第一試合(個人)
ヴァイルが六道飛鳥に敗北してから武芸試合までの一ヶ月。
俺達はひたすら特訓を重ねた。リベンジに燃えるヴァイルだけではなく、ジャジャやマイミも段違いにレベルアップした。
俺のステータスで見なくとも、雰囲気で一目瞭然だ。
だけど。
それでも俺だけだろう。
あの『剣聖』六道飛鳥と対戦できるのは。
■■■
武芸試合当日。
団体戦の部の前半、第三試合が俺達の出番だ。それまでは会場近くの屋台で食べ歩きをすることになった。
「いやー、こういうの俺久しぶりだな。二年くらいかな?」
「俺は妹と小さい頃に一度だけ来ただけだな。あんまり騒がしいの好きじゃないし」
「お前はそういう奴だよな」
俺以外の三人は盛り上がっていた。俺もどうにかそれに合わせようとするが、ぎこちなさはどこか出ていたと思う。
何故なら、俺にはこういう記憶がないのだ。現世も前世も、こういう祭りだの縁日だのに関する記憶がない。楽しい記憶がない。嬉しかった瞬間を覚えていない。俺がこういうイベントで、どういうテンションで過ごす奴だったのか。それすらも分からない。全く覚えていない。
時々、最初からなかったのではないかとさえ考えてしまう。
「……ん? どうした、ヴァイル」
少々悲観的になっていたら、ヴァイルが立ち止まって、ある一点を見ていたことに気が付いた。親の仇を見つけたような目をしている。
「いや、あれ」
ヴァイルの指差す方向を見れば、そこには山積みになった皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿。皿の山が山脈のように連なっていた。
どれにも汚れがあり、食事が乗せられていたことは明らか。
最初はこれから洗う為の皿かと思ったが、どうやら違うようだ。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
料理を次から次へと象みたいに食っている奴がいた。『これだけ食べたらタダ!』でもやってんのかってくらいの勢いだ。しかし、こんな量で食べ尽くしをやっているんだとしたら、前提で破綻している。こんなに食べられる生物、魔物くらいなのだから。……いや、でもあれ、人間だよな?
茶髪が混じった黒髪は、染髪という概念のないこの世界では目立つ。目立つというか、悪目立ちする。あの暴飲暴食っぷりと合わせて、最悪目立ち過ぎだ。
道行く人は、見て見ぬ振りをして早歩きで立ち去るか、立ち止まって唖然とするかのどちらかだった。
「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ」
しばらく凝視していると、見ているこっちが胸焼けしてきた。うっ……、吐きそう。食欲が激減してきた。でも、こっちの激減した食欲の分だけあいつが食べそうな気がするから、店側としては利益は同じなんじゃないかなって思う。
「むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ」
咀嚼の音が、虫が這うような音に聞こえてきた。
「おい、こら!」
俺の理性がやばくなった瞬間、ヴァイルが大声を上げる。
「てめえ、ロクドウ!」
「ばくばく……ん?」
そいつはようやく食事の動作を止めて、こちらを見た。どうやら全く気付いていなかったらしい。俺達が最初から眼球になかったのか、それともただ単に食事に夢中だったのかは分からないが。
「えーと……」
困惑顔の飛鳥。こりゃ俺達が誰か分かってないな。完全に『え? 誰?』みたいな顔しているよ。額を指で突いて、全力で記憶を探っているよ。
「ヴァイルだ! 一ヶ月前! お前にやられた槍戦士だよ!」
「え? あーと、ん。あ、ああ、あの時の君か」
すっげえ分かり易い奴だな。
「思い出した振りするなよ、すぐ分かるぞ」
「じゃあ言うわ。誰だ、てめえ! 僕の食事の邪魔をすんじゃねえよ! こっち見んな、鬱陶しい!」
あれ? こんなキャラだったっけ?
