灰と椿の召使
昔々あるところに、一人の美しい娘がおりました。娘は父と母と三人で幸せに暮らしておりましたが、娘が六歳の時に母が病で死んでしまいました。それから程なくして父は新しい妻を迎えました。この新しい妻はとても美しい人でしたが、心は醜い人でした。父親の前ではとても良い人ぶるのですが、父が見ていないところでは本性を現し、何かにつけて娘をいじめておりました。また自分が何か失敗をしたり、悪さをしたりした時にそれを娘のせいにすることがあり、娘は時々謂れのないことで父から叱られてとても悲しい思いをしました。父は継母が気立ての良い人だと信じて疑っておらず、娘が継母に意地悪をされていると訴えても聞く耳をもってくれません。そんな暮らしを続けながら娘は十六になりました。
ある日、父が仕事でしばらく家を留守にすることになりました。父は継母に言いました。
「私が留守にしている間、家と娘のことは頼んだよ」
「勿論ですわ。この家のことも、可愛い娘のことも任せてくださいな」
その言葉を信じた父は安心し、家を後にしました。さてそうして父がいなくなると早速継母は娘に嫌味を言ったり、意味もなく叩いたりしていじめ始めました。
「ほらさっさと掃除をおし、掃除をすること位しかお前には能がないのだから」「ほらさっさと料理を作りなさい、料理をすること位しか能がないのだから」「まあなんて不味い料理でしょう。こんな料理を食べる位なら馬の糞を食べた方がずっといいわ」「ああ嫌だ嫌だお前がいるだけで折角の立派な家が汚らしくなってしまう」「ほらお前のせいで私の自慢の服が駄目になったじゃないの、責任とってちゃんと直しなさい」
まあ次から次へと意地悪なことを言います。おまけに家にあったお金を勝手に使ってやりたい放題、娘がやめてくださいと言っても聞きもせず「生意気なことを言うんじゃない」と言うのです。
そんな地獄のような日々が続き、やがて父が仕事から帰ってくる日が来ました。娘は父を迎えに行くことにし、そして継母に「一緒に迎えに行きましょう」と声をかけました。ですが継母は「私は少し具合が悪いから貴方一人で行ってきてください」と言うので仕方なく娘は一人で父を迎えに来ました。娘は久しぶりに優しい父と会えて大喜び、母も待っておりますと言って一緒に家まで帰りました。
さて、家へ帰りますと継母が二人を迎え入れました。ところがその姿を見て二人は仰天しました。何故か継母は体中傷だらけです。娘がどうかしたのですか、と聞くと継母は悲鳴をあげて泣き叫びます。
「自分でやっておいて、どうかしたのですかとはどういうことです。ねえ貴方、娘は継母である私のことをいたく気に入らない様子。貴方が仕事で遠くに出るや否や、私のことを殴ったり蹴ったり引っかいたりしました。そしてもしこの怪我を見て貴方にどうかしたのか、と聞かれたら外へ出かけている途中事故にあって怪我をしたと言えと私を脅しました。おまけに私のことをこき使ったり、家のお金を勝手に使ってやりたい放題したり……私がやめなさいと言っても『継母のくせに生意気を言うな』と言って聞きませんでした。私は一生懸命彼女に尽くしているのに、彼女は少しも分かってくれないのです」
勿論これは真っ赤な嘘です。娘はそんなことはしていない、と言いましたが父は信じてくれませんでした。
「何て酷い娘なんだお前は! 血は繋がっていないとはいえ、彼女はお前の母親だ。それなのにこんなことを……ええいこの親不孝者! お前のような奴はもうこの家の娘ではない。さっさと出ていけ!」
こうして娘はこの家を出ていくことになりました。しかし父も何も持たせず追い出すのは可愛そうだと思い、何かこの家から持っていきたいものはあるかと尋ねます。
「それでは暖炉の灰と、お母様が生前大切にしていた椿の花を一輪ください」
よし分かった、と言って父は暖炉にあった灰と母が大好きだった椿の花を娘に与えました。そして娘は十六年住んだ家を出ていきました。
娘は家の近くにある森の中まで歩いていき、そこにある小さな泉の前までやってきました。娘は森の土と家から持ってきた灰を泉の水で混ぜ、それを丁寧にこねました。そうして作った泥の塊の中に椿の花をいれると泥を人の形にしました。そしてその泥人形に口付けると、泥人形は大人の女の姿に変わりひとりでに動きだしました。娘はこの女に灰椿と名づけ、自分の召使にしました。この召使は命じれば何でもしてくれる人でした。
