剣士との邂逅
「武芸試合、ですか?」
ヴァイルに迷宮攻略チームに誘われた翌日、若干の二日酔いを覚えながらギルドに行くと、挨拶と同時にラシアさんから、そんな催しに誘われた。
「そうなの。不定期開催でね、主催はここらの領主。血の気の多い人で、他人のぶつかり合いが大好きなのよ。リョウマ、ヴァイルたちとチーム組んだんでしょ? 君ら若手が成績出してくれたらギルドのいい宣伝になるし、チーム戦の部に出てくれないかな?」
詳細が記されたチラシを渡された。何気なく見ていたが、優勝賞金の欄を見て驚いた。
「き、金貨六十枚!?」
金貨六十枚っていえば、この世界では一般年収だ。
この世界で最も価値が大きいのが、白金金貨。これは一枚で金貨百枚分の価値がある。
次が金貨。五枚で一般月収相当になる。
そして、十枚で金貨一枚分の銀貨。
二十枚で銀貨一枚分の銅貨。
更に、最も価値が低い通貨で、百枚で銅貨一枚分の鉛貨。
それが世界共通の通貨。よっぽどの辺境でない限りはどこでも使えるとのこと。
ちなみに、この間のゴブリン討伐は、金貨二枚分の仕事だ。まあ、ギルドに仲介料を差っ引かれた分なんだけど。
「ヴァイルやジャジャはもうオッケーって言ってくれたから、あとは君とマイミだけね。マイミは一人だけ反対することはないだろうから、君次第ってことになるけど?」
「ええ、いいですよ」
断る理由がない。それに、チームで挑むとなれば、迷宮攻略の時の練習になる。チーム戦となれば、単独やコンビとは訳が違うからな。
「良かった。もし賞金がもらえるほど勝ち進めれば、賞金は全部持って行っていいからね」
「え? いいんですか?」
「まあ、大ギルドの若手も出たりするからね。勝率は低いんだよ。だから、ちょっとでもやる気を出してもらわないとさ」
なるほど。確かにモチベーションが上がっていますよ。一気に年収分が入るんだから、迷宮へ向けて装備を一新できる。
「ヴァイルやジャジャはどこですか?」
「それぞれ、修行を兼ねて単独で依頼に行ったわ。皆で合わせる前に、自分の力量を確かめておこうってことかしら。どっちも討伐ね。ヴァイルは山に出たヘッドウルフ、ジャジャは洞窟のキックバットの群れね」
どっちも単独ではそれなりにきつい種類だが、あの二人なら大丈夫だろう。
「俺にも何か討伐系の依頼ありますか?」
「マットクラブとマッチベアーがあるけど?」
どちらかといえば、マットクラブはマイミ向きだ。ここは今頃愛する妹と朝食を食べているであろうあの騎士にとっておいてやろう。
「マッチベアーでお願いします」
■■■
マッチベアー。
簡単に言えば、火を吐くクマ。階級こそゴブリンと同じ第五級だが、実力は比べ物にならないだろう。俺にしてみれば、ゴブリンと違って大きな群れを作らないし、臭くも汚くもないから、いい相手なんだけど。今回は目撃されたのは一匹だけで、その一匹倒して死体を持っていけば、それで依頼は終了だ。
俺にとっては、ゴブリンもマッチベアーも大した差はないしな。第三級を瞬殺した実力は伊達じゃない。
ただし、奴には奴なりの厄介さがある。あのクマは殺気に敏感なのだ。気配丸出しで探しても逃げられる。常に気配を殺していなければならない。奴自身も気配を殺して獲物に接近してくるので、背中を襲われないように注意しないといけない。
図体でかいくせに、動きが静かだからな。
と。
鼻をつく臭いがした。魔物特有の血の臭い。こういう仕事をしている内に、そういうことも覚えた。
動物に分類されている生物では、ゴブリンやスライムなど特例的な弱い種族を除いて、魔物を倒すことはまずない。
つまり、魔物を倒すことが出来るのは、人間か同じ魔物だけ。
これはつまり、他の魔物を倒すことができるほど強い人間か魔物が近くにいるということ。もし魔物なら、マッチベアーである確率がでかい。
そう思って、気配と足音を殺しながら、臭いのする方へと向かう。……なんだか、あの女のことを思い出しそうになったが、頭を振るってその記憶を振り払う。
小川の川岸が見えてきた。どうやら、臭いの元はあそこらしい。俺が思った通り、マッチベアー特有の真っ赤な毛が見えた。
が。
そこには生きたマッチベアーなどいなかった。そこにあったのは、マッチベアーの毛皮だった。
「は?」
