35-魔石
怒涛のように一斉に襲いかかる無数の光弾。
レイフォードが変じた超巨大怪獣は、その光弾から身を守るため、身体の周囲に障壁を張り巡らせた。
直後、光弾が超巨大怪獣を押し包むように殺到するが、その全ては禍々しい赤黒い輝きを発する障壁の上で弾けて消える。
だが、それを見た和人とミツキは、二人同時ににやりと笑みを浮かべた。放った攻撃が全て無効化されたにも拘わらず。
(主よ。今のを見たか?)
(ああ、見たぜ。しっかりとな)
超巨大怪獣を包み込む赤黒い光はすぐに消滅する。当然のように、その巨体には傷らしきものは見当たらない。
だが、そのことで和人とミツキには落ち込むような様子は全くない。
「あやつは今まで、どんな攻撃も全てあの巨体で平然と受けていた。敢えて、避けようとも防ごうともせずに、な。だが、今の攻撃であやつは障壁を用いてその攻撃を無効化した。それが意味するところが分かるな、主よ?」
「おう。今のあいつにはもう後がないってことだろ?」
それまで、どのような攻撃も殆ど防御行動らしきものをしてこなかった超巨大怪獣。
例え自身がどれだけ傷つこうとも、無限の再生があったため攻撃を避ける必要も防ぐ必要もなかった。時に気まぐれのように障壁を展開したりもしたが、それでもその障壁の強度はそれ程のものではなかった。
しかし今、超巨大怪獣は和人から奪った魔力を失い、先程までの強力な再生能力を失っている。そのため、銀の竜神が放った無数の光弾を、真剣に障壁を張って防ぐ必要があったのだ。
つまり、もう超巨大怪獣には完全に余裕がない。和人はそう判断した。
(今が絶好の好機ってわけだ)
(そのようだ)
再び笑う和人とミツキ。
同時に巨大な銀の皮膜状の翼が力強く翻り、銀色に輝く巨体が打ち出された弾丸のように超巨大怪獣へと迫る。
だが、超巨大怪獣もこれ以上後がないことは重々承知している。超高速で自身へと迫る銀の竜神を、巨大怪獣は身構えて待ち構える。
そして次の瞬間、間近まで迫った和人とミツキの視界が突然真紅に染まった。
溢れる魔力を迸らせ、猛然と迫る竜神を待ち構えた超巨大怪獣は、一号怪獣ベルゼラーの大きな口から怒涛のように真紅の炎を吐き出したのだ。
「い、一号怪獣の炎だと……っ!?」
その光景を怪獣自衛隊城ヶ崎基地の司令室から見詰めていた権藤は、思わず呻くような声を上げた。
当然、過去の一号怪獣の資料は手元にある。
なんせ史上初の怪獣と、その怪獣と戦った自衛隊の交戦記録なのだ。当時の極めて詳細な資料が、城ヶ崎基地の司令官である彼の元にはある。
そして、その中に一号怪獣が炎を吐いたという記録もある。その炎によって、当時の自衛隊の兵器や人員に少なくない被害が出たのだ。
それでいて今までその事実を失念していたのは、一号怪獣が甦ってからこちら、一度も炎を吐いていなかったからだ。
いや、おそらくそれは意図的なものに違いない。
あの炎は、一号怪獣の切り札とも言える攻撃手段なのだろう。そしてその切り札を最も有効な瞬間に切るため、敢えて今まで温存していたのだ。我々人類が、その切り札の存在を頭から消失するまで。
そしてその策は見事に嵌り、銀の竜神はその炎に自ら突っ込む形で高温の抱擁を受けてしまった。
いくら竜神が強大で強靭とはいえ、あの炎をまともに浴びて果たして無事でいられるだろうか。
かつて、一号怪獣はその炎で戦車の装甲をいとも簡単に溶かしている。そして、超巨大怪獣と変じた今の一号怪獣の炎は、かつてのそれよりも更に高温に違いない。
だが。
そんな権藤の心配など杞憂と言わんばかりに、炎の中から銀の巨体が姿を見せる。
その輝く鱗には焼け焦げ一つなく。神々しいばかりのその身体は何も変わらず。
銀色の竜神は、再び翼を打ち振るわせると、纏い付く炎の残滓を全て吹き飛ばした。
どこで違えてしまったのだろうか。
炎の中から全く無傷な姿で現れた銀の竜神を見詰めながら、レイフォードはこれまでのことを振り返る。
幻獣たちの頂点に君臨する、三体の幻獣王。それらを全て配下に収め、憎むべき人類を根絶やしにする。それが彼の計画だった。
例え全ての幻獣王の協力が取り付けられなくても、その時は獣王のように強引に配下にしてしまえばいい。
しかし、実際に手中に収められたのは獣王のみ。逆に竜王と鳳王は人類に味方してしまった。いや、正確に言えば、鳳王は人類側についたというわけではない。彼は単に竜王の敵にはならないだけなのだから。
逆に言えば、その竜王を取り込めなかったのだが最大の敗因なのだろう。
そして、竜王を取り込めなかった原因が、彼女の契約者の存在だ。