「灰椿、灰椿、私に料理を作っておくれ!」
そう言うと灰椿は魔法で出した食材を使って料理をこさえました。その料理はとても美味しく、そしてとても優しい味がしました。それは母の料理の味に似ていました。灰椿のお陰で娘は食事には困りませんでした。またその他の世話も灰椿がしてくれました。
「灰椿、灰椿、私の為に四着のドレスを作っておくれ! 一着目より二着目、二着目より三着目、三着目よりも四着目のドレスの方が出来が良い風にしておくれ!」
そう言うと灰椿は魔法で出した生地を使ってとても素晴らしいドレスを普通の人間には無理なスピードであっという間に作ってしまいました。一着目のドレスからしてすでに素晴らしい出来でしたが、それよりも二着目はもっと素晴らしく。その二着目より三着目は更に素晴らしく、そして四着目は最も素晴らしい出来でした。そのドレスに施された刺繍は母がよくしていたものに似ていました。娘にはこれ程までに素晴らしい刺繍は出来ません。
「灰椿、灰椿、私を隣の国へと連れて行っておくれ!」
そう娘が言うと灰椿はパンパンと手を叩きました。すると一頭の馬が現れました。その馬は灰椿が「行け、隣の国まで!」とただ一言言うと駆けだし、そしてあっという間に隣の国へ着きました。
まず娘はそこで暮らしている一人の村娘に「貴方の服と私の服を交換してください」と言いました。娘が身につけている衣装は立派なものですから村娘はびっくりしてしまいましたが、娘がどうしてもというので交換に応じました。
娘はみすぼらしい衣装に着替えるとわざと髪をぼさぼさにし、顔にまだ残っていた灰をつけて醜い娘に変装しました。それから娘は隣の国にある大きなお屋敷へ行き、ここで働きたいと申し出ました。灰椿のお陰もあり、娘はそのお屋敷で働けることになりました。
まず娘はお屋敷の掃除を命じられました。娘が手を叩くと灰椿が現れました。
「灰椿、灰椿。きっとお前の方が私より掃除が上手なはず。灰椿、私に上手な掃除のやり方を教えて頂戴な」
灰椿は娘に掃除を効率よく、そして綺麗にやる方法を教えてやりました。娘は飲み込みが早かったのですぐそれを覚え、お屋敷を綺麗に掃除しました。その働きを娘は褒められました。
あくる日、娘は立派な刺繍を施したハンカチを作るよう命じられました。娘が叩くと灰椿が現れました。
「灰椿、灰椿。お前の刺繍の腕は見事なもの。灰椿、私に刺繍を教えて頂戴な」
灰椿は刺繍のやり方を教えてくれました。娘は以前にも増して刺繍が上手になり、やがてとても立派な刺繍の施されたハンカチを作りました。その働きを娘は褒められました。
そして更にある日、娘は料理を作るよう命じられました。娘が叩くと灰椿が現れました。
「灰椿、灰椿。お前の料理の腕は見事なもの。灰椿、私に料理を教えて頂戴な」
灰椿が料理を教えてやると、娘はあっという間に上達しそしてとても美味しい料理を作りました。娘はまたその仕事を褒められました。
娘は他にも歌や踊り、礼儀作法など様々なことを灰椿から教わりました。
そんなある日、お城でパーティが開かれることになりました。そのパーティにはその国の王子のお嫁さんを探すという目的がありました。お屋敷の主人はそのパーティに出かけていきました。勿論召使である娘は留守番です。
しかし娘は誰にも気づかれないようこっそりと体を洗い、灰椿に髪を結わせ彼女が初めに作ったドレスを身につけ、そして灰椿が魔法で用意した馬車に乗ってお城へと向かいました。
美しい娘の姿に戻った彼女は、王子様の目にとまりました。王子様は娘をダンスに誘いました。娘は灰椿からダンスも教えられていたので、とても上手に踊りました。それから王子様と娘は長い間語らい合いました。その様子をお屋敷の主人も見ていましたが、美しいお姫様がみすぼらしい姿をした自分の召使であることには気がつきませんでした。
「貴方は何か得意にしているものはあるか?」
「掃除が得意です。部屋を綺麗にすることが私は大好きです」
