世界十二迷宮
世界十二迷宮とは、次の十二の迷宮を示す。
一、最悪の怪獣『四大逆魔』が生まれたとされる『天秤迷宮』。かの災厄四体を生み出したという一点だけで十二迷宮の一つと認識されている。それは同時に、『四大逆魔』の危険度を示している。
二、世界最大のスケールを誇る『ミノケイロス』。その広大さは小国にさえ匹敵し、迷宮自体が一つの島という形を成している。一度入ってしまえばその構造と巨大さ故に永遠に彷徨うことになる。
三、世界で最もモンスターを大量に生み出す『パンドラ』。あくまで『迷宮から漏れ出すモンスター』を計測した結果なので実際のところは不明である。当然、この迷宮の近辺は一級危険地域に指定されている。
四、最古の迷宮『ブラゴ・アイ』。竜王が誕生した時代に誕生したとされる迷宮であり、一説には竜王誕生の地ではなかったかとされている。
五、出現モンスターのアベレージが最も高い『バラサラス』。“一級以上のモンスターしか存在しない”というふざけた迷宮である。
六、迷宮本体だけではなく周囲の環境も苛酷な『バーン』。迷宮本体を火山や毒沼、氷河に囲まれている。あらゆる矛盾している環境が隣り合っているという滅茶苦茶な場所だ。
七、空中に浮遊する『ラジア』。どのようにして浮遊しているかは未だ不明である。常に同じ場所に浮かんでいるが、どのような強風に襲われてもその場から飛ばされない。
八、人類最大の汚点とされる人工迷宮『ダミークラック』。百年ほど前にある魔術師によって創造された迷宮であり、その原材料は“人間”。この迷宮を誕生させるためだけに、大国が一つ滅んだとされる。
九、深海に鎮座する『カシオピラ』。この迷宮は他の迷宮と比べれば近寄るだけなら危険は少ないため、観光地として人気である。だが、海底にあるため装備や専用の魔術がなければ攻略どころか潜入さえ出来ない。
十、侵入者だけではなく近寄る者さえ喰らう『ダハル・マッハ』。ある意味、この迷宮の存在が『迷宮が生物である』という説を立証したと言っても過言ではない。この迷宮は空腹の時には自分が生み出したモンスターさえ喰らう。
十一、竜神の墓標とされる『無限輪』。竜神教徒にとっては聖地である。『神への生贄』として投身自殺をする狂信者が絶えないため、政府の頭を悩ましている。他の迷宮とは違った意味で近寄り難い。
十二、入り口が未だに発見されていない『終焉』。それ故にモンスターが生み出された漏れることもないが、それならばこの迷宮はどうやって生きているのか分からない。存在そのものが曖昧な迷宮である。
いずれも攻略はされておらず、生存者さえ少ない。十二迷宮に挑みながら生還できた人間は、記録に残っている者に限ると十人だ。
だから、十二迷宮に挑戦する冒険者はただのバカだ。
どうせ迷宮は新しく生まれていくのだ。簡単『かも』しれない迷宮を差し置いて、絶対に攻略できない迷宮に挑む必要がどこにあるだろうか? ないだろう。
伝説に挑むことが赦されるのは、やはり伝説になるだけの器を持つ英雄だけなのだ。
そんな世界十二迷宮の一つ、『ミノケイロス』の近く。
ある男が、通信魔法で会話をしていた。
「ええ……白騎士殿はその……『ミノケイロス』に潜入した模様でして……ええ!? 私も『ミノケイロス』に行けと言うのですか!? ……ええ、はい……。分かりました……では、生きて帰って来られたら、褒章を頂きたいのですか……」
男の言葉に、向こうの相手は渋々承諾した。
「ありがとうございます。ああ、そうでした。忘れるところでした。白騎士殿の同行者……件の獣人の正体が判明しました」
男の言葉に向こうの相手が驚愕した。その事実を早く教えるように促した。
「共和国に『イバラバシ』という亜人の村がありました……ええ、『ありました』、過去形です。しばらく前に巨大蟲に襲われて壊滅しました。生存者は公式には零です。その巨大蟲は村を壊滅させた数日後に何者かに退治されています……もうお分かりですよね?」
