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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
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08-魔力


 和人と毅士が校門に姿を見せると、そこで待っていた茉莉が嬉しそうに二人に駆け寄ってきた。


「待たせちまったか?」

「ううん、さっき着いたところ」


 和人と毅士はあの岬からバイクでこの学校まで戻って来たが、バイクは二人乗りのため茉莉を乗せる事ができなかった。だから茉莉だけは、徒歩であの岬からここまで来たのだ。


「道に迷わなかったか? 茉莉くん」

「うん。二人に学校名教えて貰っていたから、道を尋ねたらすんなり着いたわ。それより、やっぱり叱られた?」

「ああ。こってり絞られた。今度こんな事したら停学ものだってさ」

「まあ、ある程度は言いくるめることに成功したから、こんなものだろう」


 実際に和人と毅士の二人は、彼らを咎める教師に、


「俺は将来、自衛官になって怪獣から皆を守りたいんだ! だから怪獣を間近で見ることは大切だと思ったんだよ、先生!」

「自分も和人と同じです。自分は怪獣の研究者となることを進路として考えています。故に、怪獣を実際に見られる機会は逃したくないのです」


 はっきりとそう告げた。別にこれはその場の言い逃れではなく、二人とも本心からそう思っていることである。

 ともかく、二人の妙な迫力に飲まれたのか、教師はそれ以上追求しなかった。

 別に二人は決して問題児という訳ではない。二人とも普段は真面目な生徒で成績も悪くない。特に毅士など、成績上位5位から落ちたことのない程だ。

 だから二人とも、教師の停学云々はおそらく脅しであろうと推測している。尤も、二回三回と度重なれば話は別であろうが。


「それより早く帰ろうぜ。今日は兄ちゃん、宿直だとか言ってたから毅士も泊まりに来いよ」

「そうさせて貰おうか。今日出現した怪獣の事も色々と聞きたいしな」

 そう言って歩き出す二人。しばらく歩いた後、和人は茉莉が立ち止まっている事に気付いた。


「どうした? 早く来いよ」

「ねえ……本当にボクも和人の家に行って……いいの?」


 不安そうに尋ねる茉莉に、和人はどこか照れたような様子で答える。


「仕様がねえだろ? 成り行きだ、成り行き。それに怪我の事もあるしな」


 やや顔を赤くしながら、態とそっぽを向いていう和人に、茉莉は嬉しそうに顔を輝かせた。


「うん! 不束者ですが、末長く宜しくお願いしますっ!!」

「だから、そういうんじゃねえって言ってるだろうがっ!!」

「えー、和人は責任取ってくれないのー?」

「ば、馬鹿野郎、人聞きの悪い事言ってんじゃねえっ!!」

「やれやれ。仲のいいことだ」


 怪獣が出現したなど嘘のように、街は既にいつもと同じ営みを始めている。そしてそのいつもと同じ街並みに、三人の声が楽しそうに響いていった。



「か、和人……?」

「に、兄ちゃん……?」


 明人と和人の二人は、自宅の前で其々の姿を確認した瞬間氷のように固まった。

 それはそうだろう。何故なら、互いに女性を連れて家に帰って来たのだから。


「に、兄ちゃん……兄ちゃんは今日、確か宿直だって言っていなかったか……? それにその綺麗な女の人は……」

「そ、そういう和人こそ……誰だ、その女の子は……? 兄ちゃん、和人を兄ちゃんの留守中に、女の子を連れ込むような奴に育てた覚えはないぞ……?」


 絶賛混乱中の二人に代わって、それぞれの連れの女性たちが口を開く。


「あなたが白峰くんの弟さんね? 初めまして。私は白峰三尉の直属の上官にあたるシルヴィア・カーナーよ。本来は自衛官じゃないけど、二佐待遇で怪獣自衛隊に招聘されてるの。よろしくね」

