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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神弥平

作者: AFD

 岩場には無数の(こけ)が月明かりに(さら)されてライムグリーンに輝いていた。遠目からは辺り一面が鮮やかな絨毯(じゅうたん)が敷き詰められているように見える。それは長い時間をかけて人目を避けながら自然が創り出した遺産といっても過言ではない。その岩場の片隅には風化しつつも何とか原形を留めている(かぶ)がさが一つ不自然に転がっていた。ところどころ錆びついた鉄の骨板(こついた)が剥き出しとなっており、おそらく遠い昔に(いくさ)で使われたものであろう。少し触れただけで崩れてしまう程、何百年とこの地に野ざらしとなっているようであった。

 シャン・・・シャン・・・。どこからか修験者が錫杖(しゃくじょう)を鳴らす音が聞こえた。金属でできた遊環(ゆうかん)がぶつかり合うその音は一定の間隔を取りながら次第にこっちに近づいてくる。それと共に四方八方から生温かい風が木々の間を通り抜けてこの地に集まり始めた。地面からの湿気と相まって肌が汗ばむほどだ。風の流れが止まると転がっている被り笠の真上に白い半透明の浮魂(うきだま)が現れてゆっくりと収縮を繰返し始めた。それは徐々に人の型となり最後には白装束(しろしょうぞく)を着た老人の姿となって岩場に降り立った。先程まで朽ち果てていた被り笠が元の艶を取り戻し真新しくなっている。老人はそれを拾い上げ深々と被ると再び闇の中へと消えていった。

 死神の報酬はどれだけ多くの輩をあの世へ導くかによって決まる。その報酬は「死神であり続けること」にほかならない。手を抜けばまたこの世に未練を残してさ迷い続ける浮魂(うきだま)に戻ってしまう。死神の中には手っ取り早く(いくさ)を始めたがる輩もいるが、それでは長くは続かない。例えるなら、それは畑の野菜と一緒だ。収量を増やすには優秀な種を後世に残さねばならない。そんな輩が集まり国が栄えれば(おの)ずと民も増える。民が増えればあの世に導く輩も増える。送らざるべき輩の選別ができなければこの役を長く務めることはできない。死して五百年以上じっと浮魂(うきだま)として耐えてきた拙者だから分かることだ。この長い年月に耐えきれず大抵の輩は諸行無常しょうぎょうむじょうの悟りを信じ成仏してしまう。しかしその先に待っているのは「無」である。「無」は己の存在を全て消し去り、新しい無垢(むく)な魂として再びこの世に送り込む。拙者には到底理解できない摂理である。鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)の戦国時代を常に死と隣り合わせに生きた拙者にとって生きることへの執着は死しても尚揺るがぬ己の本質であり、時間との我慢比べなど拙者にとっては造作もないことであった。そして下剋上の世での一兵卒(いっぺいそつ)だった拙者が(ようや)く今宵この役に就いだ。拙者の名は弥平(やへい)死神弥平(しにがみやへい)


 環状八号線とニ四六号線の交差付近では昼夜を問わず車の流れが止まることはない。空気が(よど)み息苦しさを感じたり、夜中に車のクラクションの音で起されて睡眠不足となるなんでことはざらである。何でこんなところに引っ越してしまったのだろう。片平祐一からひらゆういちは玄関のドアの前に立つ度に溜め息をついていた。医者になって十年、気分転換に引っ越しを思いつき、何気なく手に取った賃貸マンションの小冊子がきっかけで一ヶ月後には引っ越しを済ませていた。不満な点は山ほどあるが今すぐ離れるつもりはない。この場所には忘れられない幼少の頃の思い出がある。そして今でもあの光景が時折頭を(よぎ)る。

