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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
73/74

36-六竜

 ずぷり、という鋭いモノが肉を貫く音が、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の沖合い二千メートル地点の上空に響き渡る。

 突如伸びた超巨大怪獣の角が、銀色の竜神の肉体を貫いた音だ。

 だが、黒く螺旋を描く角が貫いたのは、その角を防ぐように突き出した竜神の右の掌のみだった。


(よっし、捕えたっ!! 今だ、兄ちゃんっ!!)


 和人は叫びながら更に上空を振り仰ぐ。

 そこには、こちらに向けてぐんぐんと落下してくる真紅の騎士の姿。

 その騎士の更に上空には、騎士をここまで運んだと思われる輸送ヘリも浮かんでいる。

 怪獣自衛隊対怪獣用兵器『魔像機(ゴーレム)』試作一号機『騎士(ナイト)』。その『騎士』専用の輸送ヘリには、科学技術だけではなくシルヴィアが施した魔道技術も組み込まれている。

 その中には姿を見えなくする『透明化(インビジビリティ)』と、音を消す『消音化(サイレンス)』の魔法術式も存在するのだ。

 予め和人は城ヶ崎基地に連絡を入れ、いざという時のために上空に兄が操縦する『騎士』をスタンバイしてもらっていた。

 超巨大怪獣のその姿を見た時から、シルヴィアは一号怪獣にはないはず黒い角こそ敵の弱点ではないかと推測、その角への攻撃の機会を窺っていたのだ。

 だが、その巨体と上空にいることから、『騎士』を始めとした自衛隊の兵器でピンポイントに角を攻撃するのは不可能と判断し、その機会がいつか訪れるのを待っていた。

 そこへ、和人からの要請である。二つ返事で引き受けたシルヴィアは、権藤の許可の元、最大限のステルス能力を展開した輸送ヘリで上空で待機。和人が好機を作り出すのをじっと待っていた。

 そして、その好機が訪れたのだ。

 輸送ヘリから切り離された騎士は、剣を構えながら落下する。

 その途中で『落下制御フォーリングコントロール』の術式を展開し、本来なら落下速度を低下させるところを逆に加速、一気に超巨大怪獣へと迫る。


「離れろ、和人っ!!」


 角を掌で受け止められ、身動きできない超巨大怪獣に向けて魔力の刃を迸らせた『騎士』の剣が、掌から角を引き抜いて身を離す竜神と入れ替わるように敵に接近する。

 そして、落下速度を緩めることなく、擦れ違いざまに魔力の刃を振り下ろし、その長く伸びた角を見事に両断した。

 途端、上空に響き渡る超巨大怪獣の咆哮。それは紛れもなく苦しみの咆哮だった。

 角を両断した『騎士』はそのまま落下。途中、その落下速度が目に見えてゆっくりになる。


「『落下制御』により、『騎士』の落下速度低下しました!」

「了解。続けて、『水面歩行ウォーターウォーキング』並行展開」

「了解しました!」


 輸送ヘリに乗っているシルヴィアが、同じく同乗しているベアトリスとアンジェリーナに指示を飛ばし、指示を受けた姉妹はそれに従って『騎士』 に予め施しておいた術式を展開させる。