「和人のお兄さんですか? 初めまして! ボク、和人と結婚する事になった黒川茉莉っていいます! 色々と至らぬ点もありますが、よろしくお願いします、お義兄さん!」

「あ、兄ちゃん……じゃなかった、兄の上官の方でしたか。明人の弟の和人です。兄がいつもお世話になってます」

「へえ、そうか。和人と結婚ねえ。じゃあ君は俺の義妹って事になるのか。俺は和人の兄の明人だ。よろしく──って、けっ……こん?」


 ぎぎぎぎぃっと、油の切れた機械のような擬音が聞こえそうな動きで、明人は笑顔のまま茉莉から和人へと顔を向けた。


「こ、こら、茉莉っ!! いきなり変な事言うなっ!! ち、違うぞ、兄ちゃんっ!! お、俺は別に結婚なんて考えてな──」

「ううぅ、ボクの意識がないのをいい事に……ボク、気付いたらすっぽんぽんだったし……全部見られちゃったし……」

「なああぁぁにいいぃぃぃっ!? かああぁぁずううぅぅとおおぉぉっ!? お、おまえ……本当にそんなことしたのかああぁぁぁっ?」


 わざとらしく両手で顔を覆って泣くフリをする茉莉を見て、明人の表情は笑顔から急転直下180度変化した。さながら大魔神の如く。


「い、いや、その、た、確かに出会った時茉莉は意識もなかったし、裸だったけどっ!! だからと言って、俺は──」

「天地神明に誓って、ボク、嘘は言っていないよ?」

「かああぁぁずううぅぅとおおおおおぉぉぉぉっ!? お、おまえという奴は……おまえという奴わあああぁぁぁっ!? 一体いつの間にそんな破廉恥な奴になり下がっちまったんだっ!? に、兄ちゃん情けなくって涙出てくらあぁっ!!」

「やれやれ、その辺にしてはどうだ和人、茉莉くん。明人さんも少し落ち着いて。詳しい事は中で話しませんか?」


 いきなり繰り広げられた白峰兄弟プラス一名の漫才を、毅士が取り敢えず納める。

 和人の事となるとつい暴走しがちの明人を、毅士が宥めるのはいつもの事なので毅士も手慣れたものだった。



 そして毅士の言葉に従って、一同は白峰家の中へと場所を移し、お互いの状況説明とあいなった。


「──成るほど……話は分かった……」


 白峰家の居間。十二畳ほどの和室で中央に足の短い木製のテーブル、片隅には大き目の茶箪笥と大型だがやや旧式のテレビなどが置かれている。

 その中央のテーブルを囲み、明人、和人双方の事情説明を終えると、明人は腕を組みながらそう呟いた。


「あー、茉莉……ちゃん、だったか? 他に行く所がないというのなら、家に居候するのは構わない」

「ありがとうございます、お義兄さん。でも、自分でこんな事言うのも何なんですけど、本当にいいんですか? 見ず知らずの他人をそう簡単に居候させても」

「構わないよ。仮に君が泥棒目的でこの家に入り込んだとしても、家には盗られて困るような高価なものはないし」


 今は亡き明人と和人の両親が建てたこの二階建の家は、トイレと台所、そして明人と和人の自室以外は和風の造りになっている。特に彼らの父親がこだわった浴室は昔ながらの木製の浴槽だったりする程だ。

 だが白峰家は決して新しい家とは言えない。明人が言う通り価値のありそうなものもないし、現金も殆どは銀行に預金されていて家に置いてあるのは生活費ぐらいだ。


「だから遠慮なくこの家にいていいよ。それに──和人」


 じろっと、明人の険のある視線が和人に向けられる。

「何はともあれ、おまえは責任を取らないといかん。事故とはいえ、茉莉ちゃんの裸を見てしまったのだからな」

「な、何言ってんだよ兄ちゃん! 今時そんな理由で結婚する奴なんていないってっ!!」

「世間ではそうかもしれん。だからと言って、お前に何の罪もないという訳ではないだろう? 事実、茉莉ちゃんの裸を見てしまったのだし」

「そ、それはそうだけど……」

「だから、ここは男らしくきっちりと責任を──」

 なお何か言いたそうな弟に、決定的な決断を迫ろうとした明人は、この時自分を熱く見詰めるシルヴィアの視線に気付いた。

 そのシルヴィアの視線は、そう、そうよね、裸を見てしまった以上、ちゃんと責任を取らないとね。ええ、大丈夫、私の覚悟はもう決っているから。うふふふふふふふ。と、言葉にならぬ言葉で語りかけていた。そりゃあもう雄弁に。


「い、いや、まあ、に、兄ちゃんも何も結婚しろとは言ってないぞ? 第一、法的におまえはまだ結婚できないし……だから、ここは婚約……」


 シルヴィアの視線は更に語る。ええ、婚約ね。それでも構わないわ。あ、そうそう、婚約指輪には誕生石が付いているものよ? ちなみに私は2月生まれだから紫水晶アメジストね。そんなに高い指輪じゃなくてもいいから、ね? と。そりゃあもう熱弁に。


