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剣士の夢

『失敗作が』


 六道飛鳥はそう言われる悪夢を見た。


『駄作』『不良品』『欠陥品』『失格』『最弱め』『愚鈍だ』『駄目だ』『廃棄物と同じだな』『どうしようもないな』『期待外れ』『期待違い』『滑稽だ』『無様だ』『愚劣だ』『零弱だ』『虚弱だ』『弱い』『恵まれなかったな』『見限ったぞ』『見放したぞ』『見捨てたぞ』『失敗作』『失敗作』『失敗作』『このオカマが』


「誰がオカマだ」


 そして、目を覚ます。


 辺りは木々だけで、飛鳥は大きな葉を簡易ベッドにして横になっていた。布団はタオル一枚だ。

 虫の鳴く声だけが耳に入ってくる。鼻につくのは土の臭いと、自分の体から出た汗の臭い。

 空には綺麗な月が浮かび、星々が煌いていた。どうやら、まだ夜中のようだ。


「…………」


 目を覚ました段階で、ここが元の世界とは違う世界だと気付く。そして、この世界では自分が強い存在であることを、思い出す。綺麗なようで、血塗られている自分の手の平を見ることで。


「ふう……。夢か」


 そうだ。確か、クマを食べ合ったリョウマという冒険者の剣士に町中の銭湯で再会して、彼が仲間と迷宮攻略に行くというから苦言を呈したら、その仲間の内の槍戦士が切れて、近くの広場で決闘をして、勝って、そのまま宿を探そうとしたけど、財布の中身が厳しいことを思い出して、山で野宿することにしたんだった。


「今日も楽勝だったねえ」


 力に溺れているとは自覚している。

 力に酔っているとは自嘲している。


 しかし、前の世界では味わえなかった感覚なのだ。溺れてしまうのは、酔ってしまうのは仕方がない。

 当然、転生者の中で彼だけが力に酔っている訳ではない。罪無き一族を虐殺した雪風乙姫も、正義の味方気取りの前門虎鉄も、世界の様子を見ている斉藤龍馬も、転生者は全員、己が手に入れた力に酔いしれている。


 だが、『力』を手に入れたことを一番喜んでいるのは、他ならぬ飛鳥だ。


 そして、斉藤龍馬を除く三人の転生者は、全員、多かれ少なかれ人を殺している。


 一人殺せば殺人犯、十人殺せば殺人鬼、百人殺せば虐殺者、一万人殺せば英雄。


 実際、百人近くの鬼人を殺した乙姫は虐殺者であろうし、既に一万人の罪人や暴君に天誅を下した虎鉄は英雄なのだろう。


 そして、その言い方ならば、十人と少し殺した飛鳥は殺人鬼になる。

 彼が殺したのは、罪無き一般市民でもなければ、罪深き悪鬼でもない。彼が殺すのに功罪は関係なく、純粋に強いかどうか。

 飛鳥は各地で名のある剣豪や戦士と決闘し、全戦を勝利している。そして、その中の何人かを殺してしまった。いや、何人かを殺せなかったと言った方が正しいか。

 彼は殺すことを前提で決闘を挑んでいる。

 相手も同じだ。

 しかし、声を聴かなければ女性にも見える飛鳥が本当に強いと思うような人間は少なく、それ故に油断する。自分が負けることなど想定せず、気軽に『生死問わず』を了承してしまう。

 ただの野良試合でも、飛鳥は殺人を躊躇わないというのに。


 戦闘狂であり殺人狂。

 それが、六道飛鳥という男のこの世界でのスタイルである。


「……って、さっき殺せなかったじゃん」


 先程のヴァイルとかいう槍戦士との一戦も、本当は殺すつもりだった。奥義《不合鏡》で奪った彼の槍で、そのまま彼の心臓を突き貫くつもりだった。

 しかし。

 何かがそれをさせなかった。

 この場合の『何か』とは聖霊だの運命だの大きな流れのことを言っているのではない。飛鳥自身の第六感のことだ。


「あの時、彼を殺していたら、僕は何かに殺されていた」


 そして、その場合の『何か』が何かは飛鳥には分かっていた。


「リョウマとかいったっけ」


 昼前、山で出会った剣士だ。あの剣士は、妙な男だった。強そうだとか弱そうだとか、賢そうだとか愚かそうだとか、誠実そうだとか胡散臭いとか、そんな感想を一切感じない、特徴という特徴を全て奪われたかのような黒髪黒目の、自分と同世代の少年。