「僕はこれから試合だから腹ごしらえしないといけないんだよ!」
「ふざけんな! 何が腹ごしらえだ! その体のどこに入ってんだよ! こんな暴食して、冬眠でもする気かよ!」
「いや僕クマじゃねえし」
「冷静に返すなよ!」
頭を掻き毟ってご立腹のヴァイル。ビシっと飛鳥に人差し指を向ける。
「とにかく! 今日はあの日のリベンジだ! 出るんだろう、この後の試合。俺達は負けないからな!」
「まあ、君らが誰かは分からないけどさ。そこの特徴のない彼はなんとなく覚えているから、その仲間ってところだろうね。……ところで」
串焼き肉を食いちぎりながら、飛鳥は怪訝そうに尋ねてきた。
「『俺達』ってどういうことだい?」
「は?」
ヴァイルだけではなく、傍で聞いていた俺やジャジャやマイミも飛鳥の質問の意図が判らなかった。が、飛鳥の次の言葉で明らかになる。
俺達がどれだけ間抜けかが。
「僕が出るのは個人の部なんだけど」
「「「「…………………………………………」」」」
「いや、僕、連れもいないしさ。この町に来てから一回も誰かと組むような話はしなかったと思うんだが……、いや、忘れているだけかもしれないけどさ」
飛鳥はそう言うが、そう言われればそうだ。こいつ、ずっと独りだったじゃん……。いや、むしろ個人戦で出るって言ってたじゃん。
「まあ、飛び入り参加もあるらしいから、勇気があったらやりなよ」
飛鳥が不器用に精一杯利かせてくれた優しさが、今は痛かった。
■■■
飛鳥と別れた後、俺達は綿飴屋近くのベンチに座っていた。
「間抜けな話もあったもんだ……」
落胆するヴァイルの肩をジャジャが叩く。
「気にするな。よくあることだ。まあ、気晴らしにもうじき始まる第一試合でも見に行こうぜ。個人も団体も近所の大型ギルドの中堅が出るらしいし、偵察の意味も兼ねて」
「そうだな。団体と個人、どっち見る?」
「団体は後で良くないか? まあ見た方が良いんではあるんだろうけど、やっぱり個人の方が派手だしな。まずはそっちを見よう。二人は?」
「構わないぞ」
「俺もだ」
全開一致で個人の会場へと向かった。
会場は大盤で、高台に設置された特等席を除けば、先頭でないとよく見えないようになっている。魔法で映像がスクリーン上に出ているのだが、それは大盤の一部しか見えないのでどうも見づらい。
ちなみに、特等席に座れるのはこの大会の主催者である領主とその関係者だけだ。余程の金持ちってのもあるらしいが、俺らには関係ないな。
「ではこれより、個人の第一試合を開始します」
野次馬の雑音に混じって、実況の声がする。当然、マイクはない。かと言ってアナログな拡声器でもない。魔法によって喧騒の中でも透き通る声になっているのだ。
「青コーナー。ギルド『レイアーム』より、冒険家一筋二十年のベテラン。早速登場、優勝候補の一人。この『マーリム』でも指折りの実力者、通称『骨砕きのオーガ』こと、オーガ選手!」
ゲートから二メートル近い大男が現れた。貫禄のある髭が特徴的だ。両手に持った大斧を高く上げて、雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおお! 俺の相手はどいつだあああああ!」
「「「「「わあああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」」
会場もそのいきなりな優勝候補の登場に派手に沸いた。
まあ、ステータスで見る限りの能力は確かに高い。中の上くらい?
「対するは赤コーナー。流れ者の賞金稼ぎ。人間ですが猫人によく間違えられるそうです。果たして大盤狂わせはあるのだろうか。コテツ選手の登場です!」
オーガの出てきたとのは反対側に設置されたゲートからなんか猫っぽい少年が現れた。やけに可愛らしい顔をしている。確かに、初見では間違いなく猫の獣人と思われるだろう。
「どうもッス。いやあ、緊張するッスねえ。マジハンパないっス」
軽っ!? チャラいぞ、こいつ!? この世界にもこういう奴、いるんだ!
そして、彼の登場に会場は無言になった。オーガ登場のような飲まれるような雰囲気もない。
それに対して、コテツが取った行動は肩を竦めるだけだった。
「ありゃ終わったな。あのオーガが相手じゃ、あんなチビすぐに負ける。これじゃあ参考にもならないぜ」
と、ヴァイルが愚痴り出したくらいだ。確かに、軟弱そうな彼ではあの屈強そうな冒険家は倒せないと思う。
「はん! 最初の相手だというのに、つまらん。こんなチビの余所者か」
オーガの言葉に、コテツはムッとしたようだった。しかし子供らしい仕草の似合う男だな。
「なんスか、その言い方。余所者かどうかはこの場合関係ないッスし、俺、そんなにチビじゃないッスよ。アンタがデカイだけッスよ、この木偶の坊」
「……っ。どうやら礼儀や常識を知らない阿呆らしいな。ルール上殺すことはできないが、社会の授業料代わりだ。骨の一本や二本は覚悟してもらおうか」
「安い挑発を買ってくれてありがとうございますッス」
おどけるように言って手を合わせてお辞儀をするコテツ。こいつ、挑発上手いなあ。もしかして、これで乗り切る気か?
