史上最強
少し前まで時間を遡ろう。
俺、というか、俺の身体を支配しているウロボロスは、『天秤迷宮』なる迷宮に立ち入っていた。
実は、『天秤迷宮』の名前と、そこから生まれた『四大逆魔』のことは知識として知っていた。どちらのことも、まだアースと呼んでいた頃のウロボロスに教えてもらった訳ではない。そもそも、ウロボロスもこの世界に来たばかりの頃は『天秤迷宮』を含む世界十二迷宮のことも『四大逆魔』のことも知らなかった。
世界十二迷宮のことはギルドの仕事をしている内に自然に知るようになった。全部の名前を覚えている奴こそ稀だったが、世界十二迷宮という迷宮郡があることは誰もが知っていた。どこもおかしな迷宮だとは思った。でも、観光地でもあるという『カシオピア』には行ってみたいと思っていた。
対して、『四大逆魔』のことは、図書館で読んだ本の中に、忘れられたように書かれていた。実際、ギルドの皆に聞いてみても知っている人間は少なかった。今から五百年も前の話である。歴史に詳しい奴らしか知らなかったから、まあ、そういうレベルのことなのだろう。
ウロボロスも『へえ、こんな奴らが生まれていたのか。まあ、誰も彼もに知られていないようじゃまだまだだな』と言っていた。
もっとも、その『まだまだな奴ら』をウロボロスは戦力として引き入れたいみたいだが。元々、こいつは世界のあらゆる怪物から恨みを買っているみたいだから、新世代の奴らしか頼み事を出来る相手がいないんだろうけど。
「それは違うな、龍馬。俺は頼み事をするんじゃない。『命令』をしに行くんだよ」
などと嘯くウロボロス。
そして、『天秤迷宮』に入るなりウロボロスによる迷宮への蹂躙が行われた。
一層目。
「おら! 死ね、この雑魚モンスターどもが!」
十層目。
「どうしたどうした! 一層目と大して変わらんぞ、虫けらどもが!」
三十四層目。
「あー、なんか飽きてきたな」
五十七層目。
「ちっ。つまらん。スカウトしたいと思うほどの奴が一向に現れないぜ。歯ごたえのねえ」
六十一層目。
「ふわあ……ねみー」
七十二層目。
「この調子だと、例の『四大逆魔』も大したことなかったんじゃねえか?」
ちなみに、『天秤迷宮』は八十四層目が最終層だと言われている。
つまり残る階層は十二層ほどだ。そして、そこにこの迷宮の『核』があるはずだ。まあ、迷宮の『核』が必ず最終層にあるということはないので、案外、見過ごしてしまったのかもしれないが。
「それにしても屑みてえな迷宮だな、こんなのが世界十二迷宮かよ」
ウロボロスはここまで無傷だった。だから、こんなことを言ってしまうこともしょうがないのかもしれない。実際、俺も『この程度の迷宮』が世界十二迷宮なのかと思ってしまうほどだ。挑戦者には生存者がいないらしいが……そこまで強いモンスターもいなかったぞ? どういうことだ? 生存者が『少数』なのはともかく『皆無』なのは絶対におかしいが……。
俺がそんなことを思考した瞬間だった。
「――仮にも私達の生まれた場所をそのように言われるのは、心外ですね」
突然の声。俺が気付かなかったということはウロボロスも気付かなかったということだ。ウロボロスは驚きながらも声のした方を向く。
そこには、四つの人影があった。……いや、人影に見えるのは三つだけで、一つだけ明らかに人じゃないのがあるが。
一つは巨大なドラゴン。こいつだけアホみたいにでかい。しかも、キメラみたいに色んな生物のパーツで身体が構成されている。
一つは全身やら足元やらに虫が群がっているミイラ男。絶対に人間ではない。ゾンビ的な何かだ。
一つは黒マントを纏い、頭から二本角を生やした鬼人。巨大な剣とロザリオが特徴的だった。
最後の一つは他の三つとは大きく異なる『何か』だった。いや、雰囲気とか外見とかのそれは人間のようなんだが、俺の勘が言っている――あいつはやばい。
「あーん? 何だ、お前らは」
ウロボロスが不愉快そうに訊ねた。
「我々は人間が言うところの『四大逆魔』ですよ」
ミイラ男がそう名乗った。
何を言っている? 四大逆魔は五百年前に倒されたはずだ。いや、正確には、三体倒されて、一体封印されたんだったか。
「まあ、第二世代というのことになるんでしょうけど」
だ、第二世代? つまり、この『天秤迷宮』は五百年の時を越えて二世代目の『四大逆魔』を創造したっていうのか?