 小学校三年の夏に友人とその兄と三人でこの地に虫取りに来た。朝一番の電車に乗って一時間程電車に揺られ、家族以外での初めての小旅行だった。ノコギリクワガタやヒラタクワガタを緑色の虫籠(むしかご)に一杯になるまで採って帰途についた。駅のホームで友人とじゃれあっていると一陣の風が祐一の被っていた麦わら帽子を吹き飛ばした。無意識に右手がそれを掴もうと天高く伸び、次の瞬間、足元がぐらついてそのままの真っ逆様に線路に落ちてしまった。猛々しい汽笛が起き上がろうとする祐一の脚力を奪い、全身が一瞬にして凍りついた。叫び声をあげる余裕すらない。ホームの上ではあんぐりと口を開けている兄弟と悲鳴をあげる子供連れの婦人の姿が見えたが助けを呼ぶこともできなかった。電車は甲高いブレーキ音を(とどろ)かせながら祐一にむかってくる。祐一との差は十メートル、祐一はあまりの怖さに目を瞑ってしまった。その時誰かが祐一のシャツの背中を引っ張りホームの下に追いやった。いくつもの重厚な車軸が耳元を通過した後、祐一はゆっくりと目を開けた。一人の老人が祐一の顔を除き込んでいる。白装束(しろしょうぞく)(かぶ)(がさ)という奇妙な格好であった。老人と目があうと老人はニヤリと笑い周りのコンクリートの中に吸い込まれるかのように消えて失せてしまった。二十年以上経った今もその光景が祐一の脳裏にしっかりと焼きついている。

 それから三日後に大好きだった叔父が心筋梗塞(しんきんこうそく)で突然この世を去った。祐一にとって「死」というものを身近に感じたのはそれがはじめてであった。嗚咽をこらえながら溢れ出す涙を何度も拭った事を今も覚えている。あの老人の顔が忘れられないのは、そんな非日常的な出来事が相次いだからかもしれない。


 祐一は心臓外科医として帝都大学付属病院で執刀していた。腕が良いという評判がクチコミで広がり、今では雑誌や機関誌にも時折紹介されていたが祐一自身はそんな日常に嫌気が差していた。そんな思いとは裏腹に祐一の執刀を希望する患者が増えはじめ、今日もまた新しい患者が診察室のドアを叩いた。看病でやつれた母親に連れられて小学生の男の子が母の手を握りしめて入ってきた。とても蒼白い顔で、立っているのがやっとのようであった。事前検査では心尖(しんせん)部には雑音が聞こえ、カテーテルによる造影検査では左房が拡大し弁の不完全閉鎖を起こしていることがわかった。祐一は憎帽弁閉鎖不全症そうぼうべんへいさふぜんしょう、通称「MR」と診断し、すぐに入院することを母親に勧めた。

 病院から帰宅した後も祐一は異常なまでの少年の顔色の悪さが気になっていた。普通の心臓病患者でもあそこまで酷くはならない。あの蒼白さはすでに死後何日か経過している死者の顔色と同じであった。先ほどからバーボンをグラスで二杯ほど胃に流し込んでいるが、頭に浮かぶのはあの少年のことばかりだった。いくつか追加検査をしてからの手術となるが今回ばかりは気が重い。テレビの画面にはいつも見ている大リーグのダイジェスト番組が映し出されていたが祐一はそれには目もくれずソファーの上で丸くなったまま眠りについた。


 大きな雷鳴(らいめい)と共に前方にある山の(ふもと)から土煙(つちけむり)があがった。百騎を超える騎馬隊が一斉に土を蹴り上げながらこちらに向かってくる。祐一は甲冑(かっちゅう)の重さに耐えながらも槍を正面に構えて迎え撃つ覚悟はできていた。祐一の背後には数少ない鉄砲隊が待ち構えている。何騎かは彼らが射ち落としてくれるだろう。しかし味方の軍勢は五十騎足らず、後方には大井川が行く手を塞ぎ、生き延びるためには前に進むしかなかった。隣り合わせに進むのは年老いた足軽だった。陣笠(じんがさ)を深々とかぶり表情はよくわからない。ただその胴鎧(どうよろい)にはいくつもの(いくさ)に勝ってきた証として無数の傷痕(きずあと)が刻まれていた。