「で、でもまあ、ふ、二人ともまだ若いし、そんなに結論を急がなくてもいいんじゃないかな? と、取り敢えず、茉莉ちゃんを居候させる事には兄ちゃん賛成だぞ」

「どうかしたのか兄ちゃん? 何か変だぞ?」

「な、何でもない。何でもないぞ、うわはははははは」

「何かよく判らないけど、ともかくお世話になります」


 引きつった笑みを浮かべる明人に、深々と頭を下げる茉莉。

 どうも態度の変な兄に首を傾げる和人だったが、先程聞いた兄の方の事情を思い出して尋ねてみた。


「それで、兄ちゃんの方の訓練って何やるんだ? 家の中でできる事なのか?」

「あ、ああ。それはだな……」


 その質問に言い淀んだ明人はシルヴィアを見る。『魔像機ゴーレム』の事は機密扱いなので、肉親といえどおいそれと話してはならないのだ。


「ねえ、あなたたち。魔術って信じる?」


 明人の救助要請に応えて、シルヴィアが逆に和人たちに問いかける。そして彼女の問いに反応したのは、それまで黙って話を聞いていた毅士だった。


「魔術……ですか? その真偽はともかく、今自衛隊が開発中の新兵器には魔術が応用されているという話ですね」

「き、君!ど、どうしてそれ知っているのっ!?」

「あくまでも噂です。ネットなどで流れている噂に過ぎません。ですが……」


 毅士はちらりとシルヴィアを見ると、すぐに視線を外して言葉を続けた。


「いえ、何でもありません。これ以上は言わぬが花でしょう」


 そう言って毅士は白々しく呆けてみせる。

 ここに至って、シルヴィアは自分がうっかりを発動させたことにようやく気づいた。そっと明人の方を見やれば、あちゃあってな感じで手で顔を覆っている。


「ま、まあいいわ。その噂は本当よ」


 シルヴィアは開き直って認めた。尤も、全てを明かすつもりはないが。


「あー、おまえたち。一応これは機密事項だからな、他言は無用だぞ。大丈夫ですよカーナー博士。和人と毅士なら信用できます。茉莉ちゃんも判ったね?」


 明人の言葉に、三人は神妙に頷いた。


「詳しいことは言えないけど、白峰くんもその新兵器に携わっていて、そのために魔力に慣れないといけないの。その訓練をするってわけ」

「魔力? 兄ちゃんに魔力なんてあるのか?」

「ああ。それがあるらしいんだよ」


 兄弟の会話をよそにシルヴィアは、自宅から持って来た荷物をテーブルの上に広げた。

 それは一メートル四方程の大きさの羊皮紙に描かれた魔方陣だった。そして羊皮紙の魔方陣と同じ魔方陣を顔の部分に描かれた、画家や漫画家などがよく用いるデッサン人形と呼ばれる人形が数体。


「羊皮紙の魔方陣があれのコクピットだと思って。そして人形の方が身体ね。やり方は今日と同じ。魔力で人形を操るの」

「成る程。あれの縮小版……というか、シミュレイターってわけですか」


 早速明人は羊皮紙を床に移動させると、その上に座って『魔像機』を動かした時を思い出しながら意識を集中させる。すると和人たちが見守るなか、テーブルの上の人形がぴくりと震えた。


「う……動いた?」

「しっ!! 黙ってろよ茉莉!」

「これは……実に興味深いな……」


 和人たち三人の見詰める中、人形はどこかぎこちなくも、ひょこひょこと歩き出した。


「本当に大したものね、白峰くん。普通、いくら魔力があってもいきなり動かせるものじゃないのに」

「あれに比べたら大きさが全然違うせいですかね? あれに乗った時程疲れませんよ」

「ねえねえ、シルヴィアさん。それ、ボクもやってみてもいい?」


 歩き回る人形を眺めていた茉莉が、シルヴィアに目を輝かせながら尋ねる。


「ええ、いいけわよ。だけど、これは誰にでも動かせるってものでもないの。それだけは理解してね」


 興味津々といった感じの茉莉に、シルヴィアは苦笑混じりに許可を出した。許可を得た茉莉は、明人と代わって魔方陣の中央に座るとじっと人形を見詰める。


「おいおい、茉莉じゃ無理……え?」


 言葉の途中で、和人は驚いて目を見張った。テーブルの上の人形が、明人の時よりも滑らかに動き出したのだ。しかも人形は歩くだけではなく、勢いよく走り出したり、大きくジャンプなどもしている。