「では両者、位置についてください」
オーガとコテツが白線の上に立つ。
「それではルールの説明です。武器は何を使っても構いませんし、魔法を使っても構いません。しかし、相手を殺せば負けです。大盤の外に出たら負けです。気絶、あるいは立ち上がることが出来なくなっても負けです。その他、大盤の外から誰かの介入があった場合、その試合は無効となり、勝敗は審判もしくは領主様が判断します。以上、何かご質問はありますか?」
「ない。俺はこの大会の常連だからな。その説明さえ不要だ」
「俺も特にないッスね」
二人の言葉を受けて、審判が軽く頷く。そして、両手を挙げた。
「では……始め!」
審判の合図とともに、オーガがコテツに向かった飛び出した。
「この一撃で終わらせてやろう! 食らえ、《激突鬼神》!」
あれは『土』系の魔法で自分の肉体を強化して突撃する技。早い話、力任せの突進。だが、小細工なしの分だけ威力は高い。ここは防ぐより避ける方が賢明だろう。俺でもあれは痛いぞ。
「…………」
が、コテツは避けようとはせず、両手を前に突き出して、腰を落とした。あれは誰がどう見ても、受け止める気だ。
「馬鹿が! このまま吹っ飛べ!」
オーガの突進がコテツに激突! コテツはそれを両手で受け止めるが、衝撃によりコテツは大盤の外まで………………………吹っ飛ばなかった。
「なっ!?」
「こんなもんスか?」
コテツはオーガの一撃を受け止め切ったのだ。いや、ただ受け止めたのではない。オーガの一撃の威力を、ほとんど腕の力だけで止めたのだ。地面には足に力を入れたような痕跡があまりない。
「な、な、な」
「じゃあ今度はこっちの番ッス」
コテツはオーガの肩を掴んでいた両手の内、右手を外して、拳を構えた。
「《武硬化》」
コテツの拳が鉄のように灰色に濃く光る。
「くっ! 《硬化》!」
それを見て、オーガが反射的に《硬化》をする。主に顔を。おそらく長年の勘が、そこを狙われていると告げているんだろう。
ん? そういやさっき、《武硬化》って言わなかったか? 初めて聞く魔法の名前だけど、普通の《硬化》とは違うのかな。
まあ、変化した色からもそれは言えるか。普通の《硬化》は地面みたいな茶色だけど、今のコテツの色はむしろ鉄鋼のような灰色だものな。
コテツは腕を振りかぶって、オーガの顔面に拳を打ち込む。
「必殺! 《流星ギャラクシー》!」
大層な名前を叫ぶが、それはただの打拳だった。俺のスキル『全能制覇』がそれを即座に理解した。
だが、それは誤りであったと認めるしかない。確かに打拳ではあったが、ただの打拳ではなかったからだ。
「がぁ!?」
全ては一瞬の出来事だった。
鮮血と供に、オーガが大盤の外まで殴り飛ばされた。気付いたときには大盤から消えて、オーガは宙を待っていた。そして、大盤の外までいってようやく地面に落下。いや、激突。
これで場外。彼の負けだ。
「審判。判定を頼むッス」
コテツの声でハッとして我に帰る審判。
「じょ、場外により、オーガ選手の失格! コテツ選手の勝利になります!」
「いえいッス!」
Vサインを決めるコテツだが、観客はそれを見ても唖然とするしかなかった。野次を飛ばす余裕のある者はいなかった。
「え、えーと、実況をする暇もなく、試合が終わってしまいました……。まさかの番狂わせ、流れ者の賞金稼ぎ、コテツ選手の勝利です」
実況もおいてきぼりだったようだ。
「あいつ、何者だ?」
登場の時点では必要ないと思ってやらなかったけど、ステータスをする必要があるみたいだな。個人の部なら当たらないだろうけど、このままでは消化不良だ。
「ステータス」
俺にしか見えない文字と数字の羅列が広がる。それは驚愕の内容であり、しかし先程の結果が当然とも思える事実だった。
○前門虎哲
●種族 人間
●職業 異界人・英雄
●属性 火・光
● 体力923 攻撃578 防御514 反応373
魔力560 知力 30 気力850
素質777
●スキル 『亜空間制御』『武硬化』
●称号 『白銀の鎧騎士』『無名の英雄』
称号には、はっきりと『白銀の鎧騎士』とある。そして、異世界人。つまり転生者。俺の予想は正しかった。
「あいつが『白騎士』……」
自分にも聞こえないような小さな声で呟いた。
想像していたとの色々と違うってのもあるが、それ以上に世間で話題の『白騎士』が目の前にいるってのにただただ驚いた。
言葉もなかった。
しかし、かの英雄が出場しているとは……。もしかして、この武芸試合、ただのイベントではないのか?
どちらにしろ、彼にアプローチしてみるか。
同じこの世界の異物として。