困惑する俺だったが、毛皮の近くに人間らしき影を発見した。火打ち石を持っているところを見ると、火を起こそうとしているんだろう。その足元には巨大な肉塊。
どうやら、討伐対象であるマッチベアーを誰かに先に狩られてしまったらしい。しかも解体済み。おまけにこれから実食予定。さすがに他人の討伐した獲物を横取りするのはマナー違反だ。
死体を持っていくのも依頼に入っている。依頼主の所望は、討伐よりむしろ毛皮や肉にあるからだ。毛皮は加工して洋服に出来るし、肉は目の前の御仁がやろうしているように食べられる。
「こりゃ、依頼は失敗だな……」
他にマッチベアーが山にいるといいんだが。でもこの山に出るマッチベアーって、基本的に他の山から流れてきた奴なんだよな。だから希少だってのに……。
「ん?」
目の前の御仁に俺の声が聞こえたらしく、こちらを見た。
で、目が合った。
「…………」
「…………」
互いに沈黙。
随分と綺麗な顔をした、えっと、男か女か分からない同年代らしき人物だった。胸がないので、多分男だとは思うんだが。髪は黒の中に茶が混じっている。まるで染色に失敗したみたいな色だが、この世界には髪の色をしない。変装でもカツラを被る。
最大の特徴は、右目。まるで、空のような青色。いや、蒼色? 左目は黒なので、オッドアイという奴だ。
腰には二本の刀を差しているので、職業は二刀流の剣士だろうか。服はなんだろう。インドに日本を混ぜて、中国で割ったような格好だ。
町では見かけたことのない顔なので、かつての俺と同じ流れ者の可能性が高い。
「やあ」
向こうが右手を上げて、軽い感じで挨拶してきた。透き通るような声だが、それで確定した。こいつは男だ。
「ど、ども」
こちらも同じように返す。
「先に言っておくけど、僕は男だよ?」
先に言っておくってことは、どうやら女によく間違えられるようだ。まあ、声を聞くまで俺もどっちか分からなかったけど。
「あ、もしかして、この地域は君の縄張りだったりするのかな?」
「い、いえ。この辺りにはどこが誰の縄張りってことはありませんが」
「そっか。それなら良かった。いやさ、前にそれで難癖つけられて、かなり面倒なことになったもんでね」
その発言からすると、こいつは流れ者で正しいようだ。
「僕はアスカ。君は?」
「龍馬だ。この近くのギルド『ポーシック』で冒険者をやっている」
「へえ、ギルド所属の冒険者か。僕はその日暮らしの旅烏だよ。……それにしても、リョウマか。新時代を迎える前に無念の死を遂げそうな名前だね」
「そりゃどうも。初めて言われたよ」
ん? 待て。今の感想って、元の世界の人間じゃないと出て来ないものじゃないか? この世界の歴史はかなり大雑把に勉強したが、『リョウマ』なる人物はいなかったし。
俺は火打ち石を叩いているアスカを指差して、久しぶりに『これ』を使った。
「ステータス」
俺の眼前に、アスカのステータス数値が広がる。
○六道飛鳥
●種族 人間
●職業 異界人・剣士
●属性 風・闇
● 体力500 攻撃713 防御307 反応865
魔力 5 知力565 気力600
素質423
●スキル 『器物黙読』
●称号 『蒼き剣聖』
やっぱりか。
それにしても、極端な能力だな。攻撃や反応の値が異常に高い。
雪風乙姫は魔力が異常だったし、やっぱり、転生者は総じて能力が高いのだろう。俺の場合はそれが素質な訳だ。
しかし、魔力が一桁って初めて見たぞ。ああ、だから火打ち石を使っているのか。普通、火を起こすなら超初歩魔法の《発火》を使えばすぐに済むはずだ。それをしないのは、出来ないから。つまり、初歩の魔法でも、二桁はいるってことだな。
新しい発見だ。
「青い右目ってことは、噂の剣士か?」
「噂については知らないけど、僕は剣士だ。六道一転流初代当主さ」
どこか自慢げにするアスカ――否、六道飛鳥。
「六道一転流?」
「僕が作り出した新しい剣法さ。現在、世界各地の剣豪と戦いながら極めているところなんだ」
へえ、そういうことをやっている転生者もいるのか。
「そうだ。君はここらの人間なんだろう? だったら、強い奴を知らないかな? 腕試ししたいんだ」
「強い奴、か……。近い内に武芸試合があるんだけど、それに出たらいいんじゃないかな?」
「武芸試合?」
「ここらの領主の道楽だよ。優勝賞金は金貨六十枚だぜ?」
火打ち石を打つ動作を止める飛鳥。どうやら薪に火がついたようだ。