 スキル『器物黙読』で彼の剣と会話してみると、どうも彼は敢えて剣を使うことで本当の実力を隠しているようだ。あの剣は自分がほとんど飾りであることに憤慨していた。


 ヴァイルを殺そうとした瞬間、本当に一瞬、飛鳥でなければ気付かないような強い殺気を彼から感じた。


 おそらく、リョウマ本人でさえ気付かなかった殺気。


「何者なんだろうねえ、一体。君には検討がついているんじゃないかい? ラセツ」


 飛鳥は腰に差していた刀の一本を抜き、それに話しかけた。傍から見たら変人である。しかし、彼の声に応える存在があった。


『一応はな、友よ』


 ラセツ。

 それは、元々は飛鳥の肉体に封じられていた『鬼神』。飛鳥がこの世界に転生してくる際に神によって仕組まれた悪戯。


 飛鳥は道中手に入れた『魂を封じる妖刀』で自らを斬り付け、ラセツを妖刀の中に封印したのだ。


 理由は、飛鳥が『鬼神』という存在の特徴に気付いた為。自分の肉体にあっても良いが、むしろ刀にあった方が良い特徴であった。それは普通とは逆の発想でもあったが、飛鳥は敢えて、ラセツを刀に封印した。

そして、飛鳥は理想の名刀『羅刹』を生み出した。


『あれはおそらく、お前と同じ転生者だろう』


「……成る程。多分、僕の後にあの神様によって落とされたと考えて良いんだろうか」


『おそらくはな。そして、奴の魂には何か、俺と同じようなものが封印してあるようだ』


「君と同じ、『鬼神』かい?」


『どうだろうな。どうも「原型」は同じような気がするが、分からん。俺にはそういう記憶がないからな。俺は現在、ただの妖刀の中身だ』


「それって、『ただの』が付くような立場かい?」


『しかし未だに分からんな、友よ。お前は何故、俺を自分の体から追い出し、この刀に封じた? 確かにこの刀は他に類を見ない名刀となったが、本来、俺の能力は生命体の中にあってこそ真価を発揮する』


「ああ。だからこそ、いくらかは君を僕の中に残しているよ。そのいくらかで、本来なら十分な能力だしね」


『それでも、お前と同じ転生者や竜王を相手にすることになると、話は別だぞ?』


「いいんだよ。僕は剣士だ。自分の命より、刀を重んじるのさ」


 言ってから、自分でも寒々しい台詞だと思う。

何かを重んじるだとか、誰かを愛するだとか、そんな感情を空想の産物だと断じていたのが、かつての自分だったはずだ。

 そんなお前が何を重んじる?

 飛鳥は自問するが、何も思い浮かばない。自分自身にさえ言い訳が出来ない。


だから、


「しかし、転生者か。やっぱり、彼との戦いは楽しそうだ」


 と話を逸らした。


『結局、お前は血が好きなのだな、友よ』


 どこか呆れるようなラセツ。


「彼も百ポイントの権利をもらったんだろうなあ。そうすると、どうなんだろう。彼はどんな能力を選んだんだろうか?」


 人里離れた山の中、六道飛鳥は邪悪な笑みを浮かべた。


 武芸試合にて、斉藤龍馬に精神的敗北をされるとは夢にも思わずに。


「グオオオオオオ!」


 後ろから魔物の咆哮が聞こえてきたが、飛鳥は眉一つ動かさない。気配がすぐ傍まで寄って来て、ようやく刀を振るった。


「『六道一転流』第二の型『人間道』奥義――」


 それは一刀流を基盤とした『人間道』の技で、背面を切り裂く奥義の一つ。


「――《孫の手》」


「グオオ……!」


 バタっ!


 背後で倒れた魔物を見ることなく、彼は天高く昇った月を仰ぐ。


 未だ完成しない『天道』と『地獄道』のことを憂いながら。


「『人間道』はほぼ完成だ。『修羅道』『畜生道』『餓鬼道』が完成すれば、『地獄道』の完成度も連動的に上昇する。問題は、『天道』だ」


 第一の型である『天道』の完成度は、皮肉なことに、六つの型の中で最も低い。同じ無刀状態である『餓鬼道』とは剣術としてのアプローチが違うため、応用することは出来ない。


 一度、伝説の聖剣でもへし折ってみれば話は変わるのかもしれないが、その手の類の物には滅多に出会えない。


「まあ、元々相手が武器を持っていないと意味のない型だしな。彼には通じないんだろうから、同じか」


 彼とは勿論、斉藤龍馬のことを示す。


 夕方、街中で例の武芸試合に関するチラシをゲットした。それによると、流れ者でも参加できるそうだ。聞いた話では、遠方からわざわざ参加してくる猛者もいるそうだ。

 剣術の更なる開発のいい実験場になるだろう。


 斉藤龍馬の本気も見られたら、最高だ。


「いやあ、楽しみだなあ」


 六道飛鳥は、その綺麗な顔には似合わない、不気味で歪んだ笑顔を浮かべた。



 自分の敗北など、この時の飛鳥の脳裏には浮かんでいなかった。


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