 『落下制御』と『水面歩行』のおかげで海面にふわりと「着地」した『騎士』は、魔力を一気に解放して力を失った剣を握ったまま上空を振り仰ぐ。

 そこには、苦悶の咆哮を上げつつ身を捩る超巨大怪獣の姿があった。




 文字通り身体を二つに断たれたことで、レイフォードは自身が致命的なダメージを負ったことを感じ取った。

 本来、不死者(アンデット)と化した彼は、いかなる苦痛も感じるない。

 それでも、超巨大怪獣と化した時に自身の身体が変じた角を両断されたのだ。苦痛はなくともどの程度のダメージかは判断できる。

 やはり、と彼は改めて悟る。

 どこまでも人間とは忌々しい存在だ、と。

 もしも、竜王に契約者が現れていなければ。

 もしも、人間が真紅の巨大な騎士のような兵器を開発していなければ。

 人類は怪獣という到底抗えない恐怖に、為す術もなく蹂躙されていただろうに。

 レイフォードら幻獣からしてみれば、矮小な存在でしかない人間。だが、その人間たちは力と知恵を合わせて、より巨大な怪獣へと立ち向かう。

 彼はいつかの鳳王の言葉を思い出す。


『君は正気か? 人間を根絶やしにするなんて事が本当にできるとでも? 人間という種族は一見虚弱そうに見えるが、数が多いうえに台所に出没する黒いヤツよりしぶとい。しかもこの地球上の如何なる環境にも耐えかね、あっと言う間にその数を増やしてしまう。そんな人間(いきもの)をどうやって根絶やしにするというんだ?』


 正にその通りだ、とレイフォードは今更ながらに思い至る。

 圧倒的強者であるはずの自分。今の自分は幻獣王さえ陵駕する存在だというのに、結局は幻獣王の一体である竜王に敗北を喫した。

 それもこれも、原因は全て人間だ。

 一見しただけではとても脆弱な生物。だが、実際はとてもしぶとい生物。

 彼は、結局人間に敗けたのだ。

 もしも彼が自分にも半分とはいえ人間の血が流れているということに、もっと意識を向けていたら。

 彼も人間を憎みこそすれ、根絶やしにしようなどとは思わなかったに違いない。

 どこで道を違えてしまったのか。

 彼の脳裏に、かつて平和に暮らしていた時代の両親の面影がよぎる。

 人間であった母と、幻獣であった父。

 二人は共に信じ合い、共に支え合っていた。その姿を、彼も幼いながらに見ていたはずなのに。


──結局、僕は根本から間違っていたのか……?


 徐々に薄れ行く意識の中、レイフォードはその思いに捕らわれた。

 しかし、それに答えてくれるものは存在しない。

 レイフォードは意識が消えつつある中、何気なく銀の竜神へと視線を向けた。

 別に答えを求めたわけではない。だが、彼ならば何と言うだろうか。あの銀の竜王と契約を交わした、人間の少年ならば。




(あやつもどうやらこれまでのようだ。そろそろ止めといこうか、主よ)

(おう。だけど、どうやって? 『光波竜撃(シャイニングブレス)』でもあの巨体は一撃では吹き飛ばせないだろ?)


 苦悶の咆哮を上げる超巨大怪獣を少し離れたところから見詰めながら、和人は思わず首を傾げた。

 和人とミツキの最大の攻撃である『光波竜撃』。それを以てしても、超巨大怪獣の身体が大き過ぎて一撃では倒すことはできない。それは銀の竜神が出現して、最初の『光波竜撃』で実証されている。

 超巨大怪獣の巨体が相手では、『光波竜撃』でも一撃でその身体全体を飲み込めない。

 もちろん二撃、三撃と連続して攻撃を加えれば、巨大な敵の身体も削りきることができるだろう。

 でも、それでは駄目だと和人は直感していた。

 いくら魔力切れで再生能力が途絶しているとはいえ、魔力さえあれば僅かな肉片からでも再生してしまう相手である。できうるならば、一撃でその全てを消滅させたい。


(もしかして、全身を吹き飛ばすんじゃなくて、何か核みたいなもん……相手の魔石を狙い撃ちにでもするのか?)