白騎士に同行している獣人は、イバラバシの生き残りで、巨大蟲は白騎士こと虎鉄が倒していた。
「あの獣人の名前はタマモ。イバラバシではそれなりに身分の高い人物だったようです。詳しいことは不明ですが。何分、閉鎖的な村だったようで……」
閉鎖的だったが故に、救助も救援も呼ぶことが出来なかった訳だが。
タマモが虎鉄についていくしかなかったのには、他に身寄りがなかったという切実な理由もある。
「まあ、詳しいことは本人達に聞いてみるのが一番ではないかと……ええ、それでは装備を整え次第向かおうとします、ええ」
男はそれで通信を切った。
そして、溜め息混じりに一言。
「つっても、こっちが装備の準備をしている間に攻略しそうだよな……。あの騎士、本物のバケモノだぜ」
男の目の前には、昨日白騎士が倒した鹿だかサイだが分からない怪物の死体があった。腹部に巨大な穴が開いており、そこから流れる大量の血は固まっている。異臭を放つ死体を虫やら獣やら鳥やらが貪っていた。その巨大さは小山にさえ匹敵する。討伐の報酬で領地が貰えそうな大物である。
討伐には一個大隊が必要であろうこの怪物を、あの英雄は一撃で倒してみせたのだ。
これこそが、『選ばれた人間』の領域。
「……だからこそ、どこも必死こいて自分の陣営に入れたいんだろうなあ。ウロボロスや噂の魔女に対抗するためにも、さ」
男は予感していた。
すぐそこまで迫っている世界の大混乱を。
□
六道一転流という剣術にもその原型となった六道流という拳術にも、禁じ手と呼ぶべき『外道』がある。六道一転流のものは未完成だが。
本来、『外道』とは六道による輪廻転生による因果から追放されることを意味する。天狗のような妖怪変化の身に落ちることが主な意味合いである。
本家本元の『六道流』の『外道』の正体は、とどのつまり『完全な破壊衝動を意図的に発動させる境地』である。一種の自己暗示とも言える。
自分自身の意思で、好きな時に、好きな間、好きな度合いで『狂戦士』となることができる。もっとも、それが出来た人間は歴代の中には“一人もいない”。修得を試みた人間は大抵、『練習』で自我を完全に崩壊させ、人間として終わる。拳士としてではなく、人間として終わる。
ある意味、存在そのものが破綻しているのだ。修得どころか鍛錬さえ不可能なのだから。『外道』の境地はあくまでも理想に過ぎない。理想でしかないし、これからも理想でしかないだろう。
そして、生前の六道飛鳥は幼少の頃に、『外道』を修得しようとして終わった門下生を見たことがあった。当然、その門下生は失敗して、死んだ。
ああはなりたくない、なってはならないと、子供ながらに理解した。『あれ』はそういうものだ。関わってはいけないものだ。求めては、願ってはいけないものなのだ。絶対に駄目だ。
だからこそ、その意識は『六道一転流』に活かされている。『六道一転流』の『外道』はああではあってはならない。あんな不完全で未完成で非人道的なものであってはならないのだ。
彼は『六道流』を超えようとしているのだから。
その超えようとしている『六道流』を参考にしている辺り、四人の転生者の中で生前の記憶に縛られているのが飛鳥であることは火を見るよりも明らかだ。もっとも、飛鳥も最近はこの世界での出来事に目を向けつつある。その大部分は自分の考えた剣術を愚弄したコピー野郎に対しての憤怒だが。
ちなみに、生前の記憶のない龍馬が当然の如く最も生前の記憶には縛られていない。ある意味では、『縛られていないこと』に縛られているのかもしれないが。
ともかく。
六道飛鳥の当面の目標は強くなることだった。彼は強さを欲していた。執拗なほどに。
だからこそ、彼が挑む迷宮は『パンドラ』なのだ。この迷宮は怪物を無限に生み出す。経験値を稼ぐには持って来いだろう。
