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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
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エピローグ



 レイフォードという人と幻獣の間に生まれた者が、人類の脅威として立ち塞がったあの事件から一週間。

 城ヶ崎市は、すでにいつもの平穏を取り戻していた。

 今回の戦闘の殆どが怪獣自衛隊城ヶ崎基地の敷地内と海上で行われたこともあり、一般の市街への被害はほぼ皆無だった。

 とはいえ、城ヶ崎基地の施設には少なくない被害が及んでいるし、自衛官の死傷者はそれなりの数に登っている。それでも一般市民に負傷者がいなかったことは、実に幸いなことと言えるだろう。

 また、城ヶ崎市を始めとした近隣の町の湾岸部には、海上の戦闘の影響で発生した小規模な津波が押し寄せたが、これによる被害も軽微であった。

 現在これらの被害も、陸・海・空そして怪の各自衛隊が懸命に復旧作業に勤しんでいる。

 超巨大怪獣ベルゼラ・キング──権藤命名──との戦いは、様々な意味で終結しようとしていた。




「今回は大変だったみたいだな」

「ああ。本当に大変だったよ」


 とある平日の夕方。白峰家を訪れた毅士は、久しぶりに会う友人を見て破顔した。

 ベルゼラ・キングとの戦いがあった日から昨日まで、和人は一週間ほど入院していた。

 重傷と呼べるような傷はなかったのだが、それでもあの激戦を潜り抜けたのだ。自分自身で気づいていないだけで、どのようなダメージが身体に残っているのか分からない。

 加えて、眠りの呪いをかけられたりもしている。それらの理由から一週間ほどの入院を明人とシルヴィアから言い渡され、病院で医師とシルヴィアたち魔術師たちから様々な検査を受けさせられた。

 そしてようやく昨日、異常なしという診断を受けて我が家へと帰ってきたのである。

 直接ベルゼラ・キングとの戦いには関与しなかったものの、毅士もシルヴィアの助手として戦いの後の様々な処理を手伝わされていたらしい。とは言え、将来怪獣の研究家を目指す毅士にとって、それは忙しいものの充実した日々であったのだが。