幻獣は契約者を求める。そのことはレイフォードも決して共感はできなくとも理解はしている。
千年以上の時を経て竜王は、ついにその契約者と巡り会った。
契約者は契約を交わした幻獣の力を更に高める。幻獣王である竜王がその契約者を得たのだ。今の彼女はまさに最強の幻獣と言っても過言ではなく、その最強の幻獣が今、レイフォードの目の前に敵として立ちふさがっている。
竜王の契約者。もしも彼女が契約者と巡り会っていなければ、いくら幻獣王といえども今の彼には敵わなかったに違いない。
だが、彼女には契約者が現れた。そしてその存在こそが、彼の計画を狂わせた最大の原因と言ってもいいだろう。
レイフォードの願望は人類の根絶。それに賛同する人間は極めて少ないだろう。そして、竜王の契約者もまた、その例外ではなかったのだ。
自然、竜王は人類を守護する立場となる。最強の幻獣たる竜王が、だ。
今、レイフォードの魔力は底を突きかけている。元々彼自身が有する力は、それ程強くはないのだ。彼がここまで戦えたのも、自身の一部として取り込んだ一号怪獣の力があったからだ。
一号怪獣。人間がベルゼラーと呼称するその生物とレイフォードが出会ったのは、全くの偶然であった。
一旦は人間たちによって殺され、その闇に溶けた意識が再び覚醒し、その身を焦がすような復讐の炎が我が身に宿っていると悟った彼は、どのような手段で人間を滅ぼそうかと考えて世界中を放浪した。
そして一九九九年の七月。偶々アジア地域にいた時、彼は日本という小さな島国に巨大な生物が現れたというニュースを耳にした。
それに興味を引かれた彼は、日本へと移動した。
その時の日本は、突如出現した怪獣のせいで極めて混乱していた。その混乱に乗じたレイフォードは、海外から救助活動のために来たボランティアであると偽って日本へと入国を果たし、そこで偶然にもある物を入手する。
それが、一号怪獣の魔石であった。
自衛隊の猛攻によって倒されたベルゼラー。だが、当時の自衛隊は、怪獣と魔石の関係を知らない。
そのため、倒された一号怪獣の魔石は戦場に放置されていたのだ。
当然、その場にいる誰もがその小さな石がそれ程重要なものだとは思いもしない。それよりも、怪我人の運搬や瓦礫の撤去など、しなければならない事はたくさんあった。
その時だった。彼が怪獣を利用して人類を葬ろうという計画を思いついたのは。
その後、怪獣は世界各地で出現し、それぞれの国の軍隊に多大な被害をもたらしながらも倒されていった。
レイフォードも怪獣が出現した国々を周り、幾つかの魔石を手に入れていく。それが城ヶ崎基地で彼が使役した怪獣たちである。
一号怪獣を含めた怪獣たちの魔石を、彼の不死者としての力で穢し、自分の支配下に組み込んでいく。
彼の力に犯された怪獣たちは、自己を失ってレイフォードの操り人形となる替わりに、彼の魔力がある限りいくらでも再生する能力を得た。
だが、そんな怪獣たちも一号怪獣と獣王を除いて、竜王と白い鷲獅子、そして真紅の騎士と怪獣自衛隊の奮戦の前に破れ去る。
今、その怪獣たちの魔石はレイフォードの元にあり、彼の多くはない魔力に代って超巨大怪獣へと魔力を提供している。
だが、その魔石に残された魔力ももうどれほどもない。このままでは、彼の敗北は必至だろう。
ならば。
レイフォードは決意する。
もう人類の抹殺などどうでもいい。だが、目の前の銀の竜神──いや、竜王の契約者だけは何があっても道連れにしてやる、と。
それが、彼の計画を全て台なしにしてくれた代償だ。
そしてレイフォードは、自身と怪獣たちの魔石に残された全ての魔力を解放していく。彼自身、最後のあがきと知りながら。
突然炎に包まれた時、さすがに和人も狼狽えた。だが、彼の傍には銀の髪の竜の王がいる。
(慌てるな、主よ。この程度の炎、どうということはない)
ミツキにそう言われ、和人は改めて竜神と化した今の自分の身体を確かめる。
彼女の言葉通り、その灼熱の炎は竜神の鱗一枚焦がすことはできない。それを知った和人は、改めて安堵の息を吐いた。
(さ、さすがに今のはびっくりしたな……)
(ああ。あやつめ。そのために今の今まであの炎を温存していたのだろうて。だが、その奥の手も今の我らには無効よ)
元々、最初に和人がミツキと融合した際に、銀竜の鱗には対魔力用の障壁を取り込んである。その防御力もまた、竜神形態となったことで上昇しているのだ。
怪獣が吐く炎も、その源は魔力である。ならば、竜神の鉄壁の対魔力防御も有効となる。
(さて、あやつは遂に切り札を切った。これでもうあやつには何も残されておらぬはず……む?)