「おい、若いの。拙者の前に立て!」老兵は祐一に命じた。

 祐一は自分を盾にするつもりかと思い老兵を一瞥(いちべつ)したが、その方が自分も自由に動くことができるので黙って老兵の言葉に従った。敵の馬群が横に広がった。後方からも長槍を持つ歩兵の大群がそれに続いているのが見えた。一頭の騎馬が祐一に狙いを定めて向かってきた。刀を握り締めた自分と同じ歳頃の侍が祐一にむかって何かを叫んでいる。おそらく「退()け!」とでも言っているのであろう。祐一は正面に構えていた槍を横に向け馬の前脚目掛けて振り抜いた。骨の砕ける音と共に大量の血飛沫(ちしぶき)が宙を舞った。馬はそのまま横に倒れ込みその勢いで鞍上の侍が振り落とされた。握っていた刀は祐一の正面に転がり祐一はそれを握りしめて侍の上に(またが)った。

「心の臓を貫いてやれ!」いつの間にかさっきの老兵が祐一の目の前に立っていた。

その言葉に侍は顔を引きつらせて馬なりになった祐一を振り落とそうもがき始めた。祐一は体勢を崩しながらも刀の先を胸に突き立てた。侍の顔に視線を移すとそこには先程までの若侍の顔ではなく、あの少年の蒼白い顔があった。祐一は不意に刀の柄を握る力を緩めた。その瞬間、老兵は祐一の手を包み込み、全身の力を使って一気に刀先を下に押しやった。

「こうやるのだ!」

ズブリという音の後、柔らかな肉の固まりを貫いている感触が伝わってきた。少年は断末魔の叫びを上げて口からゴボゴボと血を吐き始めた。

「何をするんだ!貴様」祐一は老兵に向かって叫んだ。

 老兵は目深にかぶった笠を脱ぎ捨て、そして祐一を見つめた。祐一はその顔に見覚えがあった。その顔はまさしく祐一の脳裏から離れないあの白装束(しろしょうぞく)姿の老人の顔だった。

「拙者の名は弥平(やへい)。死神だ。あの少年をあの世に送らねばならん。だから邪魔をするな」

「死神」という言葉に一瞬(ひる)んだが、祐一は勇気を振り絞って首を振った。

「駄目だ。私は医者、あの子を助けるのが私の役目」

「それなら、他の誰かを代わりに送らねばならん。別にお前でも構わんが・・・」

弥平(やへい)はそう言い残すとあの時と同様、(かすみ)のように消えてしまった。

 祐一は矛先が突如自分に向けられたことに戸惑いを感じ、そして何よりも何故あいつはあの時自分を助けたのだろうかという疑念が燻った。

 襲ってきたはずの敵の軍勢や刺し貫いた少年の死体もいつの間にか消えてしまっていた。そして山の端から太陽が顔を出して眩しい光で祐一を包み込んだ。あまりの眩しさに目を(つぶ)り、あの時と同じようにゆっくりと(まぶた)を開けるとソファーの上に横になっていた。時計は朝の五時を差している。これは夢ではないと祐一は確信していた。弥平(やへい)が力を入れた手の形が両手の甲に薄紅色の痣として残っていた。

 

 手術執刀の前日、祐一は少年の病室を訪れた。少年の名は栗原剛くりはらたけし、ついこの間まで元気にサッカーをして走り回っていたらしく、もともと心臓病を(わずら)っていたわけではないらしい。少年は覇気(はき)もなく窓の向こうの景色をじっと眺めていた。相変わらず顔色が悪い。祐一が部屋に入っても素知らぬ顔だった。夢も希望もなくただひたすら死待っているように祐一には見えた。