 そんな二人が今日、一週間ぶりに再会したのだ。

 場所は白崎家の和人の自室。

 部屋の主である和人は寛いだ姿勢で床に直接腰を下ろし、毅士もまたすっかり慣れ親しんだ場所ということで和人と同じように腰を下ろしている。

 そして、和人の傍には当然といった顔のミツキの姿。


「はぁい、お待たせー」


 和人と毅士がここ一週間の互いの近況を教え合っていると、人数分のお茶をお盆に乗せた茉莉が部屋に入って来た。

 彼女もまた三日ほどの入院を余儀なくされていたのだが、外傷よりも疲労が原因だったため和人より数日早く退院したのだ。

 茉莉は各人の前にそれぞれお茶を置くと、自分の分を持ってこれまた当然のように和人の隣に座る。和人を中心に、茉莉とミツキで彼を挟むような形である。

 そんな茉莉を見て、毅士が関心したような表情を浮かべた。


「ふむ……いつの間にか、茉莉くんもすっかり和人の奥さんといった風情だな。それもかなり良くできた奥さんだ。この果報者め」


 最後に毅士から少々意地の悪い言葉と視線を向けられ、和人と茉莉は一瞬で朱に染まりきった。


「な、なななな、何言っているんだっ!? お、俺と茉莉は────」

「え、そ、そうかな? なんか照れちゃうね。いやん」


 和人は真っ赤になりながらわたわたとし、茉莉も真っ赤になりながらぐりんぐりんと身を捩る。

 二人とも同じように顔は赤いが、その方向性は違うようだ。

 そんな二人を微笑ましく思いながら、毅士は彼らからふと目を逸らして和人の机の上に視線を向けた。


「あれがそうなのか?」

「え? あ? お、おう、そうだ。あれがメールで伝えたものだよ」


 机の上に無造作に置かれた拳ほどの大きさの灰褐色の石のようなもの。

 その石のようなものについては、毅士もここへ来る前に和人から届いたメールで知っていた。


「これがベルゼラ・キングの本体ともいうべき、レイフォードという半幻獣の魔石なのか」


 そう。毅士の言葉通り、この灰褐色の石こそがレイフォードの核である魔石であった。

 一週間前のベルゼラ・キングとの戦闘。超巨大怪獣の身体こそ全て消滅したものの、怪獣や幻獣の核である魔石はやはり破壊できなかった。

 獣王、一号怪獣、そしてレイフォード。戦闘が終了した後、その海域で和人とミツキは海に没していた三つの魔石を回収していたのだ。


「一号怪獣の魔石は、シルヴィアさんの研究室で見た。そして、レイフォードの魔石はこうしておまえが持っている。では、獣王の魔石はどうした?」

「それなら、鳳王が持って行ったよ。何でも、南の海のどこかに獣王が棲み処としていた隠された領域があるそうでさ。そこに置いてくるそうだ」


 鳳王そして竜王であるミツキによると、獣王の棲み処は魔力が豊富らしく、そこに魔石を置けばより早い時間で獣王も復活するだろうとのことである。

 もちろん、和人を始めとして誰もそれに異論はなく、今頃は絶海の孤島で獣王の魔石は復活の時を待って眠り続けているだろう。


「あ、そうそう。そういえば、鳳王……っていうか、沢村さんに関して、最近ご近所で噂になっているよ?」

「噂……? いや、俺は聞いていないけど……あまりいい予感はしないなぁ……」

「ほら、沢村さんって、最近よくこの家に遊びに来るじゃない? だから、ご近所であの人を目撃したっていう噂が広がっているんだって」

「うわぁ……」


 茉莉の言葉を聞き、和人は盛大に顔を顰めた。その際、和人の背後で黙って話を聞いていたミツキも同じように表情を曇らせる。

 鳳王こと沢村(さわむら)正護(しょうご)は、ベルゼラ・キングとの一件以来、芸能人としての仕事の合間にちょくちょくこの家を訪れている。

 もちろん、その目的は彼の想い人であるミツキだ。

 彼がこの家に──いや、ミツキの前に現れる度、彼女は沢村を蹴り飛ばして一切無視を決め込んでしまう。

 おそらく、近所の人たちはその光景を目撃したのだろう。最近ではすっかり「白峰さん()のミツキちゃんのところに、元彼の芸能人が頻繁に通って来ているが、その度にふられている」という噂が広がっていた。


「あの人……人じゃないか。あいつももう少し自分が有名人だっていう自覚を持ってくれないかなぁ?」


 なんせ沢村は大空の覇者たる鳳王なのだ。その機動性は極めて高く、いきなりひょっこり現れるものだから始末が悪い。


「あい済まぬな、主よ。今度あやつが目の前に現れたら、きつく仕置きしておくゆえ」


 ミツキのその朱金の瞳に決意が宿る。きっと彼女は、今度鳳王が現れたらこれまで以上のことをするつもりなのだろう。和人は心の中で彼にちょっとだけ同情した。

 尤も、その鳳王ならば「竜王が僕の身体に触れてくれた……っ!!」とでも言いながら喜びそうなのが何ともはや。最早、お仕置きなのかご褒美なのか判らない状況である。


「それで話は戻るが……どうするつもりなんだ?」


 やや強引に話題を修正した毅士。その目は再びレイフォードの魔石に向けられていた。




「実はさ……俺はもう一度レイフォードと話がしてみたいんだ」


 和人は机の上に置いてあったレイフォードの魔石を手に取り、それに視線を落としながら言葉を続けた。


「こいつは……ちょっと間違えてしまっただけだと思うんだ。だからもう一度……もう一度あいつが復活した時、じっくりと話をしてみたい……今度はあいつが間違わないようにしてやりたいんだ」


 幻獣はいつか再び復活する。それを信じて、和人は彼が再び目覚めるまで待つつもりなのだ。

 和人が持つ膨大な魔力を間近で浴び続ければ、復活までの時間を大幅に短縮できるかもしれないとミツキが教えてくれた。


「……とはいえ、こいつが復活するには五十年や六十年……下手すると百年以上かかるそうだからさ。もしかすると俺が生きている内には無理かもしれないけどな」


 優しげな笑みを浮かべて、じっと手の中の灰褐色の石を見詰める和人。

 そんな和人の服の端を、茉莉がつんつんと引っ張った。


「それに関してさ……ボクにちょっとしたアイデアがあるんだけど……」

「アイデア?」


 問われて頷く茉莉。彼女のその頬が再び赤く染まっていることに気づいた和人は、嫌な予感をばりばりと感じた。


「……ぼ、ボクと……あ、赤ちゃん……作ればいいんじゃないかな?」

「……は?」


 しん、と静まり返る和人の部屋。和人は言うに及ばす、毅士までもがこの爆弾発言に目を点にしている。


「あ、あのね? 自分だけじゃ無理なら、誰かに手伝ってもらえばいいと思うんだ。和人が生きている内にレイフォードが復活しなければ、和人の……和人とボクの子供に託せばいいじゃないかな? それでも無理ならそのまた子供に……和人の想いを託せばいいと、ボクは思うな」