 だが、これに一番驚いているのはシルヴィアだった。


「ど、どういう事なの……これ……」


 彼女の目の前でちょこまかと動き回る人形。これだけの動きをするには、魔力を扱う事に普段から慣れていないとこうはいかない筈だ。


「ね、ねえ、茉莉ちゃん。あなたもしかして……魔術師なの?」

「ボクが魔術師? いやだなぁ、そんなわけないよ」


 シルヴィアの問いをきっぱりと否定する茉莉。呆然とするシルヴィアをよそに、今度は和人がやってみたいと言い出した。


「あらぁ? 和人にできるかしらぁ? 誰にでも動かせるってものでもないのよぉ?」


 茉莉が先程のシルヴィアの口調を真似て和人をからかう。ちなみに、シルヴィアの真似は余り似ていなかった。


「兄ちゃんや茉莉にできるのなら、俺にだってできるかもしれないだろ? まあ、見てろって……で、どうやるんだ?」


 がっくりと肩を落としながらも、茉莉が和人にやり方をレクチャーする。その内容は、魔力を扱う事の基本に沿ったものだった。


(──茉莉ちゃんって一体何者なの? 魔力の扱い方といい、その教え方といい……)


 和人と茉莉の遣り取りを聞いていたシルヴィアが、そんな事を考え始めた時だった。いきなりばきりと、乾いた音が響き渡ったのだ。


「あ──あれ?」


 呆然とする和人たち。改めてシルヴィアが見渡せば、粉々になった人形が散乱していた。


「……これは……?」

「あ、そ、その……茉莉に言われた通りにしてみたら、いきなりばきって……」


 狼狽えながらも説明する和人。シルヴィアは、飛び散った人形の破片の一つを拾い上げた。

(これは……魔力の負荷に堪えかねて、内側から弾け飛んだみたいね……)


 シルヴィアは改めて和人を見詰める。


(まさか……和人くんには途轍もない魔力が秘められているの……?)


 シルヴィアはこっそりと魔術を発動させた。

 その魔術は魔力感知。視界の中の魔力を有する者や品物を識別する魔術で、魔術の中でも初歩ともいえる魔術である。

 更にこの魔術は、宿した魔力が強ければ強い程、より明るい輝きとして視覚情報化される特質も持っていた。

 彼女の視界の中に、魔力を有したものが白い輝きに包まれる。床に広げられた羊皮紙、散乱した人形の破片、明人と茉莉、そして和人。

 明人が多量の魔力を有していることは事前から判っていた。その魔力のために『魔像機』のパイロットとして選ばれたのだから。

 だが、茉莉と和人から発せられる輝きは、明人のそれを遥かに上回っていた。

 特に和人は明人の数倍もの輝きに包まれている。茉莉も自分や明人よりは強い輝きを放っているが、それでも和人には遥かに及ばない。

 確かにこの魔力量なら、人形が堪え切れずに破壊されたのも頷ける。


「ど、どうするんだよ和人っ!? 壊しちゃったら兄ちゃんの訓練にならないだろっ!?」

「ご、ごめん、兄ちゃん!」

「むう……僕も試してみたかったのだがな」

「だからごめんってば毅士ぃ」


 何も言わず見詰めているだけのシルヴィアに、明人がふりむくとがばっと頭を下げた。


「申し訳ありませんっ!! カーナー博士の大切な品物を弟が壊してしまいました」

「す、すいませんシルヴィアさん!」


 兄に倣って、和人も頭を下げて謝罪する。

 そっくり同じ格好で誤る兄弟に、内心で苦笑しながらシルヴィアは応えた。


「いいのよ。人形なら予備が幾つかあるから。それに、こちらにも収穫がなかった訳じゃないしね」

「は? それはどういう意味でしょうか?」

「ふふふ。秘密」


 その後、毅士も人形を動かす事にトライしたのだが、人形はぴくりとも動かなかった。

 それとなく落ち込む毅士に、シルヴィアが「それが普通なの。あの三人の方が異常なのよね」と慰めていた。


 毎度お付き合いくださりありがとうございます。


 明日、明後日は諸事情により投稿できないと思われます。

 次回の投稿は8月1日の午前7時頃ではないかと。


 引き続きよろしくお願いします。

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