やがて十二時になったところで娘は王子様に別れを告げ、お屋敷へと帰りました。お屋敷の主人よりも早く帰らなければ外へ出たことがばれてしまうかもしれなかったからです。そしてお屋敷へ戻るとみすぼらしい娘に戻りました。パーティから帰ってきた主人は「今日、パーティでそれはそれは美しいお姫様を見た。掃除がとても得意だそうだよ。お姫様なのに変わっていらっしゃる」と言いました。娘は何食わぬ顔で「そうですか。是非一度お会いしたいものです」と答えました。
次の日再びパーティが開かれました。娘は二番目に作られたドレスを着、再び美しいお姫様になりました。王子様はその日もお姫様をダンスに誘いました。
「貴方は他にも得意にしているものはあるか?」
「刺繍が得意です。美しい刺繍を施したものを作ることが私は大好きです」
やがて十二時になったところで娘は王子様に別れを告げ、お屋敷へと帰りました。主人は「今日も例の美しいお姫様を見た。刺繍が得意だそうだ。お前達にも見せてやりたかった」と召使達に言いました。
更に次の日もパーティが開かれました。娘は三番目に作られたドレスを着、再び美しいお姫様になりました。王子様は他のお姫様には目もくれず、彼女をダンスに誘いました。また娘に美しい歌を歌ってもらったり、彼女に教養があるかどうか確かめる為の話をしたりしました。そして娘は大変教養のある人物であることを確認しました。王子様は美しくかしこく、何でも出来るお姫様にすっかり夢中です。
「貴方には他にも得意なことがあるか?」
「料理が得意です。自分で作った料理を愛する者に食べてもらうことが、私にとっての幸せです」
「貴方はどこの国の姫か?」
「灰と椿の国の姫です」
そのような国に心当たりはありませんでしたが、どこの国のお姫様であろうと王子様には関係ありませんでした。王子様は娘に求婚しようとしますが、娘は王子様が結婚の申し出をする前にまるで逃げるようにその場を去ってしまいました。
王子様は灰と椿の国がどこにあるのか探させましたが、そんなものはどこにもありません。それでも王子様は諦めきれず、優れた占い師を呼んで自分の愛した姫がどこにいるのか占うよう命じました。
「灰と椿の国の姫は、この国にあるお屋敷の召使の中にいる」
あまりの答えに驚きましたが、藁をも掴む思いで王子様は灰と椿の国の姫がいるというお屋敷を訪ねました。王子様の突然の来訪に主人は腰を抜かしてしまいました。
「この屋敷の召使の中で、一番掃除と刺繍と料理が得意な者は誰だ」
「それは一番新しく入ってきた召使です。その者は掃除も刺繍も料理も全てが得意です」
「その女を私の前に連れてこい」
「ですが、その娘はとてもみすぼらしいなりをしています。そんな娘を貴方様の前に出すなど」
「いいから、出せ」
そう言うので仕方なく主人は娘を呼びました。娘は少し時間をくれるよう主人に頼みました。それからしばらくして、娘がやってきました。その姿を見て王子様も従者もお屋敷の主人もびっくり。
皆の目の前にはあの、美しく賢く、そして今までで一番立派なドレスに身を包んだお姫様が立っているではありませんか。
「ああ、間違いなく貴方はあの灰と椿の国の姫! 姫、どうかこの私と結婚してください」
娘はそれを喜んで承諾しました。王子様は主人に褒美をやり、それから娘を城へ連れて行き、本当に掃除や刺繍や料理が得意なのか確かめる為にそれらを全てやらせました。娘はそれら全てを見事にやってのけたので、彼女の言うことが嘘ではないことを確認しました。
ところで、と王子様は娘に聞きました。
「貴方ほど美しく教養があり、何でもこなせて、おまけにあれ程までに素晴らしいドレスを持っていた娘がどうして召使などやっていたのだ」
娘はそれは言えないと言いました。言ったら継母に呪われそうだと思ってしまったからです。どうしても娘が言おうとしないので、分かったと言いました。
「それなら誰もいない部屋に入り、そこで全ての秘密を吐きだすといい。そうすればきっと楽になるだろう」
娘は王子様の言う通り、誰もいない部屋の中に入り今までのことを洗いざらい話しました。ところでこの部屋に誰もいないというのは嘘で、実はクローゼットの中に従者が隠れていて全てを聞いておりました。そしてそれを王子様にこっそり教えました。
