34-竜神
その姿は確かに西洋の竜だ。
しかし、皮膜状の翼を持った蜥蜴、という一般的な竜の姿ではなく、二本の脚で身体を支えた、直立歩行する竜だ。
和人とミツキが融合した姿である、巨大な銀の竜。そして、そこから変じた竜頭の巨人。そのちょうど中間のような姿と言えばいいだろうか。
一昔前のまっすぐに直立する肉食恐竜を、もっと均整の取れたシャープな身体にして四肢を長く。そして、背中には空を舞うに十分な大きさの翼もあり、身体を支える尻尾もある。
だが何より、その大きさがまるで違った。
今、和人とミツキが融合した新しき姿は、それまでの銀竜や巨人よりも遥かに巨大であり、超巨大怪獣となったレイフォードとも遜色がない。
まさに、巨大な竜神ともいうべきその姿。それが和人とミツキの新しい姿だ。
(……この姿は……一体どうして……)
(無論、それは主が魔力を自覚したからだ)
戸惑いながら自分の姿を確認する和人を、ミツキはにやりと自信たっぷりに微笑む。
(これまで、主は膨大な魔力を内包するも、その魔力を殆ど自覚していなかった。しかし今日、主は自身の魔力に触れ、僅かではあるもののそれを調整してみせた。その結果、より効果的に自分の魔力を扱えるようになったのだ)
それがこのような姿の変化に繋がったのだ、とミツキは続けた。
(『竜形態』、『竜人形態』、『海竜形態』……それに続く第四の形態、いわば『竜神形態』と言ったところかの)
(『竜神形態』……)
呆然と呟く和人を、ミツキは呆れたような表情で見詰める。
(本当に、主は底が知れぬな。これでもまだ、主のその膨大な魔力の一部を操っているだけに過ぎんのだぞ?)
(そ、それじゃあ、俺は……)
(うむ。主はまだまだ強くなる。だが、今はあやつを仕留めるのが先決。なに、今のこの状態ならば、あやつを仕留めるに十分よ)
胸を張り、自信を漲らせるミツキ。そんな彼女に、和人も柔らかく微笑む。
(そうだ。今はレイフォードと決着をつけよう。力を貸してくれ、ミツキ)
(御意。我が力、我が身体、我が心、全ては主である和人様の思うままに)
胸に片手を当て、優雅に低頭するミツキ。
和人は、ミツキと手を取り合うと、遠く離れた上空にいる超巨大怪獣へとその視線を向けた。
「……こ、この巨大な竜が……和人とミツキなのか……?」
「……なんて………なんて圧倒的な魔力……っ!!」
新たに姿を見せた銀の竜神の姿を目の当たりにして、明人とシルヴィアが呆然と呟く。
そして、そんな二人の目の前で、銀の竜神の前に合計六つの魔法陣が出現した。
一つは竜神の頭部のすぐ前に。残る五つは少し離れて五角形を描くように配置されて。
それは毅士が命名した、竜王の切り札である『光波竜撃』。だが、今空中に展開している魔法陣は、それまでの『光波竜撃』とは比較にならないほど巨大であった。
竜神が、その巨大な顎をぱくりと開ける。そしてそこから迸るのは、膨大な魔力を宿した一条の光。
一条の光は目の前の魔法陣へと吸い込まれ、少しばかりのタイムラグの後、五つに別れて再度出現する。
五つの光条は空中で寄り合い、捻じれ合いながら、真っ直ぐに二千メートル先の超巨大怪獣へと突き進む。
その速度はまさに光だ。二千メートルの距離を一気に貫いた光の帯。だが、敵も只ではやられない。超巨大怪獣は必死に空中で身を捩り、襲い来る光を何とか回避した。
しかし。
しかし、完全には回避しきれなかった。
超巨大怪獣の下半身であり、獣王の姿をしている四足獣。その四足獣の後脚二本が、膨大な光の奔流に飲み込まれてあっさりと蒸発した。
そして、竜神の攻撃はこれだけでは終わりはしない。
蒼穹に向けて一声咆哮した竜神は、だん、と力強く大地を蹴る。
踏みきった際の巨大な陥没を大地に残した竜神は、銃口より打ち出された弾丸の如く大空を駆け、二千メートルの距離を一瞬でゼロにした。
(和人っ!!)
(心配かけたな、茉莉っ!! ここから先は俺に──俺とミツキに任せろっ!!)
(うん……うん……っ!!)
既に限界であった白い鷲獅子が、ゆっくりと戦線を離脱していく。
それを確認した和人は、鋭い視線を眼前に迫った巨大怪獣へと向ける。
(行くぜ、怪獣! こいつはちょっとばかり強烈だぜっ!?)
和人の言葉と同時に、竜神の拳に光が宿る。そしてその光が宿った拳を、超巨大怪獣の上半身──一号怪獣の上半身──へと叩きつけた。
どん、と空の大気と海の海水を大きく震わせる巨大な炸裂音。
その音が響くと同時に、超巨大怪獣の巨体が拳を叩きつけられた反動で空気を引き裂きつつ、足元の大海へと強引に叩き落とされてそのまま水中へと没して行く。
(逃がすかっ!!)