 頬を真っ赤に染め、ちらっちらっと上目使いで和人を熱く見詰める茉莉。

 彼女からの熱の篭もった視線に晒され、自身の頬も熱を帯びているのを自覚しながら、和人は確かにそれも手段の一つだと考える。

 自分が生きている内にレイフォードが復活しないのならば、自分の想いを他の誰かに託せばいい。

 何も茉莉と自分の子供に限る必要はないけどな、と和人が心の中で結論づけた時、不意に背後から声が上がった。


「ふむ……確かにそれは有効な手段だぞ、主よ。古今東西、自分が達成できなかった使命を子孫に託したという例は数限りなくある。よかろう。主の想い、しっかりと我が受け止めようぞ」

「う、受け止める……?」

「いかにも。さあ、主よ。我との間に子を成そう。そして、その子に主の想いを託すのだ」


 爆弾発言パート2。

 だが、今度は静まり返ることなく、ミツキに食ってかかる者がいた。もちろん茉莉だ。


「ちょっと待ちなさいっ!! 和人の想いは和人とボクの子供が受け止めるんだからっ!! ミツキは引っ込んでいなさいっ!! そもそも、幻獣であるあなたと和人に子供ができるのっ!?」

「できるとも。レイフォードがいい例ではないか」

「だ、だけど、ミツキは戸籍がないから和人と結婚できないじゃないっ!! だから、和人と結婚するのはボクっ!!」

「結婚などこの国の法に則った紙切れ上の契約に過ぎぬわ。そもそも和人様は我の契約者。つまり、我らは一心同体も同義よ。なればこそ、本当の信頼と愛を育めるというもの。それに、主と我との間に生まれし子ならば、幻獣としての資質を秘める。つまり、契約者と出会わない限り寿命は無限。いたずらに子々孫々と使命を受け継がせる必要もない。それに我らの子はレイフォードと同じ半幻獣だ。同じ立場なればこそ、より理解し合えるというものではないか」

「なるほど。もっともだな」

「た、毅士くんまで敵に回ったっ!?」


 よろり、と身体を泳がせた茉莉が力なく両手を床に着く。

 そんな茉莉の背中を、和人は慰めるようにぽんぽんと叩いてやる。


「落ち付けって二人とも。何も俺が生きている内にレイフォードが復活しないとは限らないわけだしさ。何もここで焦って答えを出す必要はないだろ?」

「うう……和人ぉ……和人はボクと結婚するんだよね……?」

「だ、だから、ここで焦って答えを出す必要はないって言っただろっ!? そ、そう言えば、結婚と言えば兄ちゃんとシルヴィアさんだよなっ!?」

「和人。その話題転換は少々強引だ」

「う……」


 和人は毅士に指摘されて力なく項垂れた。




 和人の今の言葉通り、明人とシルヴィアは正式に婚約した。

 一体いつの間にそんなことになったのか。和人には寝耳に水だったが、だが二人の結婚は祝福するつもりでいる。

 最近、実は兄からこっそりとその婚約者にどんな婚約指輪を贈ったらいいのか相談を受けたりした和人だが、彼にも指輪に関する知識などあるはずがなく、茉莉やミツキ、そしてブラウン姉妹などにも秘かに相談を持ちかけている明人だった。

 おそらく、その辺のことはシルヴィアも気づいてはいるだろうが、敢えて気づいていないふりをしてくれているに違いない。和人はそう思っている。


「あの二人には幸せになってもらいたいもんだよな」

「そうだよね。ボクもあの二人には幸せになってもらいたいな。だから……和人もボクと……」

「黙れ小娘。主の子を成すのは我ぞ」

「ミツキこそっ!!」

「だ・か・らっ!! 人がせっかくやばい話題を変えたっていうのに、元に戻すんじゃねえっ!!」


 喧々諤々と言い合う三人を、毅士は目を細めて見守る。

 その時、窓の外から小さな生き物が飛び込んで来て毅士の肩に留まった。


「やれやれ。茉莉にも困ったものだ」

「いや、あいつらはあれでいいのではないか? ほら、見てみるといい」


 毅士に促され、肩の小さな生き物──ベリルは、改めて自分の主人とその想い人、そして幻獣の王をその碧の瞳で見詰めた。


「なるほど。確かにそうかもしれぬ」


 ベリルの目には、いや、きっと誰が見ても和人たち三人の姿はとても楽しそうに写るに違いないだろう。




 『怪獣咆哮』これにて完結!



 思い返せば2011年の7月、この連載は始まりました。

 最初はそれこそ一日の読者数が10人にも満たないほどの超零細連載。第一章が終わった時点で、更新日の読者数がようやく20人に届くかどうかというものでした。


 それが今では更新日には300人以上の読者数を数えるほどに。本当によくぞここまで来たと思います。


 今日まで目を通してくださった皆様に改めて御礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。


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