やがて王子様と娘の結婚式が行われました。その盛大な結婚式には隣の国に住んでいた父と継母も呼ばれました。二人共何故自分達が呼ばれたのかさっぱり分かりませんでした。父は戸惑いながら、継母は理由はどうあれ嬉しいと言って喜んで参加しました。
やがて式が始まりました。ですがお姫様はどういうわけかヴェールで顔を隠したままです。式の後、招待された人達は食事を楽しんだり、おしゃべりをしたりしていました。
継母と一旦別れ、一人で歩いていた父は王子様の従者の一人とぶつかってしまいました。その時からん、と何かが落ちる音が聞こえました。それは指輪でした。その指輪を見るやいなや従者は怒りだしました。
「これは、我が国の宝の一つではないか! どうしてこれがここに? まさかお前が盗んだのか!」
「そんな、とんでもない! 私は断じてそのようなことはしていません!」
「黙れ、黙れ!」
父は無実を訴えましたが信じてもらえません。そして父は従者に捕えられて連れて行かれてしまいました。父は牢に閉じ込められてしまいました。私はやっていません、指輪を盗んでなどいませんと何度も訴えましたが誰も聞く耳を持ちませんでした。父はやってもいないことで責められ、泣き伏しました。
しばらくすると牢に誰かがやって来ました。それは何と今日式を挙げた王子様とお姫様でした。
「やってもいないことをやったと言われ責められる苦しみ、自分が何を言っても信じてもらえない苦しみが分かったか。これと同じことを貴方は信じてやるべき娘にしたのだ」
王子様がそう言いますと、お姫様はヴェールを脱ぎました。父はお姫様の顔を見て驚きました。お姫様が家から追い出した自分の娘だったからです。父が牢から出されると娘は泣いて飛びつきました。
「お父様、お父様。お会いしとうございました」
「ああ、ああ……! 私が馬鹿だった。お前は母親に似てとても心優しい娘だった。そんなお前が継母にあのような仕打ちをするはずがなかった。どうして私はお前を信じてやらなかったのだろう。お前の言うことを一番に信じてやるべき人間であったのに!」
「もういいのです、お父様。私はお父様にまた会えただけで嬉しいです」
こうして父と子は仲直りしました。さて、王子様は次に継母の所へ向かいました。そして彼女とお話をし、それからあることについて聞きました。
「ところで、自分の継子をいじめたり貶めたりした愚かな女にはどんな罰がふさわしいと思う?」
継母は自分がやったことなどすっかり忘れておりましたので、笑いながら答えました。
「そのような愚か者は裸にひん剥いて、火で熱した石を底に敷き釘の刺さった樽の中へ放り込み、馬糞を流し入れた上で、国中引き回してやればいいのです」
「よし、そうか。ならばそのようにしよう。お前は自分で自分の罰を決めたのだ!」
継母は捕らえられ、そして自分が言ったようにされてしまいました。
全てが終わり、そして全てが始まったのを見届けると灰椿は「幸せに」と微笑み元の灰と泥と椿に戻ってしまいました。お姫様はまた彼女を蘇らせようとしましたが、結局何度やっても灰椿が蘇ることはありませんでした。
お姫様はとうとう諦め、灰椿にお礼を言うとお城の庭にそれらを埋めその上に石碑が作られました。その石碑は今でも残っていることでしょう。
お姫様は王子様や父と死ぬまで生き、幸せに暮らしましたとさ。
テッテキイの、テーチキタッタン!
*
アーヴェルゲン・ヴァールハイト著『星降る夜七十七の話』第四版より。タイトルは『灰と椿の国のお姫様』とされることもある。
初版から三版までは娘と王子が結婚した後の部分はほぼ省略されており、継母が罰を受けて殺されたことと灰椿が消えたことについて簡潔に述べられているだけであり、父についての記述はない。
この童話の基となった話が伝えられている地方では、お嫁に行く娘に母親が椿の花(もしくはそれを象ったアクセサリーや、椿の花が描かれている物など)を贈る習慣があるという。更に、娘が灰椿の残骸を埋めたとされる石碑も残されている。
締めの言葉「テッテキイの、チーチキタッタン」というものはこの地方で語られる物語の定型句と呼べるもので我が国ジャポーンでいう「めでたしめでたし」にあたるものである。