海へと没した超巨大怪獣を追い、竜神もまた、海へと飛び込もうとする。
だが、和人のその行動をミツキが押し止めた。
(待て、主よ。追う必要はないようだぞ)
彼女の言葉が終わるより早く、墜落した時以上の速度で超巨大怪獣が海から現れた。
そして、その長大で鋭い角を真っ直ぐに竜神に向けて、超スピードで上昇してくる。
(ふん、あの程度じゃ、さすがにくたばらないってか。だが──)
(──遅いな)
和人の言葉をミツキが受け取り、二人は同時ににやりと不敵に笑う。
音速を超える勢いで突っ込んでくる超巨大怪獣を、竜神は難なく回避する。
竜神はそのパワーだけではなく、機動性までもが竜形態に比べて大幅に上昇していた。
確かに和人は今までの竜形態の身体を扱うことができていた。しかし、やはり人間である彼には、翼や尻尾よりもバランスの取れた手足の方が扱い易いのは考えるまでもない事である。
今、竜神のそのシルエットは、竜でありながら人にも程近い。そのため、和人はこの身体を違和感なく扱うことができた。その事実が魔力操作の効果と相乗し、竜神の機動性の上昇に繋がっているのだ。
音速を超える突撃を難なく躱され、竜神へと振り向いた超巨大怪獣。
その振り向き様の横顔に、素早く接近した竜神の光拳がカウンター気味に炸裂する。
再び大音響が周囲に響き、空中でぐらりと傾ぐ超巨大怪獣の身体。
そこへ竜神は、更なる追撃を加えていく。
左右の拳に膝蹴りに回し蹴り。そして、ついでとばかりに振り回した太い尾の一撃。
それらの全てに魔力が宿り、通常よりも破壊力が増強されている。
そんな攻撃が雨あられと超巨大怪獣へと叩きつけられていく。
周囲に巨大な岩が割れるような音が何度も響き渡り、空気がびりびりと振動する。
空気の振動は海水へも伝わり、海はまるで大嵐の如く荒れ狂う。
もう何度目かの拳による攻撃。その攻撃を、超巨大怪獣は首を捻ってやり過ごす。
和人が攻撃が不発だったことに舌打ちするよりも早く、一号怪獣の上半身から無数の触手が飛び出した。
飛び出した触手は至近距離だった事もあり、次々に竜神の身体に巻き付いていく。
(ちぃっ!! しまったっ!!)
(慌てるでないぞ、主よっ!! この程度、どうでもないわっ!!)
竜神の身体から、強烈な光が発生する。
光そのものに破壊の魔力を宿したそれは、巻き付いた触手の殆どを一瞬で吹き飛ばす。
そして残された触手もまた、竜神はその圧倒的なパワーであっさりと引きちぎる。
(お、おい、ミツキ。今の光は……)
(しかり。あの光には浄化の術式が組み込まれておる。魔術師の女からあやつが浄化を苦手とすると聞いたのでな。術式を教えてもらっておいたのだ。それより主。気づいておるか?)
(ああ)
ミツキに言われ、和人は超巨大怪獣の下半身、獣王の身体の後脚を凝視する。
それは先程の『光波竜撃』によって吹き飛ばされたままであった。そして、それが意味するは一つの事実。
(どうやらあいつ、もう再生が殆どできないみたいだな)
(ああ。魔力の殆どを主が奪い返してしまったからな。再生したくてもできないのであろう)
(だったら、一気に押し潰す!)
おん、と竜神が一声咆哮すると、その巨体の周囲に無数の光の球が浮かび上がる。
そして無数の光弾は、まるで雪崩のように一斉に超巨大怪獣目がけて襲いかかっていった。
沖合い二千メートル地点の上空で、何度も何度も空気が破裂するような音が響く。
明人は、それが巨大な竜神と化した弟が戦っている音だと、誰に言われなくても気づいていた。
「────くそっ!!」
爪が白くなるまで握り締めた拳を、明人は操縦席の操作板へと叩きつける。
「折角……折角無事だと分かった和人がああして死闘を繰り広げているというのに、兄の俺はあいつに何の手も差し伸べてやれないのか────っ!?」
今、巨大な竜神と超巨大怪獣が戦っているのは上空である。飛行能力を持たない『魔像機』では、弟の援護をしてやることもできない。
それが明人には歯がゆいのだ。
「白峰二尉。焦ってはだめよ」
「カーナー博士……」
巨大な真紅の騎士の足元で、彼女は気遣わしげな表情を浮かべて『騎士』を見上げていた。
「確かにここからでは効果的な援護は行えないわ。でも、いつか『騎士』の出番が来るかもしれない。今は格納庫に一旦戻り、機体のチェックと消耗品の補給を行いましょう。出番が来た時、いつでも全力で戦えるように、ね?」
「そう……そうですね。博士の言う通りです。……了解しました。白峰二尉、及び『騎士』は、一旦後退して補給と整備を受けます」
明人と『騎士』は、共にシルヴィアに敬礼を示すと、くるりと海に背を向けて歩き出す。
(無理はするなよ、和人。俺の手助けが必要な時は何時でも言え。例え空の彼方だろうが海の底だろうが、必ず駆けつけてやるからな!)
遠い沖合いの空で戦う弟に心の中でそう告げると、明人は真紅の騎士と共に格納庫へと戻って行った。
『怪獣咆哮』更新。
本編もいよいよ本当にクライマックス。竜神と怪獣、共に超巨大な存在の真っ正面からの激突が始まりました。
あと、何話ぐらいで終わるかなぁ。
俺、この話が完結したら、また新しい話を書き始めるんだ……
……なんて事は、完結してから言いましょう。いや、ほんとに。
では、次回もよろしくお願いします。
しかし、書きたいもののイメージだけはどんどん思いつく(笑)。本当に次は何書こうかな?