「金貨六十枚? 一年間労働しないで暮らせる額じゃないか。その領主様は中々太っ腹なんだね」
木の枝に肉の切れ端を刺しながら、飛鳥はこちらを見る。どうやら、あのマッチベアーの肉は串焼きにするようだ。
「それはあれだ。流れ者の僕も出られるのかな?」
「多分大丈夫だと思う。明日、この近くの港町にある『ポーシック』っていうギルドに来てもらえるか? 詳しい話はそこでするから」
「いいのかい? 悪いね。手間を取らせて」
火が肉を炙るいい匂いがしてきた。飛鳥は近くに置いてあった袋から小さな瓶を取り出した。どうやら、タレのようだ。
「良ければ食べるかい?」
「勿論」
遠慮なく戴いた。
■■■
マッチベアーの串焼きを戴いた後、飛鳥と別れて、別のマッチベアーを探した。毛皮だけでも貰おうとも思ったが、ご馳走になってそれは図々しいのでやめた。
「それにしても、やたら美味かったな。あの串焼き」
多分、タレがいいもんだったんだと思う。和風っぽい味付けだったけど。しまった。レシピを聞いておけば良かった。
『おい、相棒』
久しぶりにアースが声を掛けてきた。
教会で龍神の神話を聞いて以来、二ヶ月も黙っていたのだが、その沈黙をようやく破ったようだ。話の内容はおそらく、先の転生者のことだろう。
「どうした、クソ龍神」
『さっきの剣士のことだが……』
「ああ、転生者ってんだろ? ステータスを見て分かったよ」
『いや、問題は剣士本人のことじゃない』
「え?」
『奴が持っていた刀のことだ』
飛鳥は二本の刀を腰に差していた。二本とも日本刀だった。どちらが脇差ということはなく、両方とも大太刀。軽く話を聞いた限りでは、一本は妖刀だという。恐ろしい話なのでそれ以上深くは聞かなかったが。
アースの用件は、妖刀の方だろう。
「あの刀がどうかしたのか?」
『あの妖刀の中には、俺のような「何か」が封印してある』
アースのような何か? 飛鳥も、俺の『龍神格化』のような何かを神に頼んだってことなのか? いや、でもスキルには『器物黙読』というものだけだった。
およそ戦闘能力はなさそうな能力だったが……。
『お前のステータスを見る能力では、人間の能力を見ることは出来ても、アイテムの能力は見ることが出来んからな』
「つまり、あいつの強さはあの刀にあるってことか?」
銘だけでも聞いておくんだったか。
『いや、あいつ自身もとんでもない使い手さ。お前もこの二ヶ月でギルドの連中の技術を例の「全能制覇」でいくらか複写したが、それだけでは相手にならんだろう。いよいよ俺の能力を開放しないとな』
「『龍神格化』か」
災厄たる『無限龍』の力。
俺もこの二ヶ月で、アースの原型だというウロボロスについて調べた。
曰く、『無限龍』には四つの特性があった。『無』の属性、無限の魔力、不滅の肉体、幾万もの異能力。
しかし俺にあるのは、『無』という属性だけ。おそらく『龍神格化』をマスターすれば、残り三つの能力も使えるようになるんだろう。
特に、無限の魔力は欲しい。万が一にもあの女、雪風乙姫に再会してしまった時のことを考えると、彼女に対抗できるだけの魔力は必須だ。
上限値限界の魔力には、同じ上限値限界の魔力でないと抵抗できない。魔力が同じなら、他の能力が高い俺の方が断然有利。特に、俺には『龍神格化』がある。彼女がどんな強大な魔法を使っても、俺はそれをすぐに打ち返せる。
だが、不安要素もある。勿論、『功罪誘発』だ。何が起こるか分からないスキル。
「そういえば、飛鳥には俺が転生者だって話してなかったな……。俺のステータスについても」
どうにかして、俺の『龍神格化』の訓練に協力してもらいたいけどなあ……。
「まあ、なるようになるか」
『なるようにしかならねえよ。そして、なるようにはならねえさ。俺「達」はな』
俺の魂に巣食う無限龍は、可笑しそうに言う。
『俺達は、あの「無限龍」だ。この世界にとって、俺達はどうしようもないくらい異物で異形の存在だ。どこまでも邪魔な害悪だ。そして、あの男もその同類さ』
あの男。飛鳥のことか。
「ならせめて、あいつとは友達になりたいけどな」
なんとなく、そう呟いた。
未来の俺が聞けば、なんと皮肉なことを望んだんだと、今の俺を笑うだろう。笑って笑って笑って、泣いて泣いて、怒っただろう。
俺が、彼を人の道ならぬ修羅の道へと落としてしまうというのに。