何やら訝しそうに眉を寄せるミツキ。和人が彼女にその理由を尋ねるより早く、目の前の超巨大怪獣が動いた。
竜神に勝るとも劣らない速度で、彼我の距離を一気に潰した超巨大怪獣は、獣王の巨大な顎を大きく開いてその鋭い牙を銀の竜神へと突き立てようと迫る。
その超巨大怪獣に対し、竜神はタイミングを見計らって回し蹴りをカウンター気味に決める。
どばん、と何かが破裂する音と共に、蹴り飛ばされた獣王の下顎が吹き飛ばされる。だが、攻撃を繰り出したほんの僅かな隙を突いて、一号怪獣の上半身から再び触手が飛び出して竜神を戒めようと迫る。
(ふん、何度も何度も同じ手を。芸がなさ過ぎだ)
先程同様、浄化の術式を含んだ光を全身から発する竜神。その光に焼かれるように、迫る触手は見る見る崩れ去っていく。
だが、それでもまるで構うことなく、超巨大怪獣は身体ごと竜神へと突っ込む。
(どうしたんだ? さっきから、まるで自棄にでもなったかのような攻撃ばかりだが……)
超巨大怪獣の体当たりを躱しつつ、困惑するように和人が呟く。
ミツキもまた、言葉にこそしないものの敵の狙いが読めなくて些か当惑していた。
(何か狙いがあって、このような特攻紛いの攻撃を何度も繰り返しているのか? それとも、単に打つ手がなくなって本当に特攻をしかけて来たのか?)
今もまた、特攻紛いの体当たりを躱して、和人は首を傾げる。その後も何度も何度も、超巨大怪獣は猛烈なスピードで特攻を繰り返し、竜神はそれを難なく回避する。
だが、高速での移動は超巨大怪獣にはかなりの負担のようで、その巨体が移動するたびに、身体の一部がぼろぼろと崩れ落ちるのに、和人とミツキは気付いていた。
そして、その特攻を何度繰り返しただろうか。体当たりを躱され、竜神の脇を通り過ぎる格好となった超巨大怪獣。獣王の背中から生えた一号怪獣の上半身の、その頭だけがくるりと不意に銀の竜の方を向いた。
本来なら存在しないはずの、一号怪獣の頭から突き出した黒い捻じくれた巨大な一本角。その鋭い切っ先が竜神の身体の中央に向けられたかと思うと、何の予備動作もなくその角が放たれた矢のように突然伸びた。
当然、和人もミツキも敵の奇襲には十分注意していたが、いきなりのイレギュラーなその動きに、反応が一呼吸分遅れてしまう。
その一呼吸分の隙を見事に突いた形で、超巨大怪獣の黒い角が銀の竜神を貫いて空中に真紅の花を咲かせた。
『怪獣咆哮』、三週間振りの更新です。
こんなに遅くなってしまって、本当に申し訳ありません。
インフルエンザにやられたり、仕事が忙しくなったりといろいろな要因が重なってしまいました。
当『怪獣咆哮』もそろそろ完結が見えてきました。できれば、春までには完結したいところ。
ええ、仕事が忙しくさえなければ、完結できるはずです(笑)。
では、次回もよろしくお願いします。