「く、くははははははははは! 予想外だな! だが、期待以上だ! 求めていた結果以上の成果が得られそうだ!」
ウロボロスは先程までと打って変わって愉快そうだ。
「俺は『虚無の大罪』ウロボロスだ。てめえら、自分らがどう呼ばれているか知っているのなら、俺のことも知っているよな?」
「ええ。存じていますよ。『龍神』、ですよね? 我々はもうじき迷宮から出て、復活したという貴方に逢いに行くつもりだったのですよ。おかげで手間が省けました」
ウロボロスに逢いに来るつもりだっただと? 一体、何のために。
「それなら話は早い……お前ら、俺と来ないか? 一緒に世界をぶっ壊そうじゃねえか」
そんなウロボロスの誘いを、
「やだね。断る。無理だ」
「笑わせんな!」
「我らは貴方と一緒に行くことに魅力を感じません」
「俺達がお前に会いたかったのは、お前を倒すためだよ。前『最強』」
四大逆魔はものの見事に蹴った。
ウロボロスは目を細めた。
「そうか。――残念だよ!」
そして、ウロボロスは四体目掛けて魔法を放つ。
「《ダブルサイクロン》!」
それは巨大な岩山でさえ一刀両断する風の刃。当たれば一級に指定されているモンスターでさえ瞬殺する。
だが、
「《ゲヘナ・ゲート》!」
黒マントが手を振るうと、黒い炎が地面から燃え上がって、ウロボロスの攻撃を防いだ。
「なっ!」
「どうした? てめえの攻撃を防がれるのは始めてか、龍神様よぉぉぉ!」
飛び出してきたのは、炎を出現させた黒マントの男。長い足を振り上げた。
「《大紅蓮・回転蹴り》!」
足に火を宿しての回し蹴りを、ウロボロスは両手をクロスして防御する。咄嗟に防御魔法が使えなかったのだろう。
バキっ!
嫌な音がした。遅れてくるのは、両手の痛み。骨が、折れやがった。
今の今までまともなダメージなんて受けたことがなかったから気付かなかったが、身体を奪われていても痛覚はそのまま伝わるらしい。
「んな……!」
流石のウロボロスも驚いたのか、距離を取った。
黒マントが追撃をしようとするが、ドラゴンキメラが割って入る。
「加勢してやるよ。手を貸そう。ちょっと参加させろ」
巨龍はそう言って、その巨大な身体を暴れさせた。
「ケル! お前、もうちょっと周りのことも考えて暴れろよ!」
黒マントが文句を垂れるが、巨龍は全く聞き入れずに、巨体を動かす。
巨龍の一動一動が、迷宮を大きく揺らした。ただ、身体を動かすだけでこの破壊力かよ!
「ちっ! こいつら、どんな能力をしてやがる……ステータス!」
久し振りに使うその能力。相手の能力を計り見ることができる能力。少なくとも、ウロボロスが俺の身体を乗っ取ってからは初めて使うのではないだろうか。
しかし、使わない方が良かったかもしれない。
「……はっ?」
ウロボロスの間の抜けた声。
確かに、自らの目どころか頭がおかしいのではないかと疑いたくなるような、信じられないものだった。
○ケルドーラ
●種族 巨龍
●職業 逆魔
●属性 土 水 風
●体力988 攻撃765 防御986 反応501
魔力624 知力230 気力866
素質497
●スキル『万物吸収』『融合』
●称号 『世界最大の龍』
○クロック
●種族 悪鬼
●職業 逆魔
●属性 火 闇
●体力777 攻撃938 防御567 反応831
魔力539 知力500 気力890
素質342
●スキル『煉獄召喚』『結集』
●称号 『覇道の吸血鬼』
○ジョールバー
●種族 亡霊
●職業 逆魔
●属性 光 闇
●体力819 攻撃786 防御894 反応659
魔力666 知力786 気力807
素質564
●スキル『流転』『破滅の一手』
●称号 『光と闇の不滅帝』
○アルウェー・デス・バラッド
●種族 正体不明
●職業 逆魔
●属性 全
●体力934 攻撃952 防御708 反応967
魔力856 知力914 気力891
素質890
●スキル『救済する右手』『崩壊させる左手』『核心』
●称号 『終焉の王者』『真・史上最強の存在』
強い、なんて生易しい次元じゃない。
あの『魔女』が可愛く見える。なんなんだよ、こいつら。有り得ない。有り得ないだろうが! き、規格外であるはずの俺達転生者が、完全に霞んでしまう。
無理だ、勝てるはずがない。
「ふ……」
だが、ウロボロスはこの現実を認めない。『勝てるはずがない』という現実を決して認めはしない。何故なら、彼は『最強』だったからだ。
「ふざけんなああああああァァァ! 《オーバーニング・改》!」
ウロボロスが使ったのは、緑風竜王に致命傷を与えた特大の火炎弾。
それを迎え撃つのは、巨大なドラゴンキメラだった。
「《アキュプ》。《ヒートアップ》。《ザ・ライジング》。を融合発動……《ボルケーノ・タイタン》!」
水、火、風の三種類の魔法を混同発動ならぬ融合発動して放たれたエネルギー弾が、特大の火炎弾を消し去った。
