プロローグ
告白をされた。
新年度早々、校舎裏で。
「以前からっ、ずっと……ふぅ、はぁ……壱岐君のことがっ、ふぅ、ふぅ……好きでしたっ! 私と、はぁ、はぁ……付き合って下さい!」
僕に告白をしてきたこの人の名前は、牧詩織さんという。
ただでさえ小柄なのにいつも周りの目を気にして体を屈めているので、やたらと小さく見える。見かけ通り人付き合いはあまり得意としていないが、いったん話してみると意外に表情が豊かで神経質さなんて微塵も感じることがない。責任感も強く何事にも真面目にとりくむ大いに尊敬すべき人、なのだが。
「はぁ、はぁ、あのっ……気が弱そうで決断力に欠けるし、人の目を見て話さない……ってみんなは言ってますけど、でも私はですねっ……あ、でも確かに壱岐君はちょっと周りの意見に流されやすい、かも……?」
――いろいろと残念な人でもある。
「……でも恋は盲目っていうし……で、でも! 惚れた欲目とか言われてもですねっ、あの、えっと……そんなんじゃないんです! ……けほっ、けほ!」
顔を真っ赤にしながら、なおも斬新な告白を続ける牧さん。
彼女は大真面目なのだろうがドッキリだったら面白いなぁ、などと失礼なこと(ある意味彼女のほうが失礼なのでは、と思わなくもない)を考えながら彼女の告白を聞き続ける。
ちなみに牧さんが息を切らせているのは彼女の体が弱いわけでも、怪しげなクスリを使用しているわけでもない。ただ単にこの場所まで走ってきたからである。具体的にはこの学園の屋上の辺りから。
無駄に長い始業式が終わって教室に戻ろうとした今から数十分前に、僕は牧さんに呼び止められた。そのまま僕は彼女に連れられて屋上まで上がったものの、僕たちは野外に出ることはできなかった。扉に鍵がかかっていたのである。
いくらなんでも、勇気を出して告白をしようとした結果がこれではあんまりだ。
そう思って牧さんに校舎裏を提案した結果、僕はものすごい力でここまで連れてこられ、彼女は息を切らしながら現在迷走中というわけだ。
だがまあ彼女が瞳いっぱい涙をためて、屋上の扉をガチャガチャいわせているのは見ていて辛かったし、これで良かったのだと思いたい。
「あの? 牧さん?」
そろそろ落ちついてきたのでは、というかそろそろ落ちついてほしくて僕は一人迷走トークに花を咲かせている彼女を止めに入った。
一応先生宛ての伝言は行きずりに出会った前年度のクラス委員長に頼んではいるが、できれば初日からホームルームをサボることになるのは避けたい。
「……壱岐君は確かに人と距離をおくところがあるようにみえるけど、でも困った人とか絶対助けて、それで……」
「牧さん、おーい?」
「……それに高倉君みたいな人と友達で凄いなぁ、と……ひゃい?」
ようやく届いた僕の声に可愛らしく牧さんが首を捻る。いや、ほんとに君は僕に何を告白したいの?
「な、なんでしょうか……?」
うん、そのセリフは君ではなく僕のものだと思う。
「あ。えっと……私のこと、覚えてくれていますか……? 去年同じクラスで。それに私、壱岐君と同じで保健委員でした!」
消毒液を怪我人に飲ませようとする人を忘れるのは、たぶん無理だと思います。
「あのっ、で、では壱岐君はおまんじゅう、好きですかっ?」
「う、うん。好きだよ」
思わず反射的に言葉を返してしまったけれど、どうしてここでおまんじゅうが出てくるのだろう。
「本当ですかっ、実は私も好きなんですっ!」
嬉しそうに眼を輝かせる牧さんには悪いが、「実は」も何も人に好きかを尋ねた食べ物を即座に自分は嫌い、と否定する人間は普通いない。
「良かった! 趣味合いますねっ」
はたして、おまんじゅう好きな二人を「趣味が合う」と呼んでいいのだろうか。
「それで、あの、わ、私の作ったおまんじゅうを毎日食べて下さいっ!」
これはプロポーズ的意味なのだろうか。……そうなんだろうなぁ。彼女の感情がそういう色で〈視える〉ってことは。
「……ほんと、嫌だな。このソート」
ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響く中、僕は青空の下で彼女に気づかれないように溜息をついた。