向かっていく。

「それは結果。いきつく過程が重要」

「お前、前に結果が全て、とか言わなかったか!?」 

「勿論。だから信也は、結果的に要留意生徒ということになる。だからこの言葉は、実に信也のことを的確に表している、と初めに言った」

「なあ殴っていいか」

 だめだ、僕一人ではこれを止められない。事態の収拾を計るのを手伝ってもらおうとして、すがるような思いで成瀬さんたちのいる方向へと顔を向けた。

「ちょっと空! 落ちつきなさい!」

「うー! 止めないで、くー! そんな、お昼寝をするためにホームルームを無断で欠席しただなんて、許さないんだから!」

そこには成瀬さんを羽交い締めにした空蝉さんがもがく彼女を必死で押さえていた。あの、あなた方はいったい何をされているのでしょうか。

「壱岐君! なに、ぼさっとつったってるの! この子を抑えるの手伝いなさいよ!」

 空蝉さんに檄を飛ばされ、慌てて彼女の加勢に加わる。空蝉さんと二人で成瀬さんを押さえながら、僕は諸悪の根源たる標ちゃんを恨みがましく見つめた。

「標ちゃん、なんで今そんなこと——」

「そして、圭介も要留意生徒に指定されるべき」

「へ?」

「信也と同レベルで軽率。更には心配性」

「うおい」

 標ちゃん。しまいには温厚な僕でも怒るぞ。

しかし僕が声をあげる余地も早く、標ちゃんは告げた。

「心配しなくても信也や圭介には、私がいる限りプールには何もさせない」

 僕や信也はおろか、成瀬さんや空蝉さんまでもが言葉を失う。

「杞憂」

 ただその言葉は僕たちにではなく、まるで自分にいい聞かせるように僕には思えた。

それにそんなこと言われると、一度は捨てた二人をプールから救う方法を僕はまた考えたくなるじゃないか。このいつだって無表情の女の子が笑えるような、そんな道を。

「……成瀬、罰則なら私にいい考えがある」

 考えあぐねる僕の方を無言で見続けたあと、標ちゃんは成瀬さんに声をかけた。

「え、なに?」

 成瀬さんが暴れるのをやめ、何気なく標ちゃんに言葉を返す。……待て。何だこの感じ。なんだかすごい嫌な予感がするんですけど。

 信也と目が合う。信也は信也で顔からだらだらと汗を掻いていた。

(何だろう信也。胃から何かがせり上がってくるこの感覚)

(何だろうな圭介。このいいようもない胸騒ぎは)

言葉なんかいらなかった。そんなものが無くても、僕ら三人の心は通じ合っていた。

「罰は幸福堂のパーフェクトパフェにするのがよい」

『うぎゃあああああああ!? やっぱりそれかぁあああああ!』

 僕と信也が恥も外聞もなく叫ぶ。さすがの成瀬さんもすっかり青ざめていた。

「あ、あの見るものを震撼させるおなかにも懐にもやさしくないパーフェクトパフェ? や、やめようよ! それはさすがに自殺行為だよ!」

 しかし我らが標ちゃんはその程度で止まらない。

「しかし、それぐらいでないと罰則にならない」

「ふ、ふむう」

 たった一言で、成瀬さんは標ちゃんに丸めこめられていた。

成瀬さん、無茶苦茶弱い! というか標ちゃんが強すぎる! だ、駄目だ! 今ここで彼女を踏み止めさせなければ、阿鼻叫喚の未来が現実に!

「まて、成瀬! 思い返せ! 冷静になるんだ!」

「そうだよ! 成瀬さん冷静になって!」

 必死で止める僕たちの前に、標ちゃんが立ちはだかる。

「信也。圭介」

「な、何だよ」

「な、何かな、標ちゃん?」

「正直、見苦しい」

『横暴だぁあああ!』

 悪魔だ。悪魔がここにいらっしゃる。

「……あの、ちょっといいかしら」

 一人、蚊帳の外にいた空蝉さんが静観をやめて口を開いた。

「ホームルームサボったことに対する罰なんでしょう、これ。なら当然、鳰鳥さんも食べるのよね?」

『おおっ!?』

 空蝉さんの素朴な疑問に周囲から声が上がる。詰んだ将棋をひっくり返す、みごとなちゃぶ台返しだった。

『……』

 全員が無言で恐る恐る標ちゃんを見る。彼女は相変わらずの無表情だ。

「し、標? 発言を撤回するなら今の内だぜ?」

 先陣を切ったのはやっぱり信也だった。だけど。


「二言はない。私も謹んで罰を受ける。……私たちは、いつでも一緒」


 ——完全な詰み、だった。

いつでも、一緒。そう……標ちゃんの言うように僕たち同じ道を歩んできて。それはこれからもずっとずっと、変わらないのだから。

僕は知っている。この有能なリーダーを信じている。きっと彼女は颯爽と、ものの見事にこの件のかたをつけるのだろう。いつもの、ように。

「信也。僕たちの負けだよ」

「圭介!? お前、本気か!?」

 標ちゃんがやろうとしていることは、きっと僕ではできない。けれど同様に、標ちゃんにはできなくて僕ができることも必ずある。それを考えることから始めるのも悪くない。僕はそう、思った。

「……ん? でもヴィクトリー、いやパーフェクトパフェに関してだけはただ標ちゃんが食べたいだけなんじゃ」

「——圭介は今回、皆に迷惑をかけたので特別にもう一つ追加」

「な、何で!? 標ちゃん、僕を殺す気!?」

「知らない。……色々と察しの良すぎる圭介が悪い」

「え? 何、標ちゃん?」

 何でもない、と小さく首を横に振って標ちゃんは僕から目を外した。……何だ? 標ちゃんは今何ていったんだ?

「ようし、私も壱岐君たちに負けてられない! 明日、学校に行ったら曳野君をみんなにきちんと謝らせてみせるよ!」

首を傾げる僕とは対照的に、同じ言葉を聞いて拳を握りしめながら気合を入れる方がいらっしゃった。

『……』

発言者を除く視線が激しく交差する。

(親友の空蝉さん、どうぞ)

(嫌よ。高倉君、ここに来る時みたいにあのアホの子をビシッと叱ってあげて頂戴)

(悪ぃが、あの奇人は俺の手に負えねぇ。こういうときこそ標、お前の出番だろ)

(言語が通じない相手に説得は不可能。圭介)

 堂々回って結局僕へと皆の視線が向けられた。人数は増えてもヒエラルキーは一番下位なんだな、僕。

「はぁ……。あの、成瀬さん、本気?」

「え? 当たり前じゃない、何言ってるの? 壱岐君」

 心底不思議そうに成瀬さんが首を傾げる。いえ、当り前では、多分ないです。

「曳野君も私たちクラスの一員だよ。委員長として責任もって指導するのおかしい?」

「いや、あの……」

いったいこの人はどういえば納得してくれるのだろうか。頭を抱えて思い悩んでいると、すっと僕と成瀬さんの間に空蝉さんが割り込んできた。

「御苦労さま、壱岐君。悪いんだけど、ちょっと先に行っててもらえるかしら。私、この子と話すことがあるから」

「え、あの」

「すぐ戻るから」

 僕の制止の声も聞かず、空蝉さんは成瀬さんを強引に引きずって闇へと姿を消した。

「ねぇ、二人ともどうす——」

 後ろを振り返りながら親友二人に声をかける。

「……あれ? 信也? 標ちゃん?」

けれど、そこには誰もいなかった。

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