(確かにそれでもいいかもしれんが……魔石というのそう簡単に破壊できるものではないぞ)


 そうミツキに言われ、和人は以前に戦った怪獣アルナギンゴを思い出す。

 あの怪獣も最後は『光波竜撃』で止めを刺したが、それでも魔石までは破壊できなかった。となれば、今回も『光波竜撃』で魔石だけを狙い撃って破壊するのは難しいだろう。

 不思議そうな表情を浮かべる和人に、ミツキは不敵な笑みを向ける。


(なに、以前よりも遥かに力を増した今の主ならば、『光波竜撃』以上の攻撃も可能よ。何よりまずはやってみようではないか)




 ゆらり、と。

 まるで水面(みなも)に小石を投じたように、銀の竜神の周囲の空間に波紋が生じる。

 生じた波紋は徐々に大きくなっていく。しかも、波紋は一つではない。

 全部で五つ、波紋は竜神の上半身を取り巻くようにゆらゆらと揺れる。

 そして、その波紋を突き破るように、空間の壁を潜り抜けるように、ぬうと姿を見せるものがあった。

 それは竜の首だ。

 巨大な銀の竜神の頭部と同じぐらいの大きさの竜の首が、五つの波紋全てから出現する。

 それらはそれぞれ、白・黒・青・緑・赤の色彩を有し、頭部の細部も微妙に異なっていた。

 それら五色(ごしき)の竜の首が、空中で悶え苦しむ超巨大怪獣へと向けてその巨大な(あぎと)を一斉にかっと開く。

 そして迸るは竜の息吹。五色に彩られた破壊の奔流。

 それは鮮烈に。

 白竜の首から放たれたのは極寒の吹雪。絶対零度の氷雪が、超巨大怪獣に吹き付ける。

 それは熾烈に。

 黒竜の首から吐き出されたのは強酸。どんなものでも溶かしてしまう液体が、敵に怒涛のように押し寄せる。

 それは苛烈に。

 青竜の首から放出されたのは稲妻。神の断罪の剣ともいうべき雷鳴が、一直線に標的を撃ち貫く。

 それは凶悪に。

 緑竜の首から吹き出したのは塩素毒。死を内包した魔霧が、相手の呼吸器から身体の内部を破壊する。

 それは灼熱に。

 赤竜の首から溢れ出したのは火炎。全てを焼き尽くす極温の炎が、不死者と化したそれを浄化する。

 そして。

 銀の竜神の口腔より閃光が迸る。

 六色六種の竜の息吹が、超巨大怪獣の巨体を飲み込んでいく。

 吹雪は身体を凍りつかせ、強酸が表面から敵を溶かしていく。

 稲妻が巨体を焼き、塩素毒が呼吸器から体内に侵入して粘膜を破壊する。

 火炎は不死者の身体を焼き尽くし、浄化の術式を組み込んだ閃光が超巨大怪獣を完膚なきまでに消滅させていく。




 明人は海上に立つ『騎士』の操縦席(コクピット)の中から。

 茉莉とベリルは退避していた城ヶ崎基地の施設の片隅から。

 シルヴィアとその弟子の双子の姉妹は、緑川の操縦するヘリの中から。

 鳳王と権藤を始めとした怪獣自衛隊のスタッフは、司令室や各々の持ち場から。

 六色の奔流に飲み込まれた超巨大怪獣の姿をそれぞれ見上げていた。

 そんな彼らが見詰める先で、六色の竜の息吹に飲み込まれた超巨大怪獣は、徐々にその身体を小さくしていき──遂には奔流の中に溶け込むように消滅していった。

 ここに。

 和人たちと怪獣自衛隊を極限まで苦しめた史上最大の敵は、その姿を遂に消したのだった。


 『怪獣咆哮』更新。


 これにて、長かったレイフォードとの決着がつきました。

 合わせて、『怪獣咆哮』もフィナーレを迎えます。

 後はエピローグとして一話を加えて、一年半以上続いたこの作品も完結となります。


 ではあと一話。

 最後までよろしくお願いします。




 ちなみに、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、今回竜神が使用した新必殺技は、某古典的TRPGのドラゴンのブレス能力を拝借してみました。

 ある意味、この古典的TRPGが自分のファンタジーの原点でして。自分、コンピューターのRPGより先にTRPGに触れたため、この古典的TRPGはまさに聖典とも呼べる存在です。

 初めてこのTRPGで遊んだ時のわくわく感は、いまだに忘れることができません。


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