質でいくなら『バラサラス』だが、飛鳥は質より量を選んだ。もっとも飛鳥は『パンドラ』や『バラサラス』だけではなく、他の迷宮も攻略する腹積もりでいるが。
しかしながら当然の如く、飛鳥が『十二迷宮全てを攻略すること』はない。絶対に有り得ない。そして、そのことを本人は知る由もない。
また、飛鳥は四体の竜王全てを倒す気でいるが、一体はすでにウロボロスの手によって倒されている――なお、このことは政府や組織の一部上層部しか知らない。
どこか空振りをする少年、というのが六道飛鳥の本質なのかもしれない。
そんな飛鳥は今、『パンドラ』の第三十層にまで到達していた。
「ふう。いやー、大変だ。この迷宮は。斬っても斬っても倒しても倒しても、殺しても殺しても食っても食っても、いくらでもモンスターが出てくるよ」
六道飛鳥は食事をしていた。
エンジェルバードの串焼き、サバサバランの味噌煮込み、ラクラク草と大文字南瓜のスープ、土タコのたこ焼き、爆弾トマトとデビル大根のサラダ、カゲロウトカゲのステーキ、レンガ芋のコロッケ、茹でゴキムカデ。
とてもダンジョンでの食事とは思えないほどに豪勢である。十人前はあろうかという量だ。その圧倒的物量を飛鳥のような細身の美少年が食していく様子は奇妙を通り越して歪ですらあった。だが、これを一人で食べるのだと考えると虚しいものがある。
絶品の料理を大量に作り、それを誰に振舞うでもなく、自分一人で食べる。
前門虎鉄がこの情景を見ていたら「寂しい人ッスね」と言っただろうし、雪風乙姫だったら「悲しいわね……」と言っただろう。
「うん! 美味い!」
当の本人は満足そうなので問題はないのかもしれないが。
「しっかし、十二迷宮ともなるとモンスターの質が違うね。段違いに美味い」
どうやら、常人の目ならば『危険』と見えるモンスターは、飛鳥の目には『食料』としか見えないらしい。彼が食している怪物の中には、間違っても食用には向かないようなグロテスクなものもそれなりに多いのだが。
茹でたゴキムカデ――ゴキブリの頭を持ったムカデ――の足を貪りながら、飛鳥は周囲を見渡す。
『パンドラ』に限らないが、迷宮は基本的に石造りである。生物であるにも関わらず無機物のような肉体をしている――のは見た目だけ。壁を壊すと分かるのだが、その土のような肌の向こう側には、肉や血管がある。
ちなみに、迷宮で水漏れが起こるのは、外部からの水が流れ込んでいるのではなく、迷宮自身が汗をかくようなものだ。迷宮が汗をかくのは一種の老朽化と言われている。
そのことを知っていた飛鳥は串焼きを片手に、愛刀『喰王』を抜刀して、
「でりゃ」
そんな軽い感じで、ふと思いついたように壁を破壊する。
軽い土煙と共に、赤い液体が流れ出す。そして、神々しいとさえ表現できる霜降りの肉がそこにあった。壁一面が肉である。ドクドクと脈を打っている。
常識人ならば生理的に目を背けたくなる光景に、飛鳥は目を輝かせて、唾を飲み込んだ。
「ごくり……。極楽ってここにあったんだ」
どうやら食欲が沸いているらしい。あれだけの量を平らげておいてまだ食べる気らしい。それも迷宮の一部を。
正気の沙汰とは思えない。
この場所にこの世界の人間がいたら間違いなく、こう言っただろう。いや、この世界の人間でなくともこう言うだろう。
――こいつは頭がおかしい。
『喰王』に取り込んだ赤火竜王の炎で、むき出しになった迷宮の血肉を炙る。香ばしい匂いに飛鳥は堪らず口を大きく開けた。
「がぶりゅ」
迷宮には臓器の役割を果たす『核』やそれに準ずる分身がいくつかあるが、痛覚を伝えるための神経はない。
もし迷宮に痛覚があるのならば悲鳴を上げていただろう。
世界十二迷宮が悲鳴を上げるなど、洒落にならない。
「んまー♪」
成る程確かに、この美少年に『剣聖』の称号は似合わない。
いつ何時、人食いに走ってもおかしくない。
流石にカニバリズムにはなりません。