そして、攻撃を相殺するだけでは勢いが消えなかった一撃は、俺の身体を焼き払った。そして、ウロボロスは倒れる。
一撃だった。融合発動であろうと、ただの一撃でここまで強大な魔法が放てるものなのか? これが『四大逆魔』なのか? こっちは龍神だというのに、手も足も出ないというのか。
「が、は……!」
ボロボロになったウロボロスの、というか俺の頭を悪鬼が踏みにじる。
「ぎゃははははははは! これが『龍神』かよ! あの『虚無の大罪』かよ! しょっぼいなぁ、おい! 笑ってしまうってことだよ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
呵呵大笑。
可笑しくてしょうがないのだろう。『最強』をいとも簡単に圧倒してしまったのだから。だが、決して愉快な訳ではないのだろう。本当はもっと楽しみたかったが、弱すぎて、しょうもなさ過ぎて、笑うしかなかったのだろう。
半分の、まして弱い方の二体を相手にしてこの状況だ。一番強いという『正体不明』ならば一人でも事足りただろう。
「笑いすぎ。品が無いな。不細工ね」
「けど、こいつ無様じゃん! マジでさ!」
「確かに。全く。その通り」
「ま、伝説なんてこの程度だってことでしょう。この分なら、魔女も剣聖も英雄も限界が知れるって話じゃないですか?」
「もうどうでもいいじゃねえか。捨てておけよ、“そんなの”」
――そんなの。
その言葉は、龍神であるウロボロスには聞き捨てならないものだったらしく、虫の息だというのに、彼は反応した。
自分を貶める言葉に、全力で反応した。
「……だと……」
「ん? 何か言ったか」
「『そんなの』だと! てめえら、誰に向かってそんなことを言ってやがる! 俺が、俺こそが龍神だぞ!」
ウロボロスの言葉は妥当だ。
「この世界において、唯一頂点に君臨する龍神様だぞ! 竜神ですら二体いねえと挑むことさえ出来ないような絶対的な存在だぞ!」
妥当なのに。
「原初の時代から生き続ける、真の『伝説』だぞ!」
妥当なはずなのに、滑稽にしか聞こえなかった。
「てめえらのような歴史のない赤ん坊が! 侮辱していいような存在じゃねえんだよ!」
この場では、その言葉はただの戯言だった。
「身の程を弁えろ、クズどもが!」
この新たなる『四大逆魔』の目には、最強であるはずの龍神は、ひどく惨めに映っていることだろう。
「……だってさ」
悪鬼は白けた目を『正体不明』に送る。『正体不明』は半笑いを浮かべて、その言葉に応じた。
「笑ってやれ」
「あはははは。ふへへへへ。ぷぷぷぷぷ」
巨龍から無理矢理笑うような乾いた笑い声、小馬鹿にするような笑い声、堪えている感情が溢れるような笑い声が聞こえる。だが、それは全部、嘲笑だった。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ばーか! お前の時代なんかもう遥か昔に終わったんだよ! これからは俺達の時代が始まるんだよ! あっはっはっはっはっはっはっは!」
「それは違いますよ」
亡霊が悪鬼の言葉に物申す。
「あん?」
悪鬼が怪訝そうにしていると、亡霊の代わりに、『正体不明』が答えた。その言葉は威厳に満ちた重いものだった。
「俺達の時代は――もう始まっている。だから、完全に『前時代』を終わらせるとしよう」
「や、やめろ」
怯えて命乞いをする龍神か、なんとも滑稽な絵だな。
『正体不明』は掌をこちらに向ける。トドメを刺そうとしていることは、誰の目にも明らかだった。他の逆魔達はもはや俺達に興味がないのか、こちらに背中を向けて迷宮の外に向かっていた。
そして、『正体不明』がどうでも良さそうに引導の一言を渡した。
「さようなら、腐敗した伝説よ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ウロボロスの絶叫が迷宮に木霊する。俺の悲鳴ではなく、ウロボロスの絶叫が。俺も声を上げたいのに、それが出来ない。死ぬその瞬間でも、ウロボロスは俺に身体の支配権を戻す気はないようだ。
俺は散り際の一言さえ残せずに、殺されるのか。
どうして、こうなった。
俺は記憶がないなりに、頑張ってきたのに。
頼んでもいない龍神を宿して、魔女に目をつけられて、ギルドに入って、英雄の眼中に入れなくて、剣聖の怒りを買って、手に入れた仲間を失って、龍神に身体を奪われて、このまま死ぬのか?
どこで間違えた? どこからが間違いだった?
全部、誤りだったのか? 最初から、過ちだったのか?
ふざけるなよ。
こんなところで終わるのか。こんなところで死ぬのか。何も分からないまま、何も出来ないまま、何も手に入れないままに。
お似合いなのか?
何も覚えていない俺には、何もやりたいことがなかった俺には、こんな結末が似合っているのか?
ふざけるなよ。
俺は、まだ死にたくない。
俺の可能性は死んではいない。まだ俺は終わらない。終わってはならないんだ。
俺はまだ死んでいない。