「剛君。よくなったら、また好きなサッカーができるよ」

祐一は元気のない少年を励まそうと微笑みながら言った。

「嘘だ。あいつは昨日もお前はもうダメだって言ってた。そして先生が僕を殺すとも言っていたよ」

「あいつ?もしかして弥平(やへい)のことか・・・」

祐一は咄嗟(とっさ)にその名前を口にしてしまった。少年はポカンとした顔で祐一を見上げた。

「あいつ、弥平(やへい)っていうの?先生は何であいつのことを知っているの?」

祐一はその問いには答えず、「そのことなら大丈夫だ。あいつは先生が何とかするから安心しなさい。今、君に必要なのは諦めない勇気だよ。」

その言葉だけを言い残して祐一は病室を後にした。

 思えばこれまでの人生何かを楽しみに生きてきた訳ではなかった。そしてこれから先も医者として何十人、何百人の命を救おうがそれで自分が満足し、それに生き甲斐を感じるということはないであろう。自分の命と引き換えにあの子の未来が守れるのであればそれもまた良し。あの戦いの場で少なくとも自分は敵襲に覚悟を決めて槍を握りしめていた・・・自分の命など(かえり)みずに。そうすることが自分に託された運命(さだめ)なのかもしれない。祐一は明日の手術に全身全霊を捧げる事にした。

 

 朝から滝のような雨が降っていた。全く収まる気配がない。それどころか時折、猛々しく雷鳴(らいめい)を轟かせながら眩しい稲光(いなびかり)が大地を幾度となく突き刺していた。これもあいつが企む余興(よきょう)なのだろうか?祐一は窓の外から正面の手術室に視線を移した。壁に掛かった時計は午後一時を差そうとしていた。手術用のゴム手袋を慣れた手つきではめ終えると手術室のドアを開いた。助手に器械出し、麻酔医といったチームの連中が祐一を待っていた。準備は既に整っている。祐一は手術台に横になった少年のそばに行って顔を覗いた。少年と目があった。不安そうな眼差しは相変わらずだが、瞳には活力がある。生きたいという想いがこちらまで伝わってくる。祐一は全身麻酔をかける前に少年に言葉をかけた、「先生を信じろ」と。少年はコクリと(うなず)いて目を閉ざした。

 祐一は少年の胸の中央部にメスを入れた。その切れ目からツーッと血が湧き出てくる。次に胸骨を切開し開胸器(かいきょうき)を使って左右に開いた。心臓が定期的なリズムを刻んでいるのが見える。心臓を覆う心膜(しんまく)を切って糸で吊り上げたときに祐一は不意に手を止めた。第一助手や器械出しの看護士は祐一が何か部位に異常が見つかったと思い、祐一の顔をじっと見つめて指示を待っている。しかし祐一がルーペを通して見ているのはそんなものではなかった。果たしてこれは現実なのか、見えているるのは自分だけなのだろうか。剥き出しとなった心臓を握るかのように後ろから五本の指が現れリズムに合わせて指を収縮させている。その人差し指が大動脈の辺りをきつく押さえた時、モニターからピーピーとアラーム音が鳴った。心拍数や血圧の数値に異常を起している。祐一がメスを置いてその指を剥がそうとした途端、一瞬にして周りが暗闇と化した。全ての照明だけでなくモニターや人工心肺装置まで静止し、助手や器械出しの看護士のざわめき始めた。

「やはりこの坊主を連れて行きたいんだが・・・」

突然、祐一の耳元で弥平(やへい)の声がした。祐一は金縛りにかかったかように身動きがとれず振り向くことすらできない。

「この状況下で連れて行っても、御主が(とが)められることはあるまい。医者の(せき)にあらずだ」

祐一は眉間(みけん)に皺を寄せてしきりに目で「止めろ」と訴えている。

「この場で拙者が連れて行かなくとも、既にあの世へ導かれる運命(さだめ)にあるのだが、それでも御主は身代わりになるとでもいうのか?」

祐一は少し考えてゆっくりと目を(つぶ)った。

「そうか・・・。三日後だ。三日後に迎えに来る」

弥平(やへい)はそう言い残して気配を消した。次の瞬間、全ての照明が復旧して辺りが急に明るくなり、モニター周辺の電気器機も作動し始めた。時間にして二十秒くらいのことであった。祐一は心臓を握る指が消え失せているのを確認すると、弁の摘出手術を中止し、再び心膜(しんまく)を縫合し始めた。病院側にとってもその方が良いだろう。そして五時間かかる手術をニ時間程度で切り上げて少年共に手術室を出た。母親が心配そう近づいてくる。

「息子は大丈夫なのでしょうか?」

「ええ。心配いりませんよ」祐一は微笑んだ。

「でも先生、長い手術になるって言っていたじゃないですか・・・それがこんなに早く終わるなんて」

祐一は人工弁の置換手術を行なわなかった旨を説明したが、その理由を聞かれても「死神が去ったから」とも「手術中に停電が起きた」とも言えず困惑の表情を浮べた。ただこれからニ・三日程様子を見させてほしいとだけ母親には伝えた。

母親はなんだか狐につままれたような表情を浮かべてヨロヨロとベットで運ばれる息子の後を追いかけて行った。


 少年はこの二日の間に順調に回復に向かっていた。血圧、心拍数も異常がなく不整脈(ふせいみゃく)も見当たらなかった。弁も正常に機能していると思われる。午前の診療を終え、祐一はそのまま自宅のマンションに向かうことにした。今日が約束の三日目、病院で診察中に死ぬことなどあってはならない。電車が到着し、いつものホームへ降り立った途端に携帯電話が鳴った。表示は帝都大学附属病院となっている。電話に出ると事務局長からだった。少年が息を引き取ったという。正確に言えば、母親が寝ている息子の心臓をナイフで突き刺したとのことだった。

「警察の話じゃ、母親は息子の生命保険で借金の返済に充てようとしていたらしい。元気になって帰ってきても一家心中、その前に楽にしてやりたかったみたいだよ。他の病院を転々として診療費を払えず踏み倒してきたって話だ。困った話だ・・・」

 祐一は話が終わらないうちに通話を切って天を仰いだ。

「御主の叔父上(おじうえ)もそうであったが、血は争えんようだ」

どこからともなく弥平(やへい)の声が聞こえた。だが姿は見えない。

「あの日、御主の身代わりとなってあの世に送られたんだよ、叔父上(おじうえ)は」

全く予期せぬ死神からの告白であった。祐一は動揺し、目を落ち着きなく左右させている。

「医者は時として送らざるべき輩となりうるが、所詮は商売敵(しょうばいがたき)、行き過ぎは禁物だ。折角、叔父上(おじうえ)が救った命であったが、こんな形で終わるとは残念だ」

 電車が駅のホームに入ってくる音が聞こえた。どこからともなく(かぶ)り笠が祐一の頭上に舞い上がった。祐一は無意識にあの時と同じように天高く手を伸ばして笠を掴もうとした。その瞬間、笠が風化し、あっという間に空気中に塵となって消え失せた。体勢を崩して線路の方へよろめく祐一の背中を何かが突き動かした。線路へ落ちてゆく祐一の瞳に最期に映ったものはホームの上で錫杖(しゃくじょう)を突き出した弥平(やへい)の姿であった。

 木立から聞こえる(せみ)の鳴き声が駅の非常ベルの音に()き消され、何十人という輩がどこからともなくホームに集まってきた。しかし一時間後には何事もなかったような日常の生活が戻っている。その中で先程まで祐一が立っていたその場所を指差して馬鹿騒ぎするカップルがいた。その状況を見ていたらしく、落ちていく姿が滑稽(こっけい)だったのであろう、女の方が何度も笑いながら身振り手振りではしゃいでいる。男の方もそれを見て手を叩いて笑っていた。

 すると突然、シャン、シャン・・・と錫杖(しゃくじょう)を鳴らす音がした。その音に気づいて後ろを振り向いたのは女だけだった。

7月にこれとは別に投稿した作品の方が怖かったかもしれません(笑)。機会があれば次回もチャレンジしたいと思います。

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